第37話 戦隊ショーを見にいこう⑥

「さあ、いよいよ勝負も佳境! 四人いたカラシレンコンジャーはクロカワブラックの手によって次々とやられてしまい、残ったのはアソノタカナヅケグリーンただ一人! この大ピンチに果たしてキャプテントマトジャクソンは現れるのかッ⁉ さあよい子のみんなーッ! ピンチだから大きな声でカラシレンコンジャーを応援してあげてーッ!」

 人質に取られているはずの司会のお姉さんが熱のこもった様子でマイクを握りながら告げると、それを聞いた子供たちは、

「頑張れー! クロカワブラックー! カラシレンコンジャーをやっつけろー!」

「その弱そうな緑を倒せーッ!」

「ブラック! ブラック! ブラック!」

 ……なぜか悪役であるクロカワブラックの方を応援する大歓声が上がった。

 盛り上がるのはいいことだが、ホントに人気ないんだなカラシレンコンジャー……。

「照美ちゃん頑張ってー! あとついでにけーちゃんも負けるなー!」

 綿あめを頬張りながらエールを送る春風。いやいや、お前は本来こっち側だからね⁉ なに呑気に綿あめ食ってんの⁉ あと幼馴染をついでに応援するな!

 と口に出してツッコミそうになったところで、俺は初代のおじいさんがいなくなっている事に気づく。

 これはもしかして……、

「何をボーっとしているのかしらアソノタカナヅケグリーン! 隙だらけよ! これでも食らいなさい!」

 照山さんの声が聞こえると、黒いマントから悪魔が持つような三叉槍さんさそうが取り出され、俺に向けて振り下ろされてきた!

「ふんっ!」

 俺は白羽取りをする形で咄嗟に槍を受け止める。わざとらしい大振りだったから助かったぜ。

 そして槍を持ったままつばぜり合いをするような形で照山さんに近づき、小声で話しかけてみる。

「さっきから何をやってんだよお前は? あのおじいさんが来たところでどうにもならないだろ?」

「それはやってみないと分からないでしょうが。……さっきおじいさんがステージ裏に入っていったことだし、どうやら賽は投げられたみたいよ。あとはもうなるようにしかなれって感じかしら」

「そうかい。……そんじゃまあ、それまでの時間を稼がなきゃな!」

 俺は突き飛ばすようにして照山さんの体から離れると、ビシッとヒーローっぽく指をさしてから。

「いくぞクロカワブラック! このアソノタカナヅケグリーンが成敗してくれる!」

「ご飯のおかず程度が何を言う! 返り討ちにしてくれるわ!」

 拳を握り、照山さんことクロカワブラックにそれっぽく殴りかかっていく。

 しかし、

「がはッ!」

 槍をフルスイングされてしまい、見事に返り討ちにあってしまう。……いってえなオイ!

 尻もちをつく俺に照山さんはそれこそ悪魔のような笑みを浮かべ、

「演技とか考えなくていいから本気できなさい。そんなしょっぱい攻撃じゃ主役の登場までもたないわよ?」

「……おいおい、本気でやっていいのか? あんまり俺を舐めてると痛い目に遭うぜ?」

「そっちこそ地獄の温泉を司る大悪魔を舐めないでもらえるかしら? どんな攻撃だろうがちゃんと受け止めてあげるから、全力でかかってきなさい」

「そうかい……それじゃ遠慮なくいかせてもらうぞ!」

 ちょいちょいと指で挑発する照山さんに今までの恨みを晴らす勢いでパンチやキックを繰り出すも、なんなく攻撃をさばかれてしまう。

 ……ははっ! やるじゃないか! こいつ口だけじゃないな!

