砂糖菓子の団欒は打ち解けない(1)

 花火大会から一夜明けた朝。

 休日ながら、春はいつもと変わらぬ時間に目を覚ました。眠りはしたものの疲れはあまり取れていない。

 カーテンの隙間から差し込んだ強烈な光に目を細める。今日も暑くなりそうだった。


 気怠く体を起こしながら反対側のベッドを眺めると、同室の潤は何事もなかったかのようにまだ深く眠りこけている。


「……暢気のんきだなぁオイ襲うぞこのタラシが」


 呟いて、爆睡する潤を尻目に春はベッドを抜け出した。




 彼女たちの暮らす寮は二階建てであり、主に二階が生徒たちの部屋、一階が共有スペースになっていた。身支度を整えた春は、静かに一階へ降りる。

 寮内はしんと静まり返っていた。今はお盆休みのため、彼女たち四人の他にはもう一人の生徒しか寮に残っていないのだ。いつもなら決められた時間に一斉に食事だが、この期間は各自で朝食を摂ることになっている。

 春がダイニングに入ると、そこには先客がいた。


「おはよ、なっちゃん」

「おはよ」


 牛乳の入ったグラスを片手に、奈由が小さく手を振る。


「早いね、はったん」

「そっちもね。昨日の今日だし、あんまり寝られなかったっていうか。……あっきーは?」

「ちらっと部屋見たけど、まだ寝てるみたい。こっちゃんの話だと、寝られたのは明け方だったみたいだよ」


 奈由は杏季と同室の生徒に様子を聞いたらしい。春は椅子に手をかけながら気遣わしげに天井を見上げる。


「そっか……そうだよねぇ。あっきーは特に大変だったろうね……」

「こっちゃんも起こさないように気を遣って外に行ったみたい。あっきーはもうちょっと寝かしといてやろ」

「そうしよう」


 春は頷く。奈由は牛乳を飲み干し、グラスをテーブルに置いた。


「そういえばはったん、聞くまでもないけどそちらのタラシは?」

「タラシは布団に入った途端に寝落ちして、さっき私が起きた時も目覚める気配ありませんでした」

「揺るぎないですね」

「あいつは放っとこう」

「そうしよう」


 二人は同時に頷いた。

 奈由の向かいの席に座り、春は頬杖を付く。


「ねぇなっちゃん。あいつら、また来ると思う?」

「あの様子だと、……近々、来るんだろうね」


 昨夜のことを思い返して、奈由は小さく息を吐き出した。


 ヴィオやグレンと名乗る男子たちの意図が何なのかは、結局分かっていない。だが、そう簡単に引き下がるとも思えなかった。


「寮の場所だって知られてるしね。流石に中までは入ってこられないだろうけど、待ち伏せとかはされるかも」

「うーん、あっきー引き籠もりそうだなぁ……」


 春は苦笑いする。

 向かいでは、奈由が空になったグラスを手慰てなぐさみにいじりながら、じっと何かを考え込んでいた。

 やがて彼女は、ぽつりと話し出す。


「昨日は落ち着いて話せなかったけどさ。少し、気になったことがあって」

「気になったこと?」


 静かに奈由は頷く。


「あいつらの使ってた理術について。……あんな理術、普通じゃ使える訳がない」

「それは、……私も思ってた」


 春も真顔になり同意した。

 昨日は軽く情報共有をした程度ですぐに解散して休んでしまったが、ずっと春は気になってしようがなかったのだ。よく眠れなかった原因のほとんどはそこにあるといっていい。


「グレンが使ってた術。自分がいないのに植物が動いたり、毒で人を痺れさせたりなんて出来る筈ない。体育館で私たちがやったのより、よっぽど凄すぎるでしょ。なんで、そんなことが」

「ワイトとかいう人が実際どうなのかは分からないけど。でも両方か片方かなんて事はどうでもいい。あるはずのあの枠を、平然と、それも一介の高校生が超えてしまっていることが問題なんだよ」


