第38話 籠の中の小鳥①
「なあ、照山さんってなんでそんなにタコ焼きが好きなんだ?」
ある日の昼休み、屋上のベンチで口いっぱいにジャンボタコ焼きパンを頬張る照山さんに、スティックパンを食べながら俺が尋ねると、
「ふぃえりゅりゅいじ・ふぉふぃーなを見たから」
「……食べながら答えるな。何を言ってるのかさっぱりわからん」
これに照山さんはごっくんと飲み込み、ハンカチで青のりが付いた口を拭いてから、
「ピエルルイジ・コッリーナを見たからよ」
「……すまん。普通に聞いても分からなかった。つうかなんだよ、その
「ぶー。全然違うわ。私が尊敬するピエルルイジ・コッリーナさんは、5年連続でFIFA最優秀審判員に選出されたサッカーの名審判であり、有名タコ焼きメーカー『八ちゃん堂』のCMに出るなど輝かしい経歴を持つお方よ。分かったら今すぐ八ちゃん堂のCMソングを口ずさみなさい。お昼時にほんわかしちゃいなさい」
「何でそうなるんだよ。ほんわかしてるのはお前の頭の方じゃないか。……えっとたしか、日韓W杯の時に話題になって八ちゃん堂のCMに出てたハゲの人だっけ?」
「そう、あの人のおかげで私はタコ焼きが好きになったの。あんな素晴らしいハゲを持つ人が勧める食べ物に間違いはないはず。幼い頃の私はそう考え、そしてそれは見事に合っていたってわけ。以上が、私がタコ焼きを好きになった理由よ。ちゃんと分かったかしら?」
「分かるはずないだろハゲ。合ってるも何もお前の考えそのものがだいぶ間違ってるよ。つうかハゲてるのを気にしてるんなら、もっとワカメとかひじきとか豆乳とか髪に良さそうなもんを食え――よっ⁉」
言葉の途中だが、ドスンと勢いよく振り下ろされたアイスピックが、コンクリートで出来た屋上の床に突き刺さった。
「おい、何すんだよ危ないな! つうか久しぶりにアイスピックを使うところ見たなおい!」
すぐさまツッコむも、照山さんは俺と目を合わせることなく、
「ワカメ、豆乳、ひじき? ……なめてんのかワレェェェェェェェェ!!!」
グサッグサッグサッと、錯乱した様子で何度も何度もアイスピックを床に突き刺し始めた。
「い、一体どうしたんだ⁉ ちょっと落ち着けよ!」
慌てて声をかけると、ピタリと手を止め今にも泣きそうな目がこちらを向いてくる。
「……私だって初めは信じていたの。油ものは控え、ワカメや豆乳やひじき、更には亜鉛カプセルなど、髪に良いとされるあらゆる食事療法を試してきたわ。ラーメンやハンバーグが目の前にあったとしても、ワカメラーメンやひじきハンバーグで堪え凌いできたわ。そう、何年も何年も必死で頑張った……」
「努力は認めるが、ワカメラーメンやひじきハンバーグは堪えてるとは言えないだろ。せめてワカメうどんやおからハンバーグくらいにしとけ」
俺の忠告に答えることなく、照山さんはドンと悔しそうに床を叩いた。
「髪に良いものをとり続けた結果がこれよ! 食事や薬なんて何の意味もなかった……っ! ちくしょう! 生える生える詐欺にはもうウンザリ! これ以上ハゲを期待させないで! ハゲにお金を掛けても無駄ってことにみんな早く気づいて! ゼロに何を掛けても無意味なのよおおおおおおおおおおお!!!」
「まさしく永遠のゼロだな。……そういえば、植毛とかは試さなかったのか?」
「試したに決まってるじゃない! けどなぜか移植した髪の毛は私の頭に定着せず、不毛の大地のように全て抜け落ちていったわ。……ほんと神様って残酷よね。髪だけに」
うん、そんなギャグ言えるなら大丈夫だな。
orz ←ってな感じで照山さんが、ぐったりと両手を床についてひざまずいていると、
「あ、あの……すいません。ちょっといいですか?」
声に釣られる形で顔を上げてみれば、見知らぬ女子生徒が照山さんの傍らに立っていた。
これに照山さんはギロリとガンを飛ばし、
「いいわけないでしょうが! ハゲだからって馬鹿にしないでよね! あんたの髪を引っこ抜いて、どんな気持ちか味わせてあげましょうか⁉」
「ひいいぃ! ごめんなさいごめんなさい!」
「やめいっ!」
恫喝する照山さんの頭をバシッと叩くと、その衝撃でカツラがズレて立派なハゲが露わとなった。
しかし、それを気にしない様子でグルルルルルと犬みたいに怒っている照山さん。
威嚇の対象である女子生徒はというと、涙目になってプルプルと怯えていた。
……かわいそうに。でもこのハゲに話しかけてくるとは、一体どこの誰なんだろう?
俺はジッと女子生徒を観察する。
肩に掛かる程度に伸びた桃色の髪に整った容姿、更に学生手帳に載せてもいいくらいのきちっとした服装など、全体的に清純な印象を受けてしまう。
照山さんや三角みたいに華はないが、間違いなく美少女の部類。
どうやら上靴の色がピンクだから一年生みたいだな(ちなみに俺たち二年生は緑で三年生は青)
でも一年生が一体何の用だろう?
「どうしたんだ? 見たところ一年生みたいだけど、俺たちに何か用なのか?」
優しく尋ねると、女子生徒はこくりと頷き、
「はい。私は
「照山さんに依頼だって?」
こんなハゲに依頼ってなんだろう?
チラリと照山さんの顔を窺ってみると、
「用件を聞こうか……」
葉巻のように俺のスティックパンを指に挟み、ゴルゴみたいな眉毛をしながらそう言った。
「……なんだよその謎技術⁉ そんな技術あったら髪に使えよ!」
俺がツッコんでいるのにも関わらず、幸堀とかいう少女は意を決した様子で。
「照山さん、お願いです! 私と遊んでください!」
「「……へっ?」」
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