 殴り合いをしているのにも関わらず、なんとなく楽しくなりマスクの中で笑っていると、それを見透かすかのように照山さんも笑っていた。

「ほ~ほっほっほ! なかなかやるようだけど、まだまだ私には敵わないわね! その腰についている武器はお飾りかしら⁉」

 指をさされ、俺は腰についている高菜漬けを模したムチに気づいた。

 そうだ。肉弾戦ばかりやってたけど、さすがに持ってる武器を使わなきゃおかしいよな。

「く、喰らえっ! タカナヅケアタック!」

 それらしいセリフを放って思いっきり俺が鞭を振り下ろすと、うまいこと照山さんの頭に付いている悪魔っぽい角に絡みついてくれた。

「くっ! こ、これはっ⁉」

「どうだ! そのまま大人しくしてもらおうかクロカワブラック!」 

「漬物ごときが調子に乗るんじゃないわよ! ええい! こんなものーッ!」

 照山さんが強引に振りほどこうと勢いよく頭を振った。そのとき、


「えっ⁉」「あっ」


 俺と照山さんが同時に声を出した。

 そして、観客の目が一斉に上へと向けられた。

 なぜなら、スポッと抜けた照山さんのカツラが天高く宙へ舞ったからだ。

 クルクルと回りながら観客席に降ってきたカツラは、ヒカリちゃんが連れてこようとした可愛らしい幼女へ落ちていく。

 そしてそれを手にした幼女は、ジワッと目に涙を浮かべると、

「あ、悪魔さんの頭が取れたあああああああああぁぁぁぁぁ!!!」

 うわーんと泣き叫び、同じように周りの子供たちも泣き声を上げはじめた。

 こ、これはヤバい! せっかく盛り上がっていたのに台無しだ!

 俺はどうすればいいのか分からずオロオロとしていると、ハゲが自信満々に。

「……ふっふっふ、よくもやってくれたわね。そう、これこそ私の本当の姿! 真・クロカワブラックよ! さあ人間ども! 真の恐怖に怯えるがいい!」

 いやもうすでに怯えてるから。トラウマレベルで泣き叫んでるから。

 せっかくのアドリブも効果がみえずに、観客はもちろんスタッフ側にも絶望感が広がっていると、


「――待てい! そうはさせないぞクロカワブラック!」


 背後からしゃがれた声が聞こえてきた。

 ……おおっ! やっと来たか!

 期待して振り向くとステージ中央には、

「ま、真っ赤なトマトは情熱と元気の証……っ! このキャプテントマ――ごほっ! ごほっ! ……はぁはぁ……こ、このトマトジャクソンが来たからにはもう好き勝手にはやらせんぞ……げふっげふっ!」

 元気の証とか言いながら激しくせき込む初代のおじいさん演じるキャプテントマトジャクソン。

 腰がひん曲がりプルプルと身体が震え、ちょっと風が吹いただけで倒れそうなくらい弱弱しい姿。

 うわぁ……スーツがだぼだぼだし、子供でも勝てそうだ。

「ほらよい子のみんな! カラシレンコンジャーのリーダー、キャプテントマトジャクソンが登場したよ! もうそろそろショーも終わると思うから、泣くのを我慢して応援しようね!」

 司会者のお姉さんの言葉に、「はーい」と泣き叫ぶのをやめて答えるちびっ子たち。

 ……フォローをするのはいいけど、もうそろそろショーが終わるとか言うなよな。

 演じてる方としてのモチベーションが下がっていると、

「くっくっく、来たわねキャプテントマトジャクソン! このクロカワブラックが返り討ちにしてくれるわ! さあ、かかってきなさい!」

「い、いくぞ!」

 威勢のいい言葉とは裏腹に、キャプテントマトジャクソンが亀のようにのろい歩みでクロカワブラックに近づき、ひょろひょろ~としたパンチを繰り出しそれが照山さんの太ももにペチッと当たる。

