男子高生という不穏な気配

「女子校怖ェ……超怖ェ……」


 第一体育館の外。

 床に近い換気用の小窓から、密かに中の様子をうかがう二つの影があった。


 彼らは共に半袖の白いシャツと黒のスラックスとを身に着けている。四人組と同年代の男子高校生のようだった。

 第一体育館と塀との間の狭い通路に身を隠していたため、彼らの姿を見咎みとがめる者はいない。


 童顔の気怠そうな少年はオペラグラスから目を離し、それを隣に座っていた相手へ軽く放り投げる。


「ともあれ僥倖ぎょうこう僥倖ぎょうこう、っと。けどさぁ、グレン」

「なんだよ」


 グレンと呼ばれた少年は片手でそれを受け取ると、自分で覗き込むことはせずそのままポケットに仕舞い込んだ。


「俺たちにとっちゃラッキーだけど。ちょっとばかし、出来過ぎちゃいないか?」

「……構うもんか」


 グレンは窓の側から離れ、学校と外とを隔てるブロック塀に寄りかかる。


「事実として、限りなくクロに近いものが目の前にあるのは確かなんだ。裏があろうとなかろうと、確かめないことには分からねぇだろ。

 確認するぞ、ワイト」

「へいへい」


 言われて、ワイトと呼ばれた少年は、ポケットから手の平に収まるサイズの透明な八面体を取り出した。

 八面体の中心部分には同じく透明の球体が組み込まれており、球体の中に入った液体がゆらゆらと波立っている。


「今回こそは当たりますように、と」


 ワイトは地面の上で、駒のようにその八面体を回す。

 しばらく息をひそめて見守っていると、やがてぼんやりと球体部分の色が変わり始めた。

 正しくは、変わっているのは球体内部の液体の色だった。最初は透明であった液体へ、ぽとりと絵具を落としたように黄色の筋が伸びる。細い線を幾重にも描きながら、液体は次第にはっきりとした黄色に染まっていった。

 それを確認し、彼らはまたかといった風に緊張していた息を吐き出した。


「やっぱりか。ま、どうせ期待はしてなかったけ――」


 言いかけた最中。彼らは、再度息を止めた。

 黄色だった液体は、ゆっくりとまたその色を変化させていた。やがて黄は鮮やかな緑に代わり、その緑も色を次第に濃くしている。青へ変わろうとしているようだった。


「……なあ、これって」

「まさか……」


 上ずった声を抑えながら、彼らは顔を見合わせる。もしやという期待に心躍らせて、彼らは続きを見守る。


 が。

 パリンという音を立て、八面体は突如、砕けて割れた。球体の中からは、どろりと液体が流れ出す。


「なっ……!?」

「感心致しませんね。ストーカーさながらに彼女たちのことを調べあげるとは」


 どこからか、凛とした声が静かに響いた。

 グレンは弾かれたように立ち上がる。慌てて周囲を見回すが、人影は見えない。

 声の主は自分の姿を隠したまま淡々と続ける。


「それを差っ引いたとして、殿方の貴方たちが女子校に忍び込んで覗き見とは、穏やかな話ではありませんよ。

 加えて、貴方たちの取った行動――誰の差し金か存じませんが、どういう意味なのかは判っているのでしょう?」

「っ……!」


 じりっとグレンは一歩後ずさった。足元に広がった液体が、じわりと黒く滲む。

 遅れて立ち上がったワイトを一瞥し、彼は短く伝える。


退くぞ、ワイト」


 言うなり彼は右手を横に伸ばした。塀の向こう側の地面からするりと太い蔓が生え、グレンたちがいる体育館側の地面に届くまで瞬く間に伸びる。それをロープ代わりに塀を乗り越え、二人は瞬く間に姿を消した。


 彼らが去った体育館裏には、物陰からすっと一人の少女が姿を現していた。先ほどまで彼らのいた場所に歩み寄り、球体の欠片を拾い上げる。


「……やはり動きましたか。手を打っていてよかった」


 彼女は右手でそっと破片を握りしめる。


「けれど、やはり巻き込まざるを得ないようですね。……申し訳ありません」


 悲痛な面持ちで、彼女は唇を噛み締めた。






「いいのかよ、帰ってきちまって」


 舞橋女子高校からだいぶ離れたところまで走り、ようやく彼らは立ち止まった。

 息を切らしながらワイトはグレンへ尋ねる。


「試すなら、今が絶好の機会だろ」

「さっきの奴、……誰かは知らねぇが、あの口調は事情を知ってる。真っ向からぶつかるのはヤバい。真っ昼間にゃ分が悪いだろうが」


 グレンもまた息をついて、自分の両膝に手をあてた。


「それに次の情報も掴んでるだろ。そっちの方が人混みに紛れて好都合だ。今夜、片を付けるぞ」

「ま。さっきの反応が、探してる属性の奴かは分からないけどな」

「それでも、だ」


 グレンは静かに告げる。


舞女生まいじょせいの中に、適合者がいる」


 彼は唇を引き結び、目を細めてじっと高校の方角を見つめた。






――2005年8月15日の出来事である。

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