現代知人算定(1)

 京也の家を後にして、四人は寮に向かって歩いていた。

 日は西の地平へ傾き、舞橋市に夕闇が迫る。薄暗くなってきた路地には街灯がともり始めていた。

 空に浮かんだ月をぼんやりと眺めながら、ぽつりと杏季が漏らす。


「ねぇ、今更なんだけどさ。私って、なんなのかなぁ」

「何って、十歳児?」

「ちーがーうー!」


 潤の軽口に、杏季は口を尖らせ抗議した。


「そうじゃなくって、どうして私が狙われたのかなって。

 適合者とか、結局どーゆーことかは謎のまんまだし。なんで私なんかに護衛者が付いてるのかってのもよく分かんないもん」

「そりゃ、こーちゃんにでも聞いてみるしかないんじゃないの」

「聞いたけど、その辺のこと全部スルーされたの」

「あの漆黒」


 潤は眉をひそめた。当の琴美は用事があると言い残し、一足先に寮とは反対方向へ姿を消していた。

 きっと機密なんだろーね、と諦めたような口調で呟き、杏季はまた空を仰ぐ。


「護衛者に護衛される人って、制御装置がなければ脅威となりうる理術を使える人間、なんでしょ。

 けど、みんなも知ってると思うけど、私、大層なことぜんっぜん出来ないよ? 古属性は確かに珍しいけど、学年に一人か二人いる程度の珍しさでしょ。私じゃなくたって、あの人たちの学校内にもいそうだけど」

「そうなんだよなぁ。それこそ、あいつらに言わせたら『適合者だから』ってことなんだろうけど」


 腕を組んで潤も空を見上げる。


「つまりは、その適合者ってのが、古の存在する割合よりも更にずっと少ないんだろうってこったな。

 ただ古にさせたい事があるなら、わざわざ面識のないあっきーを狙う理由がない。

 けどあいつらが選んだのは、女子高って閉鎖された環境で温存された上、野郎とは会話も困難なあっきーで、おまけにうちらも参戦してるにも関わらず手を引かないのは、手を引きたくても引けない程度には適合者がレアだから。そういうことだろ十歳児」

「十歳児じゃないけど、そゆことです」


 杏季は複雑そうな面持ちで肯定した。

 認めたくはなかったが、考えれば考える程、現在の状況は杏季の希少性を示すばかりだ。


「確かにあっきーの言うとおりなんだよなぁ。けど、その辺のことに関しては長髪もアオリンも知らねーみたいだし、堂々巡りで解答は出ないんだろーな。ビー辺りを締め上げない限り」

「あおりん?」

「アレだよアレ、あの瞳は少年の葵くんです」

「青林檎の略かと思った」

「いえ食べられませんよこの流れで青林檎出てくる意味が分からないし一文字しか略せてねぇからな?」


 他愛もないやり取りをしてから、潤と杏季とはもやもやとした気分のまま二人揃ってため息をついた。

 春もまた首を捻る。


「適合者ってのがとにかく謎だしね。鍵を外してないあっきーに護衛者を付けとくくらいなんだから、相当なんだろうけど」

「……鍵を外してないから、こそかもよ?」


 奈由が控えめに呟いた。

 彼女の発言に目を瞬かせ、春は聞き返す。


「どういうこと?」

「私が一番、疑問に思ってるのはね。こんな状況なのに、こっちゃんがあそこまでかたくなに詳細を話さないってことなの。

 情報を漏らさない理由は、単に部外者に漏洩ろうえいしたくないってことだけじゃないんじゃないかな。

 こっちゃんを見てると、必要以上に知識を与えないよう意図的に動き回ってるんじゃないかって、思う」


 一同は口を閉ざした。

 彼女の言葉に、各々が考え込みはじめた、その時。




 夏の夕暮れにそぐわない、奇妙な風が彼女らの間をかすめた。

 熱気をはらんだ生温かさや、宵の風が運ぶ涼やかさとは違う。嵐の前に吹く風のような鋭さに、違和感を感じた潤はふと顔を上げる。

 この感覚に覚えがあり、一体なんだったろうと記憶を辿りはじめた矢先。


「つーきーやーくーん!」

「うおっ!?」


 潤の背中に、思いきり誰かが激突した。

 いや。ぶつかるというより、勢いよく抱きついた、という表現が正しい。振り向かずとも、それが誰なのか潤には判った。


「べべべ、ベリーさんですか」

「そーよそうよだーいせーいかーい! ひゃっほうこんな場所で会えるなんてついてるわ私うっれしーい! 心配してたけど大丈夫そうねよかったよかったぁ立場上お見舞いなんていけないし一応ヴィオたんから話は聞いてたけど実際に姿を見て安心したわぁ! まだ明るいけどあまり夜遅くにふらふらしちゃだめよ早く家に帰りなさいね、という訳で月谷くんこんばんは!」


 どこから何を言っていいか判断しかねて、潤は最後の部分だけに返答する。


「いやあの、話聞いてないかもですが私、女ですけど!?」

「分かってるよ分かってるわよぜーんぶその辺の事情も聞いたわってか私その渦中にいたじゃない知ってるに決まってるわよー双子の事情とかその辺も含めてばっちり理解済み!