「はぁはぁ……ど、どうじゃ?」

「ふんっ!」

 照山さんは言葉ではなく、ローキックを返した。

 それを食らったキャプテントマトジャクソンがステージにドサッと倒れこみ、慌てて俺は駆け寄った。

「おい、やりすぎだろ!」

「あら、ごめんなさい。新手のセクハラかと思ってうっかりしちゃったわ。テヘペロ」

「老人を足蹴にしたことをテヘペロで済まそうとするな! あとこんな場面でセクハラをやる奴がいるか!」

「えっ? だってさっき私と殴り合っていた時、執拗に私の胸を見てた人がいたわよ?」

「それ俺だから! 空気を読めないセクハラ野郎でごめんなさい! それはそうとキャプテントマトジャクソン、大丈夫ですか?」

 声をかけると俺の腕に抱かれているキャプテントマトジャクソンがフラフラとした様子で、

「だ、大丈夫じゃ……一瞬、死んだばあさんが川で手招きしているのが見えたが気のせいじゃろう……」

「全然大丈夫じゃねえ! それ三途の川ですよ! 死にかけてますよ!」

 介抱している隙に照山さんがなぜかステージを降り、観客席にいたカツラを持っている幼女を捕まえていた。

「ふははははは! 弱い! 弱すぎるぞカラシレンコンジャー! そんなんじゃこの少女は助けられないわよ!」

「くっ! その子を離せっ! 卑怯だぞ!」

「ほ~ほっほっほ! 悪だから卑怯は褒め言葉よ!」

 ん? このセリフってたしか……。

 照山さんの高笑いを聞きながら、俺は台本のことを思い出す 

 そうだ。たしかこのセリフが出た後には……。

『今だ! 油断しているところにキャプテントマトジャクソンの必殺技を食らわせるんだ!』

 監督からの指示で完全に思い出した。

 そうだ。この後キャプテントマトジャクソンの必殺技でクロカワブラックが倒れる流れだ。

 いやでも肝心のキャプテントマトジャクソンがこの状態だし、必殺技もなにもないだろ……。

 それにたしかキャプテントマトジャクソンの必殺技『アトミックトマトクラッシュ』は、決め台詞と共にかっこいいポーズを取ってから一回転バク宙をして相手の顔にトマトをぶつけるって技だったはず。

 そんな高度な技など、この死にかけおじいさんにとっては無茶を通り越して不可能に近い。

 一体どうすりゃいいんだ……。

 思わず途方に暮れていると、

「ほ~ほっほっほ! さあお嬢ちゃん! そのカツラを返しなさい!」

「やだ! これは持って帰ってネットオークションで売るんだもん! 絶対に渡さないんだもん!」

 照山さんが幼女とカツラめぐって醜い奪い合いをしていた。……こんな時に何をやってるんだあいつは。

 ……って、待てよ。カツラだと?

 顎に手をやり、思い付いたアイディアを頭の中で巡らせる。

 ……これだっ! もうこれしかないっ!

