夜は短し走れよ乙女(2)

「何なんだよ、あのヤロー共は!」

「可憐なあっきーを狙う悪党には違いないね」


 残された潤と奈由は、立ち去ったグレンの後姿を睨みながら悪態をついた。その後で小さくため息を吐きながら奈由は肩の力を抜く。無意識のうち、少なからず緊張していたらしい。


「に、しても」


 腰に手を当て、潤は目の前に立ちはだかる植物を見上げた。

 通常では考えられない速度で成長したその植物は、電信柱を支えにしながら直径二センチほどもある蔓をぐるりと伸ばして、柱のてっぺんまで達している。つるは反対側の電信柱をも行き来して、道を塞いでしまっていた。


 しかし。

 確かに道は塞がれていたが、そこまで複雑に絡み合っている訳ではない。隙間からは向こうの景色が見えたし、体を捻じ込めば何とか向こう側へ潜り抜けられそうな余裕はある。

 時間稼ぎにはなるだろうが、大した足止めにはならないだろうにと潤は首を傾げる。


「アサガオみたいな植物生やして行ったけど、これが一体何だっていうのかね」

「何言ってるのつっきー。アサガオの葉も蕾も蔓部分もまずこんなに巨大化しないしそもそも形状は明らかに違うでしょう、もっともアサガオの品種は多種に及ぶから私の承知していない種の一つである可能性は否めないけれど仮にそうであったとしてこの子をアサガオだと断じるのには早計、貴方は理系のくせにこれまで生物の時間に一体何を勉強してきたのか」

「ごめんなっちゃんマジごめん、でも今は勘弁して頼むからあとで超お説教聞くから!」


 必死に両手を突き出して潤は奈由を止めた。渋々ながら奈由は、いつもと比べて饒舌じょうぜつな口を閉ざす。

 やれやれとばかりに顔を上げた潤は、そのまま動きを止め。

 少々かしこまった口調で奈由に尋ねる。


「ところで。あのグレンとかいう奴は見た感じ草属性っぽいですが、同じ草属性の奈由さんにお聞きしたいことがあるんですけど」

「なんでしょう」


 潤は遠い目をしながら口を引きつらせる。



「……なんでこの植物、動いてるの?」



 目の前の植物は電信柱など何かしらに絡みついていたが、一本だけだらりと地面に垂れ下がっている蔓があった。


 その蔓が、するすると動いている。


 頼るものは何もないにも関わらず、重力に逆らって自力で上へ上へとその蔓を差し上げていた。まるで、何かを狙っているかのように。

 奈由はどこかたのしげな目をしながら語る。


「草に限らず他の属性もそうだと思うんだけど、術者当人が近くにいないと操作出来ないよ。生やした植物をその場に残しておくことは出来ても、普通動いたりはしない」

「へぇー、そうなんだ。じゃあ、この状況ってなんなのかなぁ?」


 潤は更に遠い目をしながら重ねて尋ねた。

 奈由はフッと微笑を唇に浮かべる。


「未知なる力?」

「……わぁお」


 潤は隣の奈由に思わず抱き着いた。

 途端、大きく上空に伸びた蔓は勢いよく地面に向け振り下ろされる。


「ってンな場合じゃなくってー!」

「うわぁー!」


 急いで二人は離れ、別々の方向へ避けた。軽やかに蔓の攻撃を避けながら、爽やかな表情で奈由は目を細める。


「そっかー! これが足止めって意味かー! そっかー! こりゃあ足止めにもなるよねー!」

「感心してる場合!? てかなんか嬉しそうだよ!?」

「だってー、動いちゃうんだよ? 自分いなくても動いてるんだよ? 未知なる力なんだよ?」

「喜ぶなーッ! つーかキャラ違ぇなっちゃん!」

「やだなぁ、そんなことないよぅ。うふふふふふふふ」

「もうダメだ誰か止めて!」


 潤は半ば懇願するように叫んだ。

 反対側の茨の生垣まで避難したところで、潤は肩越しに振り返って舌打ちをする。動き自体はそこまで素早くないため避けることはできたが、蔓が攻撃する中でここを突破するのは容易ではない。

