2章:見ず知らずの邂逅
白の街(1)
――2005年8月17日。
「雷属性の
全員が
現在は実家に帰省していますが、四人全員が学校公認の寮に入寮しています。四人の中で寮に残っているのは白原杏季のみ。昨日と一昨日は一時的に戻っていただけのようですね。
これが、白原杏季と行動を共にしている三人の大まかな情報です」
平坦な調子のまま言葉を締め、彼はA4の書類を机に放る。書類は手にしていたが目線はほとんどそちらに向けられてはいなかった。内容は暗記済み、といったところだろう。
彼の報告を内心で動揺しながら聞いていたグレンは、表向き平然とした風を装って問いかける。
「いつの間に調べたんだ。……ビー」
ビーと呼ばれた青年は、寄りかかっていた机から左手を離した。彼は眼鏡の奥からグレンを品定めするように眺める。
「貴方が任務に失敗している間ですよ、グレン。
「調べてどうなるってんだよ。もう彼女たちは関係ねぇだろうが」
「
「ターゲットって、……まさか」
「僕が白原杏季を候補者から外すと、いつ言いました?」
ビーは冷やかにグレンを見据えた。
「この二日間の出来事は、全て貴方たちの独断だ。彼女が適合者でないという判断は、まだ正確に下った訳ではありません。
むしろ僕は。限りなく、クロに近いと考えている」
「ヴィオから聞いてねぇのかよ。俺もこの目で見たし、どう考えたってあの状況は、彼女が……畠中春が
グレンは異を唱えるが、ビーは意に介さず続ける。
「確かに畠中春は聖精晶石を持っていた。ですがそれとこれとは別の話です。
そもそも。なるほどヴィオの狙いは聖精晶石だった。しかし貴方たちの狙いはそれじゃない、『古の適合者』だったはずです。
まったく別の物を探していたはずの貴方たちが、どうして同じ日に同じ場所で
そして何故この広い市内で、聖精晶石を所持していたのがピンポイントで白原杏季の身内だったのか。
あまりに不自然だとは思いませんか。彼女が聖精晶石を持っていたからこそ、僕は白原杏季が適合者なのではないかと考えています」
「……分からねぇな。確かに古は珍しい属性だが、なんだってあんたはここに来て急に古に
「貴方が知る必要はありません」
ぴしゃりと言い捨てられ、グレンは押し黙った。
ビーは、くいと眼鏡を押し上げながら話を変える。
「グレン。僕に無断で、畠中春をこちら側に勧誘しましたね?」
「だったら、だからどうしたよ」
ゆっくりと視線をビーのそれに絡み合わせて、グレンは
「力のある奴は出来る限り勧誘し仲間に引き入れる。それはメンバーが有する権限であって、その度に『仮』リーダーに指示を仰ぐ必要性はない。そう言ったのは、他でもないあんただ。別にそれは対象について制限されてなかったはずだぜ」
口元以外の表情筋をぴくりとも動かさず、グレンは相手の出方を
同じく表情を変えぬまま、ビーは
「別に。そのことに関して僕はとやかく言うつもりはありませんし、仮に君が仲間に引き込んでいたとしても僕は快く迎え入れたでしょう。
彼女が望むのならば拒む理由はどこにもない。現状で女性が一人しかいない今、人員を増やすことに賛成する道理はあっても反対する道理は
「ただ、何だ?」
「本当に、貴方は純粋な意図でもって勧誘したのですか?」
ぴくり、と僅かにグレンはまぶたを動かした。
ビーは不敵な笑みを湛える。
「実際、畠中春は強かった。聖精晶石を持っていたのですから当然ではありますが、そうと知らずに彼女と直面したら、なるほど勧誘したとしてもおかしくはない。
しかし晶石の知識を有している貴方なら、それが聖精晶石の成せる業なのではないかと察せられたはずです。それなのに事実か否かは顧みず、君は彼女を勧誘した。タイミングとしたらあまりに早計で、本音としたらあまりに単純過ぎる」
