陰気なバディが会議を回す(1)

 舞橋女子高校から北へ歩いて十分足らずの住宅街。

 駅からは少し離れているが高校に通うには申し分ない、そんな場所に彼女たちが暮らす寮は存在した。


 暑さに耐えかね、近所のコンビニに駆け込みアイスを買った後、疲弊した彼女たちは寮の談話室になだれ込んだ。クーラーの効いた部屋で人心地つき、ソファーにぐったりと沈み込む。


「僕らに休みをください神様……」

「まったくだ……あいつら心底呪いたい……」


 潤と春は恨みの言葉を吐いた。連日の騒動で勉強も休息もろくに出来ていない。

 琴美はピンと人差し指を立てる。


「気持ちは分かりますが、ここでへこたれちゃ老化も早まるってもんですよ。あなたたちはまだ若いんですから、ここは一つ張り切って行こうじゃないですか」

「こーちゃんあなた何歳ですか」

「もっちろん、春さんと同じピッチピチの十七歳ですよ☆」

「ぴっちぴち……」


 いつものツッコミにも張りがない。

 購入したアイスボックスを、がり、と噛み砕きながら、潤は眉間に皺を寄せる。


「に、しても。昨日ので退いたと思ったのに、あいつらまた仕掛けてきやがったな」

「ホントだよ。うちの可愛いあっきーをかどわかして、あんなことやこんなことをしようだなんて、なんて破廉恥ハレンチな連中なんだ!」

「おい変態。お前、違うこと考えてるだろう」

「バカ、何言ってるんだタラシ! 飢えた狼こと思春期男子が女の子をさらってやることなんて一つに決まってるじゃないか! いやらしい! 逆に食ってやろうか!」


 春の台詞を受け、当事者の杏季は深刻な面持ちで呟く。


「私、ショッカーにされちゃうのかな……」

「あっきー、それは多分違う」


 奈由は真顔で首を横に振った。

 

「適合者って、改造手術に適合するとかそういう」

「大丈夫。私なら、あっきーみたいにふにゃっとした子じゃなく、もっと阿呆で屈強な人間を狙う。タラシとか」


 奈由はフォローしたようにみせかけて、さりげなく潤をけなすが、当人は気付いていない。

 早々にアイスを食べ終え、一人で一つのソファーを占拠しながら寝転がった潤は、リモコンでクーラーの温度を更に下げる。


「ところで、こーちゃんよ。さっきの話の続きなんだけどさぁ」

「姿勢の悪い人には説明しません」

「あの後なんだから許してくださいよこのくらい!」

「それは皆さん一緒です」


 ごねる潤を冷たくあしらって、琴美は最後のひとつだったピノを口に放り込んだ。

 ほぼ同時にジャイアントコーンを食べ終えた杏季が、潤の言葉で思い出したように挙手する。


「あ、こっちゃん。ちょっと気になったんだけど、聞いても良い?」

「はいどうぞ、杏季さん」

「釈然としないその扱いの差!」

「姿勢と態度の差ですよ。はい杏季さんタラシには構わずどうぞー」


 琴美はにっこり微笑んで杏季に促した。身を乗り出して杏季は弾んだ声をあげる。


「私、こっちゃんが理術使ってるところって初めて見たんだけど、あれなんだったの? 霊属性ってどんなことが出来るのかなって思って」

「確かに。お見せしたのは初めてですね」


 説明しようと口を開きかけてから、しかし彼女は逆に問いかける。


「杏季さんは、音属性の特徴はご存じですか? あるいは鋼属性については?」

「そういえばぼんやりとしか知らないや。あんまり人為じんい系統の人っていないもんね」

「分かりました。折角ですので、その辺りも含めご説明致しましょう」


 そう言い置き、彼女はすらすらと説明を始める。


「同じ理術でも、自然系統は分かりやすいですよね。自分の属性に応じた物質を『呼び出し』『操る』力です。

 対して人為系統は、属性が同じであっても使い手によって何が出来るかが少々異なるんです。

 古が『生き物を召喚する』属性なのはご存知だとは思いますが。

 霊は『魂』、鋼は『人工物』、音は『精神』に働きかけます」

「『魂』と『精神』ってどう違うの?」

「ざっくり言えば。

 超常的なもの全般が霊イコール魂。

 常識の延長線上で、常識より過大な効力を及ぼすのが音イコール精神、と認識してもらえればいいと思います」


 杏季の疑問へ、予想の範疇はんちゅう、といった風に琴美は淀みなく答えた。


「一例ですが、霊属性は一般に超能力と呼ばれる力を使用したり、いわゆる霊を実際に呼び出すことも人によっては可能です。

 対して音属性は、音の力を介して人の精神に働きかける。平衡感覚を乱したり、精神的に活力を与えたり、逆に奪ったりなどすることができます。

 というわけで霊属性の私は、人の魂に関わる理術を使います。相手へ幻覚や幻聴を与えたり、フラッシュバックを起こしたり、幻で相手を惑わす術を使いますね。

 それと個人的に杏季さんの危機を察知することも出来ます。なので先程はいち早く杏季さんのところへ駆け付けられたというすんぽうです」


 琴美の説明に、ほうっと杏季は感嘆の息を漏らした。

 同じく感心する一方、白くまのアイスを一旦置いて、堪え切れずに春が手を上げる。


「あの、私も良い? 正直、一番気になったんだけど。

 こーちゃんが持ってた杖。……あれ、何?」


 ビーたちと戦っていたときに琴美が使用した錫杖のような杖。まるで物語で魔法使いが使うような杖は、春も、そして彼女の疑問に深く頷いてみせる他の三人も初めて見る代物だった。

