第39話 籠の中の小鳥②
「「友達と遊んだことがない?」」
「はい……本当にすいません……」
俺たち以外誰もいない屋上で、恥ずかしそうに頬を染めながら、俺や照山さんの一個下にあたる高校一年生、幸堀れいなは言った。
「……べつに謝らなくてもいいけど、高校生にもなって友達と遊んだことがないなんてある意味すごいね」
「そうなんです。母が厳しいせいで、放課後や休日はいつも家で勉強していて、ろくに友達と遊んだことがないんです……ほんと、恥ずかしいですよね」
俯いたまま黙り込む幸堀。
なるほど。いわゆる教育ママってやつか。
うちは放任主義だから、勉強しろとか一度も言われた覚えはないんだけど、この京陵学園は県内でも有数の進学校だから、学歴至上主義っぽい親御さんはある程度いるだろうな。
けどまあ……、
「……遊びたい盛りなのに、休日も勉強とか大変だね」
思わずベンチに座りながらつぶやくと、隣にいる照山さんがフンと鼻で笑った。
「人のこと言えないでしょ。休みの日は漫画喫茶に行くのが日課のボッチマンのくせに」
「やめろ! 漫画が友達がみたいなことを言うんじゃない! 俺はサッカーボールの代わりに漫画が好きになった翼くんじゃないぞ!」
「でもあなた、この間わたしが漫画喫茶で何を読んでいるのか尋ねたら、『俺は漫画を読みにいってるんじゃない。どの漫画家が一番いいおっぱいを描いているのかをチェックしに行っているんだ』……って言ってたじゃない?」
「やめて! 後輩の前で性癖をさらけ出さないで!」
恥ずかしさのあまり両手で顔を隠していると、
「すいませんすいません! 私のせいで怒られたんですね! 謝りますから許してください!」
……なぜか幸堀がぺこぺこと頭を下げてきた。
これにはさすがの照山さんも引いた様子で、
「……マジメかっ!」
「すいません! 頭の固いマジメですいません!」
照山さんがツッコむと、それに対しても謝ってくる幸堀。
……なんか上司に謝る冴えないサラリーマンを見ているようだ。
呆れたのか、照山さんはふうと嘆息をついた。
「……で、何であなたは私と遊ぼうと思ったの? 普通に考えて、先輩よりもまず同級生と遊ぼうとするのが一般的じゃない?」
「そ、それはその……えっと、なんて言うか……」
モジモジと人差し指を合わせながら言いずらそうにしている幸堀にイラッとしたのか、照山さんはベンチの取っ手をバンと叩き、
「あーもうじれったいわね! さっさと言わないと、鼻に『タラタラしてんじゃねーよ』を突っ込むわよ!」
「ごめんなさいっ! は、話を聞いたんですっ! 照山さんという人は、ハゲで嘘つきで卑怯を体で表したような人の皮をかぶった悪魔だって!」
「なに可愛い顔して喧嘩売ってんのだゴラぁッ! あとそれ言ったやつを今すぐ教えなさい! カバンいっぱいにワカメを詰め込んでやる!」
襟を掴まれ問い詰められているせいで、幸堀は涙目になりながら、
「大変申し訳ないんですが、甚大な被害が出そうなので誰かは言えませんっ! それに喧嘩を売ってるなんて誤解です! 私は照山さんのことを尊敬しています!」
「尊敬? 私を?」
「はい! 私は照山さんのことが大好きなんです!」
俺はブーッと勢いよく噴き出し、思わぬ展開に照山さんは青ざめた様子で手を離した。
そして、ゴホゴホとせき込む幸堀に気まずそうに言う。
「ごめんなさい……私、そっちの気はないの。他をあたってくれると助かるわ」
「違います! べつに私レズとかじゃありません! ゆるゆりや桜trickは好きですけど!」
「あらそうなの? なーんだ。ラブじゃなくてライクなのね。よかったよかった。……でも、ひどい噂を聞いてるくせに、何で私を好きになったのかしら? 普通逆じゃない?」