 潤はちらりと左右の塀を見る。生憎と塀は彼女たちの背より高く、壁面に凹凸はない。登って越えることは不可能ではないだろうが、時間がかかりそうであった。


「どうすっかなぁ……私一人だったら強行突破でもいいけど、なっちゃんに怪我させる訳にはいかんし、塀をよじ登るんだって大変そうだしどのみち蔓が攻撃、っとぉ!」


 考えながら歩いていると、言っている側から蔓の攻撃が潤を襲った。横に飛び退すさってそれを避けると、潤は首を捻りながら奈由に告げる。


「……昼間の薬の効果、残ってんなら理術で突破できっかな?」

「私の草で押して、力技で突破できないこともないだろうけど。どこまでできるかはやってみないとだね」

「私の術だとなぁ……植物に水やってもなあ……」

「むしろ生き生きしそうだよね! その姿も見てみたいけどね!」

「止めてなっちゃん暴挙は止めて」


 軽口を叩きながらも、奈由はさっそく右手を前に差し出し、理術を試みた。

 が、彼女ははたと動きを止める。


「つっきー。悲報です」

「どしたの?」


 奈由は地面から、にょきりとネコジャラシを生やしてみせた。


「いつも通りの大人しい理術しか使えません」

「マジかああああああああ!?」


 叫びながら頭を抱えた潤は、自分も慌てて右手を広げる。

 彼女の手からは、水鉄砲ばりの威力の水がびゅっと流れ出た。


「ちょ、え、待ってよ私まで効果切れてるうううう!!! 何だよクッソこんな時にぃぃぃ! ちっくしょー、さっきはまだ大丈夫だったのに!!!」


 大げさな動きで潤がのた打ち回っているところに、蔓は遠慮なくムチを振り下ろす。潤は奇声を発しながらも、間一髪でそれを避けた。

 が、奈由は避けるのがやや遅れ、蔓が彼女の左腕をかすめる。


「なっちゃああああああん!?」

「かすり傷だ問題ない」


 少し顔をしかめながらも奈由は平然と告げた。蔓のかすった痕は奈由の肌を赤く染める。

 腕を押さえながら奈由はしばらく思案していたが、やがて彼女はゆっくり口を開く。


「一つ、気付いたことがあるの。

 この蔓は、動く物体に対して反応しているんだと思う。つっきーが塀に向かって歩いていた時、つっきーには攻撃したけど、その場に立ってた私には蔓を向けて来なかった。今だって、止まっている私たちには何もしてこない」

「そっか。確かに、あの蔓が狙ってきたのは動いた時だけだ!」


 見上げれば、今も蔓は不穏にその身をくねらせているものの襲ってくる気配はない。奈由の仮説はどうやら正しいらしかった。

 奈由は潤を背にして蔓へ向き直る。


「私があの蔓を引きつける。私が派手な動きをしてれば、奴は一本だけだしつっきーに攻撃はいかないはず。その間につっきーはどうにかして突破口を作って」

「それだとなっちゃんが危険な目に合うじゃん! だったらそのおとり役、私がやる!」

「この役はね、つっきー。……私じゃなくちゃいけないの」

「何で? もしかして、あの植物に対抗する奥の手があるとか……!?」

「それはね」


 奈由は不敵な笑みを浮かべて振り返る。



「あの子を観察したいからさ!」

「……そうっすか……!」



 半ば圧倒されて潤がそう返した時。

 奈由は、返事は聞かずたっと駆け出した。目指すは巨大な蔓植物。


「だからつっきー。さっさとその壁、取っ払ってね。私、知識はあるけど体力はないの」

「うん知ってる! 超頑張る!」


 彼女の動きに反応した植物は、早速、奈由に向けて蔓を振り下ろす。少しだけ走る軌道を変え、難なく避けた。そこで奈由は一旦立ち止まる。

 奈由は、仁王立ちに満面の笑顔という組み合わせで植物と対峙した。彼女は悪戯っ子のような口調でもって、相手に語りかける。


「さーあ坊や。おイタはダメよ?」

「おイタぁ!?」


 茨の壁へ挑もうとした潤は思わず振り返った。構わず、奈由は楽しそうに駆け出す。足取りは実に軽快で、まるでステップを踏んでいるかのようだ。

 奈由の覇気におののきながらも、潤は障害物の攻略に徹しようとまた生垣に向き直った。




 グレンの作った即席の生垣は、丈夫な植物で構成されてはいるものの通常のそれより薄い。時間をかければ何とかなる程度の強度であった。

 やがて人一人は抜けられそうな隙間をこじ開けると、潤は額の汗を拭いながら奈由の方に顔を向ける。奈由は相変わらずの調子であったが、動き続けているので息が上がりはじめていた。潤は奈由に作業の終了を告げようと口を開きかける。


 と。

 電信柱に巻きついていた一本の蔓がそっと柱から離れた。もう一本増えた蔓は奈由の上空にそろそろと伸ばすが、目の前の蔓に集中している奈由はそれに気付かない。


「なっちゃん! 上!!」


 潤が叫ぶ。

 真上にはもう一本の蔓が、奈由に襲いかかろうとその身を振りかぶっていた。

 折り悪く彼女の背後は塀であり、横にはもう一本の蔓が控えている。逃げ場はない。

 

 打開策が浮かぶ間なく、真っ直ぐ奈由に向けて蔓が振り下ろされる。

 彼女はとっさに顔を庇いながら目を閉じた。

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