 いつの間にか、件の杖は既に琴美の手にはない。


「ああ。あの、杖ですか?」


 少しトーンを下げて琴美が呟いた。四人は固唾かたずを飲んで返答を待つ。

 ややあって、琴美は厳かに姿勢を正し。


「武器です!」

「そりゃあな!」


 潔く返答し、春に勢いよく切り返された。


「そうじゃなくて! なんであんなの持ってたのさ!」

「飾りです!」

「んなワケあるか!」

「やだなぁ春さん。武器と飾りとを兼ね備えたRPGお約束の戦闘アイテムとして、杖以上に中二心をくすぐるアイテムがありましょうかね?」

「いやそうだけどその意見には同意するがそういう話違う! これ現実だからね!? ふざけないでねこーちゃん!?」

「何を仰るんですか私は大真面目ですよ!」


 強引に一蹴いっしゅうし、琴見は腕を組んだ。


「あの杖は武器。それ以上でもそれ以下でもありません。あの場あの状況において、他にどんな意図があるというのでしょうか。いや、ない」


 有無言わさぬ口調に春はたじろいだ。それ以上のことを語るつもりはないようだ。はぐらかされた春は一旦追及を諦め、口を閉ざした。

 代わりに、チョコモナカを食べ終えた奈由が視線を向ける。


「じゃあ次は私が聞いても?」

「はいどうぞ、奈由さん」

「あっきーが危険だと察知したのは霊属性の力だからって分かったんですが、何故こっちゃんはあっきーの危険だけ都合よく察知することが出来るの? それから」


 一旦言葉を切り、躊躇ちゅうちょする素振りを見せて。


「もしかしてこっちゃんが寮に残ってたのって、こういう事態と関係あったりする?」


 じっと奈由は琴美を見つめた。

 琴美は彼女を見つめ返したまま暫し黙る。


 杏季が寮にいるのは、実家が遠方であるのに加え、家族が不在がちな為だ。例年ならば夏休みには家族へ会いに行くのだが、今年は受験生だからと特別措置として寮に残れるようにしてもらったのだった。

 だがそういった事情がなければ、お盆休みに残る生徒は基本的にいない。三年生は夏期講習があるため夏休みでも寮にいる生徒はちらほらいたが、それでも夏期講習がないお盆休みにはほとんど実家に帰っている。

 まして琴美の実家は、山のふもととはいえ市内だ。決して遠いわけではない。


 奈由の鋭い指摘に、一瞬琴美は瞳を伏せてから重々しく口を開く。


「それはですね……」


 琴美はくるっと杏季に向き直り、とってつけたような満面の笑みで言う。


「先生に『白原さんが一人で寮に残るのは可哀想だから、あなたも一緒に居てあげてくれる?』と頼まれたからです☆」

「そっかぁ、ありがとうこっちゃん!」

「いえいえ、どういたしまして」

「待てやこら!」


 ほんわかムードに杏季が流されかけたところで、がしりと潤が琴美の肩を掴む。


「なんですか愉快なタラシさん」

「愉快ってなんだよ愉快って!」

「愉快だから愉快とつけたまでですが何か文句でもありますか愉快なタラシさん」

「むかつくぜこの漆黒ゥ!」

「漆黒じゃありません私は紫です」


 潤の手を払い落としてから、琴美は諦めたように、一つ息をついた。

 前髪をかき上げて琴美は物憂げに言う。


「まぁ、あながち冗談でも無いんですけれどね。先生に頼まれて寮に残ったのは事実ですよ。……杏季さんを守るために」

「あっきーを?」


 半ば予想していたこととはいえ、実際にその言葉を聞いて奈由は訝しげに反芻はんすうした。琴美は黙って頷き、ちらりと視線を上げる。


「ところで、」


 琴美はおもむろに体をひねり、談話室の入り口へ向き直る。


「そろそろ出てきてはいかがですか? 不法侵入の上に盗み聞きとは、誰かさんたちみたく趣味が悪いですよ」

「……霊属性が、比較的そういう感覚に鋭いというのは聞いていたけれどね」


 扉の影から、およそ女子寮では聞きえぬトーンの低い声がする。

 談話室の入り口へ些か気まずい表情で姿を現したのは、先ほど彼女たちと戦ったヴィオその人であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る