陰気なバディが会議を回す(2)

「はいお前不法侵入者ー! 本当マジ犯罪者ー!!」


 潤はヴィオの姿を認めるなり彼を指差して立ち上がり、躍りかかろうとした。

 が、途中で琴美の差し出した足に引っかかり派手に顔面から転倒する。咄嗟とっさに手を付いたので怪我は免れたが、威勢は十二分に削がれた。


「いっ、つっ……っ! 何するんですかこーちゃん!」

「とりあえず話が進まないので貴方は黙ってて下さいこのタラシめ」

「お前、今となってはあのビーとも口調が被る上に人を幾度もタラシ呼ばわりしてなんかむかつくよ!?」

「発言は論理的かつ簡潔に願いますタラシさん」

「腹が立つぜこんにゃろう!」


 不本意そうな顔つきで潤は元の場所に戻った。しかし視線だけは憎々しげにヴィオへ向けている。もっとも当のヴィオは気に留めず涼しい顔つきをしているので、潤は余計に苛立っているようであった。


「いや、しかしこーちゃん……大丈夫なの?」


 春はちらりとヴィオを盗み見ながら小声で尋ねる。琴美は気負わぬ様子で、むしろ愉悦ゆえつを含んだ眼差しをヴィオへと向けた。


「そこにいたのが鋼属性のあなたでなければ、もう少し私は警戒していたと思いますがね。

 もし私があちら側の人間なら、間者かんじゃには『霊』に有効な『音』か、せめて相性に左右されない自然系統の誰かを寄越します。霊属性の私がいるのが明白なのに、『鋼』を寄越すほどあの人たちも馬鹿ではないでしょう。

 それに覚えておいでですか。今日はともかく、昨日の時点では彼だけが真正面から交渉にやって来たのです。話をする余地はあるのではないでしょうかね」


 流暢りゅうちょうに繰り出された琴美の台詞に、ご名答、とばかりに両手を挙げてみせると、ヴィオは入り口に佇んだままで口を開く。


「彼女の指摘通りだ。あいつらとは無関係に、僕は個人的に君たちに用事があってここに来た。そして論理的かつ簡潔に僕の要件を述べるなら」


 ヴィオは腕を組んで宣言する。



「僕はいい加減あの組織に嫌気がさしている。

 よってあいつらを解散させるために、僕を君たちの仲間にして欲しい」



 沈黙から数秒。

 琴美を除いた面々が唖然あぜんとする中で、最初に口火を切ったのは潤だった。


「今は夏だぞ!」


 眉を寄せてヴィオは静かに呟く。


「何が言いたい、この前にしか走れない乾燥ワカメ」

「ワカメは走れねーよ! ってそうじゃなくて私はワカメじゃない! ってそこでもなくて!