 奈由の言わんとしている事が分かった春はぴくりと身じろぎした。

 春が辿り着いたのと同じ解答を、奈由は言い放つ。


「あいつらは、制御装置以上の力を使ってる」

「制御装置、……以上」


 口にしてから、春は首をぶんぶん振ってからテーブルに突っ伏す。


「いやいやいやいや、おかしいでしょ。使えちゃ駄目でしょ、制御装置あるんだから。

 たかが高校生が世間の理を飛び越えられる訳ないでしょ。そもそも高校生とか関係なしに、大人だろうが何だろうが使えないでしょ。おかしいでしょ」

「ホントだよ」

「でも、考える限り……そうなんだろうなあ」

「現に、あそこまでではないとはいえ。私たちも、それに近い術は使ったしね」


 奈由は目を細めた。

 体育館での出来事を思い出しながら春は口を尖らせる。


「確かにね。けど、私たちは春日先生から貰った薬があったから使えた訳だけどさ、先生の話じゃ、そうそう流通してるもんでもないでしょうよ」

「……そのこと、なんだけど。ちょっと、気になることがあって」


 奈由は何かをはばかるように、抑え気味の声色で春へ言った。彼女の台詞に春は顔を上げる。

 意を決して、奈由が口を開きかけた時。


「なっ……にしてやがんだ貴ッ様ー!!!」


 二階から、けたたましい潤の声が聞こえた。






 春と奈由が何事かと潤の部屋に飛び込めば、そこにいたのは寝間着のジャージと半袖Tシャツにタオルケットを被った潤。

 そして昨夜、彼女たちと交戦したばかりのグレンとワイトがそこにいた。

 彼らは昨日と違い、ワイシャツに黒のスラックスとごく普通の高校生の姿だ。


 手狭な部屋の中には、ベッドと机と小ぶりのタンスがそれぞれ二組ずつ、左右の壁にくっつけて対照に置かれていた。潤のテリトリーである左側はかなり雑然としており、シーツや脱ぎ捨てた服が折り重なってできた山ができている。


 その山の上で、潤は両手を構えてかっと目を見開いていた。

 彼女の手に握られているのは、分厚い赤本とコンパスにカッター。

 対するグレンは潤の動きを警戒しながら身構えており、ワイトは彼を盾にして隠れている。


「貴ッ様! 昨日の今日で、早速うちらを亡き者にしようという魂胆こんたんか!」

「違う。誤解だ。頼むからひとまずそれを下ろして冷静に話そう」

「変態の部屋に侵入する変態とは変態の変態にも程があるなこの変態!」

「何それ変態って言いたいだけじゃない?」

「変態の変態による変態のための変態か!」

「頼むから変態から離れてくれねーか誤解だから」

「五階も六階もあるか! ここは二階だ!!」

「どうせ侵入するならこの面倒くさい奴じゃなく、あの小さいのの部屋が良かったなー」

「頼むからお前は黙っててくれワイト!」


 おそらく、二人が部屋に侵入したところで、潤に気付かれてしまったのだろうことは分かった。

 しかし地味に油断できない武器を所持した潤の気迫に、侵入者の方が及び腰だ。彼女がこの調子だったので、春と奈由はかえって冷静になった。


「私たちが出る幕なさそうだし、面白いから見てる? はったん」

「うん。ていうか何だこれ。何だこれ」

「面白いからいいと思う」


 奈由は頬に手を当てて愉しそうに頷いた。

 と、不意にドアの外からノックが響く。


「ちょっと、よろしいですか?」


 言うが早いかドアを開け姿を現したのは、肩のところで切りそろえた漆黒の髪をした少女。杏季と同室の生徒、佐竹さたけ琴美ことみであった。


「御取込み中すみません。……というか何ですかこれは、どういう状況ですか」

「ごめんこーちゃん。すごく説明し難い。というか私たちもよく分かんない」


 春は困ったように苦笑いする。


「なら、いっそ下でまとめてお話したらどうですか。その方が一度に片付くでしょうし」


 琴美は親指で後ろを指差した。



「ヴィオとか名乗る不審者が、応接室にて面会を求めています」

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