砂糖菓子の団欒は打ち解けない(2)
潤は転がるように階段を駆け下り、勢いよく応接室のドアを開ける。そこにはワイシャツにチェック柄のスラックスという、やはり制服姿のヴィオが、紅茶を片手にソファーでくつろいでいた。
「やあ、お邪魔してるよ」
「『やあ』じゃねぇよこの長髪ナルシストがよおおおおおおおう!!!」
潤の叫び声がそう広くはない寮内にこだました。彼女にやや遅れて、春と奈由、ついでにグレンとワイトも応接室に辿り着く。
「朝っぱらからなんつう日よ今日は」
「それを言うなら昨日からだよ、はったん」
テーブルの上にあった茶請けの
すましたヴィオとは対照的に、ジャージに寝癖の付いた髪、おまけにまだ顔すら洗っていない潤は、テンションだけは絶好調で彼を無遠慮に指差す。
「何だって貴様がうちの応接間で優雅に紅茶飲んでるんだよ、ちくしょうめが!」
「大声を上げるのは止めてくれないかな近所迷惑だ。あんたが騒いで
「つっきー。非常に言いにくいけど、いや構わず言うけど、マジでこの人の言うとおりだからね。ボリューム落とせ」
「きいいいいいいいこんの男おおおおおおおおお!!!」
春に肩を掴まれ声量を抑えつつも、悔しそうに潤は歯ぎしりした。
手にしたティーカップを受け皿に戻し、ヴィオは腕を組む。
「心外だな。僕はきちんと手土産を持参の上で、寮母さんへ正式に面会を申し出て、現在に至っている。変な言いがかりは止めてもらえないかな」
「ちょっとナコさーん! 何だってこの超絶不審者を受け入れちゃってるんですか!? こいつ敵だから長髪ナルシストだから!!」
「前者はさておき、後者はいい加減捨て置けないぞ。誰がナルシストだこの乾燥ワカメが」
「うっせぇ見たまんまだそして誰がワカメだこの長髪ナルシストが!!」
潤は今にも飛び掛からんばかりであったが、春に後ろから
「それで、手土産まで持参して真正面からやって来たってことは。今日は早速、昨日の続きって訳?」
「そういうことになるな。早めに動かないと厄介なことになるかもしれないし。それでも多少、遅かったみたいだけど。
……で、なんでお前らはそこから出てきてるんだよ」
じろりとヴィオはグレンとワイトへ視線を向ける。気まずそうにグレンは目を逸らした。代わりに何食わぬ顔でワイトが答える。
「窓から入ってきた」
「あのな。話し合おうってのに事態をややこしくしてどうするんだよ」
「ちょっとな。俺たちにも致し方ない事情があったんだよ。……収穫はなかったけど」
詳細はぼかして、ワイトもまた視線を逸らした。諦めたように春は息を吐き出し、グレンたちへソファーを指し示す。
「まあいいよ。とりあえず二人も座ったら。こっちも、どうせあのまま終わるとは思ってなかったしね。話とやらを聞こうじゃないの」
春の促すままにグレンとワイトはヴィオの隣に腰かける。テーブルを挟んで反対側のソファーには女子三人が並んで座った。
向かいに座る男子三人を
「合コン?」
「こんなエキセントリックな合コンあってたまるか」
「これが合コンだったら潤さんは右端のすました長髪野郎に頭からジュースをぶっかけるね!」
うつろな目で春が応じ、据わった目で潤がぼやいた。誰一人として彼氏のいないメンバーだったが、この状況下での出会いは願い下げのようだ。
彼女たちを見回して、ヴィオが尋ねる。
「もう一人の子は?」
「彼女は、外させてもらっていいかな」
唇を引き結んで春が答えた。
「昨日あっきーは狙われてた張本人だから、流石に同席させるわけにはいかない。代わりに私たちが聞くんじゃ用は足りない?」
「確かにそうだな。構わないさ、本題は十分間に合う」
納得し頷いてから、ヴィオが代表して口火を切る。