 つまり今は真夏で、エイプリルフールは四ヶ月以上前に過ぎてるんだよ!!」

「わざわざあんたを驚かせる為だけに敵地に乗り込む馬鹿がいるかよこの馬鹿ワカメ」

「ワカメワカメうるせーーー!!!」


 再び立ち上がりヴィオに掴みかかろうとした潤を、奈由が服の裾を掴んで食い止める。

 後ろから潤を羽交い締めにして無理やり座らせてから、彼女を押さえつけたままで琴美は鋭い視線をヴィオに向けた。


「おおかた――そんなことだろうとは思っていましたが。

 かといって、おいそれと受容する訳には参りませんのでね。

 まずは自己紹介から。順を追って思惑を、手の内を明かして下さい」


 琴美の促しに応じ、ヴィオは話し始める。


「僕の本名は雨森あめもり京也きょうや舞橋まいばし中央高校の三年だ。あの組織内ではヴィオというコードネームで通ってる」

「ならば、組織のメンバーと属性もそれぞれ教えていただけませんか」

「既に知っているところだと、『草』属性のグレン、『音』属性のワイト。

 さっきのビーが『水』属性で、隣にいたアルドが『炎』属性。

 そして紅一点でベリーという『風』属性の奴がいる。

 あとビーの他に本来のリーダーが別にいるんだが、留学していて今は留守だ。僕も直接会った事はない。話によれば属性は『地』らしい。

 それに僕を加えて七人、これで全部だ」

「ちょっと待って。……ビーって、水属性なの?」


 奈由が静かに尋ねた。彼女の言葉に、春もはっとしたような表情を浮かべる。

 水といえば潤と同じ属性だが、しかしビーが使った理術は潤のものとは異なっていた。礫や壁など、彼の攻撃はいずれも固体によるものだ。


「水、というか。

 あれは『氷』。だよね」


 杏季がぽつりと呟く。彼女の言葉に皆の視線が集まり、一瞬、すくむが、杏季はしかと頷いた。

 ヴィオは微笑んで肯定する。


「その通り。

 薄々気付いているかもしれないけど、ビーが使っているのはただの理術じゃない。

 あいつらの目的の一つは『制御装置を克服し、強力な理術を使いこなせるようになること』だ。

 そして既にあいつらの何人かは強力な理術を使いこなしている。本来は『水』であるところのビーが『氷』になったようにね」


 彼の説明に、しかし春はぴんと来ずに首をひねる。


「けど。制御装置を克服したところで、何をしようとしてるわけ? それでも理術は現代社会で役に立つようなものじゃないでしょう。

 理術が実用に耐えうる力だったら、制御装置が存在する以前に、歴史上で理術を使った事件が残っているだろうし。まぁ歴史苦手だから分からないけど」

「いや、実際歴史には台頭してないよ。少なくとも史実に大きく関わるような場面で理術は関係していない、大学受験に一切出てこない程度にはね」


 彼女の疑問に奈由が補足した。隣で杏季も深く頷いている。

 ヴィオは歯痒はがゆそうな表情でテーブルに肘を突き、指を組み合わせた。


「理由が分かったら苦労しないんだけどね。いずれにせよ理術について無許可で研究すること自体が非合法だ。

 それでも前のリーダーの頃は平穏だったらしい。変わったのはビーになってからだ。あいつは不穏な対外活動を始めて、古属性の『適合者』を探し動き始めた……それが杏季ちゃんだ」


 混乱した春が手を広げて待ったをかける。


「適合者ってのは何のことなの? 昨日は聖精晶石がどうって話だったでしょ。晶石と適合者ってのは何が違うの」

「全く別物だ。適合者というのは、通常より遥かに強い理術を使える潜在能力を有した人物のことを差す。

 僕とグレンたちはビーに別々のものを探すように言われていたんだ。僕は聖精晶石。そしてグレンとワイトは『古の適合者』。

 だけど僕らは同時に君たちのところに行き着いたから、話が混同したんだよ」

「けど、昨日の話し合いでは適合者の話は一切出なかったでしょ。それは何で?」

「僕が話をすり替えたからだ」


 ヴィオは表情を曇らせる。


「さっき会った印象からして……あのビーに杏季ちゃんを引き渡して、めでたしめでたしな結果になるとでも思うか?」


 彼女たちは先ほどのビーとのやりとりを振り返った。彼の言いぐさを思い出したのか、潤は渋い顔で舌を出している。

 口に出すまでもなく、答えは『否』だった。


「どうせろくなことにならんだろうが。だったらまだ他人を巻き込まない分、聖精晶石のがマシだと思ったんだ。聖精晶石だってビーの手に渡るのはしゃくだったけど、背に腹は代えられない。

 グレンたちはC・レーダーという装置を使って杏季ちゃんに辿り着いた。これは適合者に反応する装置なんだけど、レーダーはそこまで精密じゃない。あれは聖精晶石を使う人間にも反応する仕様になってるんだ。だから僕は聖精晶石に反応したということに話を持っていった。