 でもでもついうっかり君付けしちゃうのよねまぁ直すようにするわけどまさかあの美男子月谷くんが本当は女の子だったなんて悲しかったわぁ、ただ若干残念な反面ちょっと嬉しいのよねだって男の子だったらそりゃあ遠慮する部分があるけど女の子だったら別に抱きついても大丈夫だもんね! そうだもんね!」


 相変わらずのベリーの猛攻に潤はただ苦笑いを浮かべるのみだ。

 一方、潤以外のメンバーは、この状態のベリーと対峙するのは始めてのためか、一様に目を丸くしていた。

 春は、両手をわなわなと震わせる。


「……つ、突っ込みどころがわからねーっ! てか追いつかねーっ!!」

「そこなの、はったん!?」


 抱きつかれたまま潤が勢いよく振り向いた。

 春は更に続けて叫ぶ。


「ていうか! ていうかずるいですベリーとやら! 日が沈みかけて夕闇に映える私の可愛いタラシことつっきーに後ろから抱きつくとはなんと羨ましい後で私もやろう」

「どういう理屈!? ていうか黙れ!!」


 二人のやり取りを見ながらベリーはくすりと笑った。

 その後で、杏季を悲しげな眼差しで見遣ってから、覚悟したような声色でベリーは口を開く。


「せっかくだけど、そろそろ本題に移らないといけないわね」


 彼女は潤から離れ、一歩、距離をとった。

 あえて誰とも目は合わさぬまま右手を掲げ、棒読みで宣言する。


「今からあなたたちを攻撃します」


 途端、突風が四人組を襲う。

 よろけて数歩下がり、風圧に負けて四人は目を閉じた。その風が止み、再びばっと前を見れば、ベリーは愕然がくぜんとした表情を浮かべている。


「スカートが! めくれない!」

「この状況で何言っちゃってんのこの人!?」


 潤も愕然として反応した。

 ベリーの暴風による猛攻にも関わらず、彼女たちのスカートの防衛は揺るぎない。膝上十センチ以内という校則を遵守じゅんしゅする四人のスカート丈は、一番短くて杏季の膝上七センチだ。


「あなたたち今時の女子高生の癖してスカート丈長すぎよ!」

「校則守ったら怒られた!? 否めないけど! 確かに否めないけど!」

「だってせっかく風で女の子を攻撃するのに、お色気の一つも見出せないなんて絶望だわ」

「あなたも女の子でしょーがこの変態め!」


 潤の台詞に、今度は春がはっとした様子でベリーに告げる。


「なにぃ、変態をかたるならまず私を倒せ!」

「なんでそこで反応すんだよ!? ってかそこまで重要なの変態のアイデンティティ!?」

「キャラ付けは非常に重要だろうが!」

「キャラ付け!? 貴方キャラの為に変態を演じてたんですか!?」

「素ですけど!」

「やっぱりね!!」

「だからちゃんと今日の月谷のパンツが薄い青の縞パンということも把握済みです二次元かよ可愛らしい」

「おい貴様何故知ってる絞め殺すぞこの変態が」


 いつもの感覚で応酬をする二人を軽く睨み、奈由は低い声で注意を促す。


「どうでもいいですけど集中してくださいあなたたち、もううちら捕まっちゃいましたよ」

「はいっすみませんでし、……はい?」


 奈由の言葉に辺りを二人は見回した。

 ぱっと見では分からなかったが、よくよく注意してみると風に乗った小さな葉やちりの動きで、彼女たちの周りを円形に取り囲むようにして不自然に緩やかな風が取り巻いているのが判った。


「あら、もうバレた?」


 ベリーは下の方から両手を上に差し上げる。それと同時に囲っていた風が勢いを増し、目に見えて強烈なものになった。

 風の渦は背丈の倍程度の高さまで取り巻いている。つむじ風の中心にいるような状態だった。今現在は何の被害もないが、近寄ったり渦から出ようとすれば激しい風で阻まれる。

 彼女たちは、完全にベリーの作り上げた竜巻の中に閉じ込められてしまっていた。


 杏季だけを残して。

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