「改めて自己紹介しよう。僕はチームC、鋼属性のヴィオだ。
そしてこの二人、グレンとワイトも同じ組織に所属している。詳細は省かせてもらうけど、僕たちはとある目的のため、理術という手段を使ってあれこれ動いている。
僕らは目的に必要なものを二手に分かれて探していた。そしたら僕とグレンたちとがほぼ同時に君たちに行きついたって訳だ」
「はい」
奈由が真っ直ぐ手を上げる。
「なんでヴィオとかグレンとかコードネームみたいなの名乗ってるんですか」
「なっちゃん、そこ!?」
春が勢いよく奈由を振り返る。至って真面目に奈由は頷く。
「え、だって一番気になるし」
「確かに気にはなるけどもね!? もっと気になるところいっぱいなかった!?」
「まあ、そう思うだろうな」
苦笑いを浮かべてヴィオは答える。
「コードネームはリーダーの趣味らしい。後は、活動が活動だから本名を隠しておいた方が良いっていうのが大きいな」
「それは、君らの目的が世界征服とかヤバイ系の奴だからですか?」
「もっと単純な理由だ。理術に深入りすること自体、本来は違法な事だろう」
理術は、年齢性別を問わずに誰であろうと使える力だ。
しかし一方で、一般人がみだりに理術の研究等を行うことは禁じられていた。理術に関わる商品の開発も、許認可を受けたごく一部の限られた機関しかできない。
彼の話を聞きながらそれを思い返し、そういえば春日教諭から貰った昨日の薬は大丈夫だったのかと、春は今更ながらにどきりとする。
そんな春の隣で、潤もまた口元に手をやりながら真面目な表情を浮かべていた。
「いいな……組織とかカッコいいな……。
よし、はったん。うちらもコードネーム作ろうぜ!」
「全力で脱線してんじゃねぇタラシ! 後でやれ!!」
春は拳を握りしめた潤を一喝する。不安を一瞬でも感じたのはどうやら春だけだったらしい。
ヴィオは言葉を選びながら断りを入れる。
「話し合いに来ておいてなんだけど、そういう訳だから詳しいことは話せない。伏せる部分が多くなるけど、ひとまず話をさせてもらっていいかな」
「まあ……もう既に突っ込みたいところは山とあるんですけどね? いちいちやってたら日が暮れるから、何にせよ最後まで話してください」
「了解した」
春の言葉に頷いて、彼は続ける。
「僕は探し物を追っていたら、君たちのところに行きついた。
僕が探しているのは『
この晶石には、『理術を増幅する力』と『持ち主を守る力』の二つの効力がある。持ち主が理術で攻撃を受けた際には、その攻撃を弾き無効化する力を持っている」
彼の説明に、昨夜の事を思い出し。
その場にいる全員の視線が春に集中する。
「……私ぃ!?」
春は上ずった声を上げ、両手を振って弁解する。
「や、ちょっと待ってよ!? 私、そんなケッタイな石、買った記憶も貰った記憶も、まして持ち歩いた覚えもないんですけど!?」
「晶石とはいうけど、それそのものは石じゃないんだ。聖精晶石は単体ではなく、別の物質に
「宿る?」
「本体はスライムみたいな形状らしくて、それが別の存在に取り憑いたものを聖精晶石と呼ぶんだ。ほとんどは鉱物に取り憑くから、石って呼ぶようだけど」
「なにそれ取り憑くとか怖ァ……」
春は思わず自分の二の腕をさすった。
ヴィオは春に確認する。
「何か身の回りの物で鉱物、例えば水晶とかの飾りが付いた物は持ってないかい?」
「……あ」
思い至った春は、ポケットから自分の携帯電話を取り出した。春の携帯電話には小ぶりのストラップが装着されていたが、それには星形のチャームと共に球状の白い天然石が一緒に付いていた。
「携帯のストラップ。確かに、付いてるわ。
