第40話 籠の中の小鳥③

 放課後。

 夕日を背負いながら校門に向かうと、照山さんと幸堀が立ち話をしながら俺を待っていた。

 憧れの照山さんに肩を組まれているせいか、幸堀は頬を染めて照れているようだ。

 その見慣れない光景に、下校する生徒たちはみな異様な目を二人に向けている。

 ……まあ知らない人が見れば、先輩が後輩をたかっているように見えなくもない。

 実際のところ、これからみんなで遊びに行くだけなんだけどな。

 するとここで、俺の存在に気づいた様子の照山さんが、なぜか俺を指さしてきた。

「ほら、見てホーリー。ボッチが夕日を背負ってやってきたわよ。世にも綺麗なボッチだから、写真を撮っておいた方がいいんじゃない? 需要はないかもしれないけれど、自分より下がいるって生きる元気出るわよ」

「人を天然記念物や栄養ドリンクみたいに言うんじゃない。……あとホーリーってなんだよ。FFの白魔法か?」

「なんでエアリスが使う魔法を後輩に言わなきゃいけないのよ。これだから陰キャラは困る。幸堀だからホーリーってあだ名で呼んでるだけよ。ほら、あなたとは違って私たち、初代プリキュアみたいに仲良しなの。ねえホーリー?」

「ひゃ、ひゃい! 照山さん……っ!」

 照山さんに優しく頬を撫でられ、頭からプシュ~と湯気を上げる幸堀。

 仲の良さをプリキュアで言い表すんじゃないとツッコミたいが、本人がいいならそれでいいだろう。

 ……つうか初代で言うなら、照山さんは間違いなくブラックの方だな。

 もちろんそれは元気いっぱいってことではなく、黒い性格をしてるからという意味でだが。

「なるほど。幸堀さんだからホーリーか。……いいあだ名だな」

「なに? もしかして妬いてるの? 残念だけど、ホーリーはあなたに渡さないわよ」

 ぬいぐるみのようにギュッと幸堀を抱きしめる照山さん。

 いつの間にか仲が良くなっているようで何よりだが、抱きしめられてる幸堀が背中におっぱいをあてられてパニくってんぞ。

 幸堀そこ変われ。と思いつつ俺は言う。

「ちげーよ。モブッチという俺のあだ名よりはマシだなって思っただけだよ」

「そうね。モブッチなんてひどいあだ名、いったい誰が付けたのかしら?」

「お前だよハゲ。なに素知らぬ顔でとぼけてやがるんだ。そのカツラをどぶの中に捨てて、ゴミ以下の存在にしてやろうか?」

「あなたも結構ひどいことを言ってるじゃない。……そうね。それじゃお詫びに、この子に好きなあだ名を付けていいわよ」

「えっ⁉」

 突然、話を振られて幸堀がビックリしている。

「おい、なんでそうなるんだよ」

「いいじゃない。せっかく遊びに行くんだから、お堅いのはナシで頼むわよ」

 ……まあたしかに、幸堀さんじゃ堅い感じがするな。

 無理やり話を持っていったのも、俺と幸堀を仲良くさせるためかもしれない。

 それに幸堀も幸堀で、チラチラと俺を見てあだ名を付けられるのを期待しているっぽいな。

 ……仕方ない。

「……それじゃ俺は、堀ちゃんって呼ぶことにするかな」

 我ながら親しみが感じられるいいあだ名である。

 一人で満足していると、照山さんがドン引きしたような様子で、

「うわぁ……何の独創性も感じられない、ありきたりなあだ名ね……」

「べ、別にいいじゃねえか! つうか今日会ったばっかりの子にホーリーとか言うのは、ハードルが高くないか⁉」

「女の子の仲良くなるスピードを舐めないで頂戴。同窓会の時に名前を憶えられてなくて、『お前誰だっけ?』とか『あー、そんな奴いたなー』……とか言われそうなあなたとは違うのよ」

「遠回しに人を陰キャラ扱いするのはやめろ! リアルにありそうだから胸が痛いよ!」

「まあそもそも同窓会がある時、あなたに連絡が回ってくるのかすら分からないんだけどね」

「やめて! 同級生のSNSを見て同窓会があった事を知るのは辛いよ!」

 いかん、泣きたくなってきた。

 まだ見ぬ未来に頭を抱えていても仕方がない。話を戻すとしよう。

「……で、今からどうするんだ? このまま遊びに行くのか?」

「そうね。そうしたいところだけど、今からホーリーのお母さんが迎えに来るらしいから、遊びに行くって一言伝えてから行くわよ」

「お待たせてすみません。……電話じゃ許してくれそうにないので、直接言わなきゃいけないんです」

「いやまあ、それは別にいいんだけど……」

 えっと、それはつまり、今から堀ちゃんのお母さんを説得するってことか?