「……何が言いたい」
「別に。ただ、一つだけ。
僕は目的の遂行の為に
ぎり、と奥歯を噛みしめてグレンはビーを睨み付けた。それを無視し、ビーは
しばらく経ってから、グレンは思い切り右手の拳を壁に打ち付ける。
「……っくそ」
ぽたり、と額から滴が落ちる。
今日も
******
舞橋女子高校の講義室に足を踏み入れた奈由は、人気のない教室と机の上に散乱した荷物を見て肩をすくめた。
花火大会の翌日は奈由も寮に泊まったが、本日は実家に帰っている。ただこの日は近くで用事があったため、それならばとついでに学校へ顔を出したのだった。
お盆期間は昨日で終わりなので、本日から学校の門は空いている。そして学校が開いている時には、高校の講義室を陣取り受験勉強をするのが彼女たちの慣例だった。
寮の私室にも机はあるが、制服に着替えて学校でやった方が集中できるので、大抵いつものメンバーがここに集っている。
しかしどうやら入れ違いであったらしい。机の上には杏季の私物である参考書や筆記用具が置き去りにしてあった為、戻ってくる気はあるようだ。少し待てば帰ってくるだろう、と気楽に構えて、奈由は手近な席に腰を下ろす。
重たい鞄から数学Ⅲの問題集を取り出すが、奈由は形だけ問題集を広げながら、紙上の関数とは全く別のことを考えていた。
『それにしてもさ。よく、なっちゃんあの提案したよね。前の晶石の持ち主のペットを召喚させるってやつ。結局出てきたのは魚類と両生類だったけどさ、大抵はペットっていうと犬とか猫じゃん?』
昨日、潤と交わした会話を思い返す。
犬を地球外生命体と呼称する程度には苦手としている奈由にとって、あの提案はリスクが高い。ただ、その上で奈由があの提案をしたのには、彼女なりの理由があったのだ。
『ちょっとだけ心当たりがあってね。でも違ったみたい、気にしないで』
奈由は眉を寄せる。あの時は深く気に留めなかったが、よくよく考える中で、彼女には疑念が生まれていた。潤と春も実家に帰省しているため、せめて杏季だけにでも話せればと思い奈由はここに来たのだ。とにかく誰かと話がしたかった。
悶々と考えていると、がらりと音を立てて講義室の扉が開く。杏季かと思い目を上げるが、そこにいたのは彼女ではなく、四人に共通の友人であった。
肩で切りそろえた綺麗な黒髪に、落ち着いた色の神秘的な深い瞳。真夏だが長袖の白いブラウスに
寮で杏季と同室の、
琴美は固い表情で奈由に尋ねる。
「奈由さん。今、大丈夫ですか」
「別にこれといって用があるわけじゃないけど。どうしたの?」
「一緒に来ていただけませんか。緊急事態でして」
「……どういうこと?」
「
淡々と要件だけ語る彼女だが、表情には微かに焦りが感じ取れる。
奈由が何事かと問おうとすると、窓の外から物音が聞こえた。振り向けば、一羽のカラスがコンコンと口ばしで窓ガラスを叩いている。驚いて奈由は窓に駆け寄った。
「……直彦?」
窓枠に止まっていたのは、杏季が可愛がっているカラスだった。
動物好きの杏季は、よく理術で様々な動物を呼び出しては
直彦の足に巻き付けられている布を見て琴美は顔をしかめた。
「これは、……杏季さんのハンカチですね」
琴美が腕を差し出すと、直彦は器用に彼女の腕に飛び移る。
「行きましょう。おそらく私たちに場所を知らせるために、杏季さんがこのカラスを寄越したのでしょうから。……厄介な状況になっているようです」
琴美は多くを語らない。だが奈由は黙って頷き、手近な荷物だけを持って琴美と共に講義室を出た。
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