けど、これ一年くらい前から付けてるやつだよ。今までは特に何も起こらなかったけど」
「最初から聖精晶石が宿ってるとは限らないからね。偶然なのか故意に誰かがやったのかは分からないが、後からそれに取り憑いたって可能性は大いに有り得る」
「なんでンな訳の分からないものが取り憑くことが有り得るの怖ァ……」
訝しげに春は自分のストラップを
「これがホントにその聖精晶石かどうかってのは、どうやって確認するのよ」
「簡単だよ。理術を使ってみればいい。それを持って別の子が強力な理術を使えたなら、本物だ」
ヴィオの言葉に潤が勇んで立ち上がるが、春は反対方向を向き奈由に手渡した。ぶーたれる潤を尻目に、奈由は春の携帯電話を握りしめながらじっと窓の外を眺める。
「……わぁお」
ひくりと潤と春の口が引きつった。振り返って背後を確認した男性陣も同様に口の端を引きつらせる。
窓の外の庭には、毒々しい赤の花弁に白い斑点模様を付けた巨大な花、ラフレシアが
「ら……ラフレシアが……咲いた……」
「うん、間違いないね!」
一人、きりりとした表情で奈由が頷いた。奈由以外の面々は、突如現れたその花のビジュアルに圧倒されている。
奈由の機嫌を損ねぬよう、春は「気持ち悪い」という単語を必死で飲み込んだ。
「環境を無視して真夏の日本に咲き誇るラフレシア! 普通じゃできっこない術だね。強い理術が使えるようになってるのには違いなさそう。
いや待てこれは対照実験が必要だもっと世界各地の植物をまんべんなく生やしてみないと」
重ねて術を使おうとする奈由の手を、春はすかさず掴む。
「なっちゃん、やりたいだけでしょ!? あのですね奈由さん、効力は分かったので、あれ戻していただけませんか」
「えー」
「南国のあんな目立ちすぎる花が日本の庭先にしれっと咲いてたらどう考えてもおかしいでしょうよ!」
「ラフレシアはその花を咲かせるのに二年かかるのにも関わらず、実際に開花している期間は数日しかないのに?」
「それとこれとは関係ないからね!? いいからなっちゃん戻して!?」
「ちぇ、仕方ないなあ」
不満気ながらも、奈由は大人しくラフレシアを消した。
潤はソファーの背もたれに体重を預ける。
「あまりのビジュアルに焦った……。
ともあれ、これがその聖精晶石ってのはマジで間違いなさそうなわけか」
「そうみたいだね」
無事に庭が現状回復されたのを見届けてから、春もまたソファーにもたれかかった。
ヴィオは姿勢を正して話を続ける。
「本題に戻ると、だ。僕らが今日来たのは他でもない。その聖精晶石を僕らに譲ってくれないかとお願いしに来たんだ」
「でしょうね」
返事をしながら、春は携帯電話からストラップを外す。窓から差し込む自然光に石を透かしながら眺めるが、何の変哲もないただの飾りにしか見えない。
「確かにね。確かに便利な代物なんだろうけど、私にはぶっちゃけ欲しいとも必要とも思えない。
けど私、本気で全く身に覚えがないの。そんな得体のしれないものが付いてるってのはすごく気持ち悪いけど、かといって自分の物じゃない奴を人にあげるのも、ちょっと気が引けるわけ」
春は素直に自分の気持ちを述べた。
隣で、奈由が小首を傾げてみせる。
「だったらそれ、誰の物だか確かめてみればいいんじゃないの」
「どういうこと?」
「晶石を使えばさ。例えば複雑な条件を加味したとしても、はったんのストラップにそいつを仕込んだ人、ホントの持ち主の何かを召喚できるんじゃないのかな。
古属性の、あっきーならさ」
二階にいる友人の名を挙げ、奈由はそっと天井を見上げた。
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