 うーん、話を聞く限り堀ちゃんのお母さんって、かなり教育ママっぽいんだけど、果たして大丈夫なんだろうか。

 堀ちゃん、押しに弱そうだからな~。

 ついつい心配になっていると、一台の車が校門の前に止まった。


「――れいな!!! あなたそこで何やってるの!!!」


 堀ちゃんによく似た綺麗な女性が降りてきたと思ったら、叫びながらこちらに向かって歩いてきた。

「迎えにきてあげてるというのに、何を変な人たちと話しているの! 早くこっちに来なさい! もたもたしてると家庭教師の先生が家に来ちゃうんだからね!」

 周りを気にせずに叱りつけるお母さんらしき人の言葉に、幸堀は少し怯えた様子で、

「ご、ごめんなさいお母さん。……来てもらって悪いけど、私、今日はお勉強をお休みしたいの」

「はあっ⁉ あなた何言ってんの⁉ そんなのダメに決まってるじゃない! 高校に上がったからといって甘えてるの⁉ ほら、さっさと来なさい!」

 聞く耳を持たない言った感じの幸堀のお母さんは、グイッと娘の腕をつかむ。

 明らかに呑まれている幸堀だが、それでも必死に。

「お、お母さん聞いてっ! 私、今日はこの人たちと遊びに行きたいのっ!」

「はぁ? この人たち?」

 幸堀のお母さんが俺と照山さんをギロリと一瞥してくる。

 そして、人を値踏みするような目つきでジロジロと見てくると、

「……なぁに、この人たち? れいな、あなたこんなガラの悪そうな人たちと付き合いがあったの?」

「ち、違う。この人たちはそんなのじゃ――」

「黙りなさい! くだらない友達付き合いしてる暇があったら勉強しなさいって、何度言えばわかるの! 遊べばその分、周りから置いていかれるのよ! 友達なんてあなたに悪い影響しか与えないわ! お母さんはあなたのためを想って言ってるのよ! 何か間違ったこと言ってる⁉」

 マシンガンのようにまくし立てる母親に対し、

「――ごめんなさい、お母さん……」

 幸堀は諦めたように言うと、俺たちに一礼してから車に乗り込んだ。

 そして車のエンジンがかかり、校門を後にしていった。

「……なるほど。たしかにあれは友達出来ないな」

「………………そうね。アレじゃ出来ないわ」

 ポツンと取り残された俺たちは、走り去る車をじっと眺めることしかできなかった。



                               ♦


 次の日の放課後。

 照山さんと一緒に校門で待ち構えていると、ぽつぽつと元気なさげに堀ちゃんが歩いてくのが見え、俺は手を上げる。

「よう、堀ちゃん。待ってたよ」

「あ、照山さんとモブッチさん。……昨日は本当にすみませんでした」

 深く頭を下げてくる堀ちゃんを俺は慌てて引きとめる。

「謝らなくていいって! ほら、顔を上げなよ!」

「ありがとうございます。でも私、一体どうすればいいんでしょうか……」

「遊べばいいのよ」

 困り果てた様子の堀ちゃんに対し、両腕を組みながら照山さんが言った。

「ホーリーあなた、私たちと遊びたいんでしょ? なら、そうすればいいだけの話じゃない」

「そうしたいのはやまやまですけど、遊ぶのは母が許してくれないですし……」

「そんなの私には関係ないわ。言ったでしょ? 最高の遊びを教えてあげるって。ハラハラドキドキのスリリングな遊びを、あなたに教えてあげるわ」

「ありがとうございます。……でもどうやって?」

「簡単よ。スマホを貸しなさい」

 堀ちゃんはスマホを取り出し照山さんに渡す。

「ありがとう。それじゃお母さんに電話を掛けて頂戴。私が話すから」

「えっ⁉ で、でも、照山さんが話したところでまたダメと言われるだけですよ?」

「いいから。私に任せなさい」

 しっかりとした目力と雰囲気で納得させると、堀ちゃんのお母さんに電話が掛かり、プルルルルと着信音が聞こえてくる。


『なに、どうしたの?』


 電話が繋がると、照山さんは男みたいに声色を変えながら一方的に告げる。

「よく聞けクソババア。俺の名はモブッチ。お前の大事な娘は頂いた。返して欲しければ、ハゲに効く特効薬を持って来い。以上」

 返事を聞くことなくプツンと通話が切られた。

 あまりの出来事に呆然とする俺と堀ちゃん。

 照山さんはいつもと変わらない様子でスマホを返してくる。

「はい、これで遊びに行けるわよ。よかったわね」

「えっ⁉ あっ、はい。ありがとうございます……」

「いやいや全然よくねえだろ! 何やってんだよお前は! これじゃただの誘拐じゃないか! つうか人の名前を勝手に使ってんじゃねえ! 絶対にお母さん誤解してんだろこれ!」

「いいじゃない。そもそも遊びたいという娘の気持ちを誤解してるんだからお互いさまよ。あと、頂いたと言ってもこれはルパンが女性の心を盗んだって意味の頂いたで、誘拐とか一言も言ってないから大丈夫よ」

「子供みたいなことを言ってんじゃねえ! ――ほら、早速お母さんから怒りの電話が掛かってきてるじゃねえか! どうすんだよこの状況!」

 鳴り響く着信音にどうすればいいのか堀ちゃんも困惑している様子。

 これに照山さんはフウと呆れた様子でスマホを奪い取ると、

「ポチッとな」

 会話をせずに電源を切り、さわやかな笑顔でスマホを返してきた。

「よし、これで邪魔者は入らないわ」

「いやいやいや! 邪魔者どころか警察が入ってくるだろうが! どうすんだよこれ!」

「名付けてリアル逃亡者ゲーム。……ちょっと安直すぎるかしら?」

「人の人生が掛かってるってのにゲームの名前で悩むんじゃない! 巻き込まれてる俺が一番逃亡したいわ!」

「残念ながらそれはもう無理よ。大人しく諦めなさい。そんなことより、さっさとここから逃げるわよ。こうしている間にもお母さんが学園や警察に連絡していることだろうし、学園ここにいるのはまずいわ」

 照山さんは冷静に言うと、社交ダンスのように堀ちゃんに向けて手を差し出し、にっこりと笑いながら告げる。


「ほら、籠の中の小鳥ちゃん。行くわよ。覚悟を決めなさい。いつ捕まるかも分からない、ハラハラドキドキのスリリングな遊びの始まりよ」

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