 ある結論に至り、俺は肩を揺らして初代のおじいさんに話しかける。

「キャプテントマトジャクソン! 聞こえますか!」

「ど、どうした? 晩御飯ならさっき食べたぞ?」

「誰もメシの話なんかしてないから! お願いだからこんな時にボケないでください! 必殺技のセリフは覚えてますか⁉」

「さ、さすがにそれぐらいは覚えているぞ。今まで何千回も言ってきたセリフだからな」

 よし、それならいける。

 俺は思いついた案を実行するため、キーとなる人物に向けて言葉を放つ。


「春風! ちょっと来い!」


 これに春風は嫌面を上げて、

「えー、今いいところばーい。あとからにしてよー」

「馬鹿野郎! いいから来い! あとでお菓子をやるから!」

「――来たばい!」

 瞬間移動でもしたかのように春風がステージに上がってきた。

 話が早くて助かるけど、現金な奴だぜまったく。

 俺はフウと短い息をはく。

「……いいか春風。俺が合図をしたら『これ』を上に投げろ。いいな?」

「分かったばい! でも本当によかとね?」

「大丈夫だ。責任は俺が持つ」

 責任。失敗した時とか考えたくないけど、もうこの手しかない。

 それに、照山さんだったらちゃんとやってくれるはず。

 俺は言い聞かせるように自分の拳を握り、キャプテントマトジャクソンに話しかける。

「それじゃ今からあなたを立たせますので、大きな声でそのセリフを言ってください。あとは僕たちが何とかします」

 分かったと答えた瞬間、俺はおじいさんの脇を持ちあげ、黒子のように後ろから体を支えてから叫ぶ。

「クロカワブラックこっちを見ろ!」

 声に合わせ、クロカワブラックと観客の目が一斉に集まってくる。

 それを見計らって俺はおじいさんに耳打ちにする。

「今です! セリフを言ってください!」

「こ、子供を人質に取る卑劣な悪党め! これでもくらえい!」

 俺はセリフに合わせ、人形のようにおじいさんの手足を動かす。

「天に輝くは太陽! 地に燃えるのは火の国の心! 真っ赤なトマトの力を借りて、今必殺の一撃を放つ!」

「今だ! 春風やれ!」

「了解! よいしょっと!」

 俺の合図で春風はおじいさんの脇を持ち上げ、


「アトミックトマトクラッーーーーーシュ!!!」


 天高くキャプテントマトジャクソンを放り投げた!

「ぬおおおおおおおおおおおおおっ⁉」

 キャプテン翼の翼くんのように宙へ打ち上げられていく初代のおじいさん。

 よし、あとは照山さんにキャッチしてもらうだけだ。

 カツラで思いついたのだが、さっきカツラがクルクルと落ちていったように、落ちている間におじいさんの体が回転するだろうし、技を食らうふりをして照山さんが受け止めてくれれば怪我もしないはず。

 あとはうまいことトマトを顔面にぶつけてくれればいいんだけど、この際それはもうどうでもいい。とりあえず技っぽくなればいいだろ。

 そんないい加減な計画だったが、頭のキレる照山さんはそれを察知してくれたようで、

「くっ! こ、この技はもしや⁉」

 それらしいセリフを吐きながら、おじいさんを受け止めるためステージの上へと移動する。

 よし! あとは受け止めるだけだな! これで俺たちの勝利だ!

 そんな分かりやすいフラグを建てたせいか、ここで予想外の出来事が起きる。

 ――そう、それは液体と共に降りてきた。


「う、うおげえええええええええええええええええええええ!!!」


 ただでさえ殴られて気を失いかけていた初代のおじいさんが、思いっきり空中に投げられたせいでマスクの間からゲロをこぼしながら落ちてきた。

 汚物をまき散らしながら落ちてくるヒーロー。

 これに照山さんは、


「うわ! きたなっ!」


 ヒョイッとおじいさんを避けた。

 その直後にドンっと派手な音が立ち、見ればステージのど真ん中におじいさんの形になった大きな穴が開いていた。

 ……考える限り最悪な事態が起きてしまった!

 俺は急いで穴に向かうと、おじいさんはピクピクと倒れながら、

「ば、ばあさん、今そっちに行くぞ……」

「逝くなおじいさん! 死ぬにはまだ早い!」

 責任のとれない俺が必死に呼びかけ、ざわざわとヤバいんじゃないかという空気が会場に蔓延していると、

「ぐはッ!」

 突然、悲鳴が上がり照山さんがドサッと倒れた。

 ど、どうしたんだ?

 見れば倒れる照山さんの脇に司会のお姉さんが立っており、手には妹が持っていた剣を血みどろになる形で持っていた。

 司会のお姉さんはポイッと剣を投げ捨て、ほっぺたに血を付けたまま満面の笑顔で、

「は~い。これでショーは終わりで~す。よい子みんな~~~! 次回も楽しみに待っててね~~~」

 ……こうして戦隊ショーは終わりを告げた。


 その後、初代のおじいさんは病院に連れて行かれるも命に別状はなく、なぜかぎっくり腰が治るという奇跡が起こったからびっくりだ。

 そして気になるカラシレンコンジャーだが、今回のショーがネットにアップされ、それが話題になったのをきっかけに知名度を上げて人気を取り戻していったらしい。

 ……ま、結果オーライってやつでよかったよかった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――


             あとがき


お久しぶりです。久永道也です。

昨日は告知なしに更新しないですいません。

別に焦らしプレーというわけでは決してなく、体調を崩していたために更新が出来ませんでした。


そして、このタイミングで急きょ明日から大阪に仕事で行かなくてはいけなくなったので、一週間ほど更新が途切れると思います。

本当にすいません。

悪いのはそう! ブラック企業なんです!

レッドアイズ・ブラックドラゴンが全部悪いんです!

……深夜のテンションですいません。


というわけで次回の更新は一週間後の予定です(*´▽`*)

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