陰気なバディが会議を回す(3)

 理術性疾患りじゅつせいしっかんとは、三、四十人に一人の割合で発生する先天的疾患である。


 普段の生活に支障はない。

 だが理術の使用時、何らかの理由で術が逆流してしまった場合に、理術性疾患の患者は発症する。


 症状は様々で、大抵の場合に見られるのが『性別の逆転現象』である。

 他には人外の生き物への変身や、体の一部だけ変形するという事例も見られた。

 この不可解な疾患の原因は未だに解明されていない。


 そして、月谷潤が罹患らかんしているのは、性別逆転型の理術性疾患である。

 すなわち。




 月谷潤は疾患発症時、




「というわけで、『俺』はあいつらの知っている月谷潤じゃない」


 潤はにやりと歯を見せて笑った。


「だったらなんの問題もないだろう?」

「いや、そうだとしても」


 面食らいながらも、ヴィオはやはり呆れ交じりで主張する。


「あくまでそれは性別だけだ。元がお前な事には変わらないんだし一瞬でばれるだろう。まさかそれで騙せるとでも思ってるのか?」

「それがですね、この俺様にはそれができてしまうんですねー」


 勝ち誇った表情で潤は告げる。


「冗談でもなんでもなく。『月谷潤』には、今の俺の姿と瓜二つな、双子の弟が存在するんです」

「おいおいお前よ、いくらなんでも、それは……」


 今度こそ呆れ返って、助けを求めるようにヴィオは春たちのほうへ視線を向けた。

 しかし、


「うん、ホントだよ」

「私たちも会ったことあるし」

「この状況だと信じがたいですが、恐ろしく都合がいいことに事実です」

「マジですか!!!」


 春と奈由と琴美が次々に肯定した。喋りこそしなかったが、後ろの方で杏季もしきりに頷いている。

 潤もまた腕組みして深く頷く。


「そういうこと。因みに当の弟は、東京の私立で寮生活をしてる。あいつは中学から向こうだから知ってる顔も少ないし、厄介な事にはなんないだろ。

 たとえビーとかいう野郎が調べたってボロはでねーよ。だって戸籍もデータも思いっきり実在するんだからな」


 とうとうヴィオは何も言えなくなって黙り込んだ。それをいいことに、潤は「決まりだな」と一人で納得して背伸びをし出す。

 が、慌てたように春が「ちょっと待った!」とストップをかけた。何も、潤の発言に度肝を抜かれていたのはヴィオだけではないのだ。


「それ! いつまでもずっとそのままな訳じゃないでしょう、その状態も!」


 春の言わんとする事に気付き、ヴィオも拳を握る。


「そ! そうだそれだいいところに気付いた春ちゃん!