「そうだそうだ。言っておくけど、軽い気持ちでこのハゲに関わると火傷どころか爆死する可能性があるぞ」
「アンタは黙ってなさい」
「あがががが! ごめんなさい!」
ゴリラみたいな強い握力でアイアンクローをかけられている俺がもがき苦しむ中、幸堀が頬を染めながら言う。
「たしかに照山さんにはろくでもない噂が多いですけど、私はそうは思っていません。私が初めてあなたを見たのは三角さんとの水泳勝負の時ですけど、照山さんって何事にも動じずに等身大の自分で生きてるなって思ったんです。陸上部キャプテンとの勝負の時もそう。ハゲなのに臆さず堂々としていて、いつも学園の話題の中心にいる。……ほんと、ウジウジしている私なんかとは大違い。だから、そんな照山さんと遊びたいと思った。一緒に過ごすことができたなら、自分が変えられると思ったんです」
……なるほど。自由奔放に生きる照山さんに、自分にはない何かを感じたってわけか。
たしかに照山さんは今も昔も、学園で最も注目されている人だ。……主に悪い意味でだけど。
人一倍目につくのは間違いない。
俺ならめんどくさいと思ってしまうが、人によってそれは凄いことに思えるのだろう。
芸能人などの有名人にはどんなスキャンダルを起こそうが、一目置いてしまうのが一般人というもの。
隣の芝生は青く見えるじゃないが、目立つとそれだけで価値があるというものなのだ。
……いやそもそも、こいつには芝生どころか毛一本生えていないんだがな。
「あ、でも私みたいなのに付きまとわれたら嫌ですよね……差し出がましいお願いをしてすいません」
自信なさげに言葉を吐く幸堀に照山さんはきっぱりと、
「そうね。嫌を通り過ぎて迷惑かしら。……あー、せっかくおいしいご飯を食べてたっていうのに、ほんとやめてほしいわー」
グサリと胸に矢を刺すような言い草に、幸堀はプルプルと涙をこらえているようだ。
たまらず俺はそっと照山さんに耳打ちをする。
「……おい、後輩相手にストレートすぎるだろ。もう少し優しく言えないのかよお前は」
「残念。それが私なの。それに、黙ってなさいと言ったはずよモブッチ」
そう言うと照山さんはベンチから立ち上がり、
「何? あなたもしかして、好きな人に酷いことを言われて泣いてるの? あーもうこれだからママの言いなりになってる甘々ベイビーちゃんは嫌なのよ。一緒にいるだけでウンザリするわ」
堪らずボロボロと涙をこぼす幸堀に構うことなく、照山さんは人差し指を突き付ける。
「……あなた、さっき私が好きって言ってたわよね? 残念。私はあなたみたいなウジウジしている子、大っ嫌いよ。……私に好かれたいのなら謝ってばかりじゃなくて、もっと自分に自信を持ちなさい」
「そ、そんな……自信を持てって言われても、私どうすれば……」
「いい? なりたい自分になれるのは自分だけなの。他人の意思なんて関係ない。私が迷惑していようが、お母さんに怒られようが、あなたが正しいと思ったのならそれでいいじゃない。自信を持つっていうのは、自分を信じるっていうのは、つまりそういうことよ」
一点の曇りもない照山さんの言葉に何か感じるところがあったのか、幸堀は瞼に浮かんだ涙をぬぐい顔を上げる。
「本当に謝ってばかりですいません。……でも私、変わりたいんです! 照山さんと一緒に遊んでみたいんです!」
これに照山さんはにっこりと笑い、
「そう、それじゃ私が最高の遊びを教えてあげるわ」
ハンカチの代わりに自らのカツラを差し出しながらそう言った。
……ふざけてるのか本気なのかさっぱりわからん奴だなこいつは。
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