砂糖菓子の団欒は打ち解けない(4)
二階で奈由が杏季と琴美に話をしている頃。
奈由と杏季あてに、潤からメールが届いていた。
『なっちゃん&あっきーへ。
はったんが頑張ってヤロー共と会話中な一階組です\(^o^)/
持ち主のペット召喚、成功すれば時間が稼げるかもだけど、成功しなかったらきっとあいつらは石を渡せって話をしてくると思う。
けど、奴らに石を渡しちゃダメだと思うんだ。だから何としても死守するぞ』
『どうすんの。今日追い払ったって、また狙われるだけでしょ』
すかさず奈由が返信した。
潤からはまたすぐにメールが届く。
『晶石とやらを、なくなったことにするんだよ』
その下には、急いだ様子で概要が書かれている。
『私がタイミングみてメールするから、あっきーは応接室に鳥か何か召喚してくんないかな。
あいつらが気を取られた隙に私が二階に行って、あっきーからストラップ受け取って外に逃げる。で、ストラップからあの石だけ切り離して、用水路に落としたことにするんだ。
行き当たりばったりの作戦になるけど、あいつらに渡さずにうちらも今後付きまとわれないようにするには、こうするしかない』
「言うと思った」
奈由はにやりとして画面を眺めた。
横からメールを覗き込んだ琴美が人差し指を立てる。
「折角ですから、作戦に肉付けしときます? 落とした演技をするにしても、実際に何か小さい石を落とした方が、信憑性が高まるでしょうし」
琴美は自分の机から、春のストラップに付いているのと同じくらいの小さな白い石を取り出してきた。
「これなんか如何でしょう?」
「流石こっちゃん。ありがとう、貰っとくね」
琴美からそれを受け取り、奈由は片手でぱたんと携帯電話の画面を閉じる。
「さて、じゃあ……このダミーの件についてメールしたら、早速やってきますかね。
まずはあっきー。遠隔地からの作戦、頼んだよ」
「りょーかいですっ!」
杏季は高い声で威勢よく言い、ぐっと小さな手を握りしめた。
******
潤からストラップを受け取った奈由は、同じく戸外に出た春へ渡すべく彼女を視線で追う。既に春は寮の門付近まで移動していた。
「はったん、これ!」
「はいよっ!」
投げられたストラップを、春は片手で受け取る。
琴美から奈由が受け取ったダミーの石は、応接室にいた時点でこっそり受け取っていた。後は春が晶石を隠し、男性陣の見ている前でダミーを用水路へ落とせば終了である。
男子たちが追いつかないうちにストラップから石を切り離そうと手で引っ張るが、意外と丈夫で上手くいかない。やきもきした春は、噛みちぎろうとし、石の部分を口に含んだ。
途端、である。
どろり、とした嫌な触感が、春の舌を這った。氷のように冷たい。ゼリーの食感より弾力のあるそれは、先ほどヴィオが形容したようにスライムに似ている。
それは彼女が何と認識する間もなく喉の奥に滑り落ち、そのまますっと体内に吸い込まれた。
「え。
……うえええええええええええええええ!?」
度肝を抜かれた春は、奇声を上げてよろめいた。
「ど、……どうしたの、はったん!?」
尋常でない彼女の叫び声に、奈由は春の側に駆け寄った。追いついたヴィオとグレンも何事かと様子を窺う。
「……わ、たし」
掠れた声で春は目を見開いた。
「私。……聖精晶石、多分、飲み込ん、じゃった」
「……は?」
「この石の部分だけ、歯でちぎろうとして、口に入れたら。
……なんか、どろっと溶けて、そのまま口の中に入っちゃった、んですけど……!?」
「はあああああああああああ!?」
遅れて追いついた潤も加わり、声を上げた。
奈由は呆けている春からストラップを受け取り、握りしめる。
「……うん。今、これ持っても。別にいつもと何も変わらない。ここにラフレシアは生えない」
潤はヴィオに掴みかかる。
「ちょっと待てどういうことだ。鉱物に宿るんじゃなかったのかよ! そんなアッサリ溶ける……溶けるっつぅか、移動するモンなのかよ!?」
「知らん。僕はさっき説明した以上のことは知らん!」
当の春は
「だ、大丈夫なのかな!? 飲んじゃったけど有害とかじゃない!? 死なない!?」
「僕たちにとっちゃ大丈夫じゃないが……おそらく、君は大丈夫だ。
あまり大きな声じゃ言えないがな。表に出ないところで、理術の力を強める製品はいくつか開発されている。その中には直接、人が飲む形式の薬も存在しているんだが、この聖精晶石と薬とで成分はほとんど一緒らしい。
だから人の体内に入ったところで、しばらくは強い理術が使える状態が続くだろうが、一定期間が過ぎて効力が切れれば普通に戻る」
「ええと……要は、消化されて排出されればもう元通り、と」
「そういうことになるな」
気が抜けた春はその場にへたり込んだ。
真夏の日差しが照りつける朝。澄みきった青空を尻目に、浮かない顔つきで彼らは呆然と立ちつくした。
******
「さあ――始まったか」
寮から離れた建物の中。
季節感なく黒い長袖シャツに赤いネクタイを付けた男は、静かに目を見開いた。唯一の光源である携帯電話の画面へ彼は話しかける。
「に、しても。よりによって、よりにもよって――だぁな。
なかなかどうして運命的な巡り合わせじゃないか。
電話の向こう側の人物に彼は一息に語りかけた。
相手がどんな反応をしているのかは、分からない。
「しかしオレは
オレは
彼は一方的に通話を切り、携帯電話を足元に放り投げた。
「――なぁ。
どこまで
どこまで上手く、踊ってくれる?
どこまで行き着くことが出来る?
――頼むよ」
昼間だというのにカーテンを閉じきった室内に光は刺さない。
漆黒にも近い闇の中。
彼の表情は、見えない。
――2005年8月16日、朝。
(1.来訪者とウーパールーパー:完)
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