 ずっと男な訳じゃない、時間が経てば理術性疾患は元に戻るだろ!?」


 春とヴィオの言うとおり、理術性疾患は一時的なものだ。

 症状は苛烈かれつだが、疾患はあくまで一過性のものである。万一発症しても、すぐ元の姿に戻す薬だって開発されていたし、薬を使わずとも時が経てば数分で自然と元に戻る。

 二人の反論に、潤は真顔で親指を立ててみせた。


「その辺りは、気合でカバー!」

「「できねぇよ!!」」


 息を荒げ全力で二人は否定した。潤は「えー」とぼやき、不満そうに腕を頭の後ろで組んだ。やれやれ、とばかりに春は脱力する。

 と、不意に春は誰かから肩をつつかれた。振り向けば、いつの間にやら彼女の真後ろに琴美が立っている。


「余計な事を、言ってもいいですか?」


 引きつり笑いを浮かべながら春は琴美を見つめる。


「……それは聞きたくない予感がするんだけど経験上きっと言っちゃうんだろうなぁこーちゃんは!」

「ええ言います。実はですね、男の状態のままでいるのを可能にする方法があるんですよ」

「ほら聞きたくなかったぁ!」

「よっしゃたまにはいいこと言うじゃん漆黒ゥ!」

「漆黒じゃありません私は紫ですカラシさん」

「タラシでもねーし黄色くもないが、今日は許そう寛大な心で!」


 春は頭を抱え、潤は快哉かいさいを上げた。

 琴美は人差し指を立てて淡々と説明する。


「過敏に理術性疾患が発症してしまう人用に、あらかじめ疾患を予防する器具、というものが存在するんですよ。これを応用すれば男の姿を保持することは簡単です。

 ただ需要が低いため、一般市場には出回っていませんから、多くの人はご存じないのですが」

「ちょっと待ってこーちゃん。……本当に、なんでこーちゃんはそんな事を知ってるの?」


 耐えかねて、春が琴美の説明を遮った。


「何だろう。私らとしちゃ、こんな身近に解説役がいるのは大変ありがたいんですけどもね? 流石にちょっと、詳しすぎるでしょうよ」


 怪しむ春の問いかけに重ねて、京也が口を開く。


「部外者ながらに、一ついいかな」

「どうぞ?」

「さっきも話したけど。僕らは、適合者を探す為にC・レーダーという装置を使っていた。過去形なのは、それが既になくなってしまったからだ。

 舞女に適合者がいるか探しに来たグレンとワイトは、古の可能性がある反応を確認した直後、何者かにC・レーダーを破壊されている。

 これは僕の憶測だけど。もしかしてそれは君だったんじゃないのかい?」


 探るような彼の眼差しを受け流し、琴美は悠然と微笑みを浮かべてみせる。


「破壊とは穏やかでない話ですね。何か、根拠でもおありですか?」

「何も無いよ。けど、狙われるに値する力を持っているとの自覚があるなら、そちら方だって対策を練っていてもおかしくはないと思ったんだ。

 僕なんかよりよっぽど知識があるようだし、ひょっとして君は、そっち側で理術に関わる人間なんじゃないかと思ってね」


 琴美が答える前に、奈由が小さく手を上げて発言する。


「私からも。……少し、話が脱線してもいい?

 昨日のことなんだけどさ。はったんは、うちの寮の水槽にウーパールーパーがいることって知ってた?」


 突然、話を振られた春は、目を瞬かせて首を横に振った。


「いや、知らなかったよ。だってあの水槽ただでさえごちゃごちゃしてるし、そもそも私は夏休み始まってからずっと実家だしね」


 横目で水槽に視線をやりながら春は言う。後に春は、あのウーパールーパーはこの夏休みに入ってから仲間入りしたのだと知った。七月の段階から実家に帰省していた春からしたら、知らないのは当然だ。

 奈由は春の回答に頷くと、今度は琴美をじっと見据える。


「それとね、もう一つ。……こっちゃん、春日先生とグルなんじゃない?」

「へっ?」


 潤が間の抜けた声を上げた。


「グルって。いきなり春日先生ってなっちゃん、どゆこと?」

「私。あの薬、飲んでないの」

「……え?」

「一昨日、虫退治をしたあの日。。飲むふりをしただけで、後から出したの。

 それなのに何故か私は強い理術を使えた。夜には元通りの理術しか使えなくなってたけど、昼と夜とで何が違うかって言ったら、『はったんが近くにいなかった』ってことなんだよ。

 これが聖精晶石の力なら全部に説明がつく。

 私たちはあの日、薬の力で理術を使ってたんじゃない。はったんが持ってた聖精晶石の力で、近くにいた私たちも強い理術が使えたんじゃないかな」

「そっか。そういえば、確かにさっきも強い理術が使えたしな」


 潤は目を見開いて、深く頷いた。

 奈由は更に続ける。


「最初は春日先生が黒幕なんじゃないかと思ったんだ。だから私は、あっきーに持ち主のペットを召喚してもらうって提案をしたの。春日の飼ってるカナリヤが召喚されるだろうと思って。

 けど、呼ばれたのは寮のウーパールーパーだった。だからその時は考えすぎなのかと思ったんだけど。

 でも後で思ったんだよ。ペットだと認識していないのに、それどころか存在すら知らないのに、はったんのペットとしてウパ子とルパ雄が召喚されるのは、いくらなんでもおかしいんじゃないのかって。

 本当はあの時、あっきーの召喚は完全に成功していたんじゃないのかな。

 つまりあの二匹、提示した条件通り『寮内にいる黒幕のペット』として召喚されたんじゃないかって」


 琴美は反応しない。

 全員が奈由と琴美に注目していたが、その視線を受けてもなお、彼女の表情は揺るぐことがなかった。


「そう考えたときに、今度は昨日のことを思い出したの。聖精晶石を渡す渡さないの話の時に、『偽物の石にすり替える』って案が出たでしょう。

 それ自体は名案だったと思うけど、同じようなサイズの石をたまたま持ってるっていうのも、都合がよすぎるんじゃないのかな。

 前に聖精晶石を持ってたのは、こっちゃんじゃないの?

 この人たちが聖精晶石を狙ってくるのも見越した上で、事前に偽物を用意してたんじゃないのかな」


 そこでようやく奈由は言葉を切る。

 部屋の中にしばしの沈黙が流れてから。




「大正解、ピンポンですよ。奈由さん、ヴィオさん」




 琴美はふっと微笑を浮かべ、音を立てずに両手を叩いてみせた。

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