 けど流石にビーは誤魔化せなかった。逆に杏季ちゃんをほぼクロと断定して本格的に動き出したんだ。

 ここまで来たらもはや悠長なことはしていられない。真っ昼間っから拉致らちまがいのことを平気で仕掛けてくる奴だぞ」


 一旦言葉を切って深く息をついてから、彼は話を締める。


「元々、僕は知り合いをこの組織から抜けさせる為に入ったんだ。僕はこれ以上ビーの好きにさせたくない。その為にも、一方的でもいいから僕は君たちに協力したい」


 ヴィオの話に、一同は水を打ったように静まりかえる。

 しばらくして、その静寂を破ったのは潤だ。


「お前の言うことはよーく分かったよ」


 これまで珍しく大人しかった潤が、腰に手を当てながら立ち上がった。彼女は腕を組み、ヴィオと対峙する。


「考えてはみたが、理にはかなってるからな。認めるのは悔しいが、個人的にはてめーを信じてもいいと思ってる。

 けどとりあえず、今の話を聞いていての潤さんの意見としては、だ」


 一呼吸おいて、真正面からヴィオを見据えて潤は言い放つ。


「私を、あの組織に入れろ」

「……は」


 ヴィオは瞠目どうもくして潤を見上げ、不可解極まりないといった様子で顔を歪める。


「お前は馬鹿か?」

「馬鹿じゃない! 私は不可能を可能にするスタイリッシュな天才こと潤さんだ!」

「聞いてない! そうじゃないだろうよ、あんた顔が割れてるんだぞ常識的に考えろよ馬鹿が!!」

「この潤さんに不可能はない!!」

「駄目だこの馬鹿話が通じない!」

「馬鹿じゃねー! 潤さんだ!!」


 潤とヴィオは互いに睨み合い、同時に顔を背けた。

 背けたままで、潤はぼそりと言う。


「別にてめーを疑うわけじゃねーが、あいにく潤さんが一番信じるのは自分で見聞きしたものなんだよ。それに情報を得るのも不意を突くのも、中に入り込むのが一番手っ取り早いだろ?」

「そうだとしても、だ。顔がばれてるってのに危険なところに連れてく訳にはいかねーよ。無茶言うな」


 がんとしてヴィオは突っぱねた。

 しかし潤は妙に自信満々な笑みを浮かべ、腕を組む。


「じゃあ、そうだな」


 潤は右手を頭上に差し上げた。彼女はその手を上に向けたまま、静かに水を放出する。

 彼女の手からちょろちょろと溢れ出る水は、ほとんど床下にはこぼれず彼女の髪や服が吸収してしまっていた。


 いや。

 ほとんどではなく、全てだった。


 潤の手から溢れ出た水は彼女の全身を伝うように流れ、まるで彼女を包み込むように体表をなぞる。

 やがてそれが爪先まで全身を覆い尽くそうかという瞬間。


 彼女の周りに、ぼんと白い煙が発生した。


 煙は潤の全身を取り囲み、彼女の姿は見えなくなる。困惑したままヴィオは腕で顔を覆った。

 やがて煙が引いた場所には、相変わらずの快活な笑みを浮かべたままで立っている人物が一人。


「これならどうよ、長髪ナルシスト」


 ヴィオは絶句して、目の前にいる人物を凝視する。


「……お前、まさか」

「なぁにをそんなに驚いてんだよ。べっつにそこまで珍しいことでもあるまいにさー」


 クラスに一人や二人くらいいるだろ、と気楽な口調で潤はけらけら笑う。




「ご覧のとおり『俺』は理術性疾患りじゅつせいしっかんの持ち主なんだよ」




 普段よりも一段と低くなったテノールの声で、『彼』はにやりと笑う。

 元々長身の潤よりも更に背が伸び、体型はがっしりと逞しく。



 ヴィオの前に立っていたのは、『男』になった潤の姿だった。



「だからつまり、そういうこと。何にも怪しまれずに第三者として組織にもぐりこめるってわけ。お分かり?」



 潤の言葉に、やはりヴィオは言葉を失ったまま、今や自分とたいして変わらぬ背丈になった潤を呆然と見つめた。

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