第36話 戦隊ショーを見にいこう⑤

 カラシレンコンジャーのテーマソングが流れ、エレベーターガールのような恰好をした一人の女性がステージに上がった。

「よいこのみんなー! 元気にしてるかなー! 今日はツルヤに遊びに来てくれて、どうもありがとう! 今日はみんなのために素敵なゲストが来てくれたよー! みんな誰だと思う~? …………うんうん、残念だけどくまモンじゃないね~。そっちの子は分かるかなー? …………うーん、スマップは色んな意味で来れないかな~。はい、時間切れ~! それじゃみんなの知らない素敵なゲスト、カラシレンコンジャーの登場で~す!」

 え~~~、と嫌がる子供たちの声を聞きながら、ヒーローの衣装に身を包んだ俺たちがステージに上がる。

 それっぽく観客席に手を振るも、「帰れー」やら「えー、ライダーじゃないのー?」とか冷たい歓声を浴びてしまう。……思った以上に人気ないんだなカラシレンコンジャー。

「……ねえねえ、モブッチ。これって本当に大丈夫なの?」

 歩いていると、カラシレンコンストライクこと三角がひそひそと耳打ちしてくる。

「大丈夫も何も、ここまで来たらやるっきゃないだろ」

「でも……、これじゃやってもやらなくても一緒じゃない?」

「たしかにそうかもしれないけど、世の中にはやりたくなくてもやらなきゃいけないことがたくさんあるんだよ。ほらいくぞ――」

 俺が三角を諭していたそのとき、青いスーツに身を包んだ妹が突然駆け出した。

「お、おいっ、どこに行くんだ! そんな指示は出てないぞっ!」

 妹は俺の制止を振り切る形でステージ中央に走り、空中でフィギュアスケートのように回転すると、スタッとかっこよく着地した。そして、

「ふっ! よいこのみんな待たせたな! 嵐を呼ぶヒーロー、アマクサハリケーンジャーの登場だぞい! さあさあ、今から楽しいショーの始まりだぞい!」

 おおー! と、ちびっこたちから歓声が沸き起こる。

 ……なんか空気が変わったな。

 日頃から妹軍団と称する子供たちの相手をしているだけのことはあって、盛り上げ方は分かってるってわけか。伊達にキング妹を名乗ってないな。

 案外、こいつがいればどうにかなりそうだ。

 そんな甘いことを考えていた時期が、僕にもありました。

「ぴぎゃ!」

 悲鳴が聞こえ後ろを振り返ってみれば、最後に出てきたはずの春風がつまずき顔面から床に倒れていた。

「いたたた……転んじゃったばい……」

 おおー! と先ほどとは違い、今度はお父さん方から歓声が沸き起こる。

 なぜなら、倒れた拍子に春風のスカートがめくれて、揉みごたえのありそうな可愛いお尻が丸見えになったからだ。

「み、みんな、ただ転んだだけでそんな歓声ば上げんでもよかたい……でも、悪いもんじゃなか!」

 ほこりを払いながら嬉しそうに起き上がる春風。……ある意味天然でよかったな。

 そのとき、急にスピーカーから重厚感のある不穏なBGMが流れ始めた。

「えっ⁉ なにこの不気味な感じ⁉ 一体どうしたっていうの⁉」

 急きょツルヤから助っ人で来てもらった司会のお姉さんが、慌てた様子で周囲をきょろきょろ見回す。

「ほ~ほっほっほ!!!」

 そんな笑い声をあげながらステージに上がってきたのは、黒いローブと黒いビキニを着た照山さんだった。

「あ、あなたは一体だれ⁉」

「私の名はクロカワブラック! 地獄の温泉を司る大悪魔よ!」

「なんですってぇ⁉ 悪魔がここへ何しに来たの⁉」

「決まっている! お前らに悪いことをしにきたのだ! さあて、まずは手始めにあなたから餌食になってもらいましょうか!」

 そう言って照山さんはお姉さんの腕に手を伸ばしてグッと掴んだ。

「きゃー! 誰か助けてー!」

「ほ~ほっほっほ! 無駄よ! あなたはこれから私の野望のために温泉街で働き続けるの!」

 何となく俺がいやらしいことを思い浮かべていると、耳に付けている小型のインカムから監督の指示が入ってきた。

『よし、ここでアマクサハリケーンジャーが、ちょっと待てーっ! と叫ぶんだ!』

 これに妹がコクリとうなずき、照山さんにビシッと指をさしてから。

「ちょっと待てーっ! そのお姉さんは今ツルヤで働いているんだぞい! 相手の職場で露骨な引き抜きはやめてもらおうか! たとえ労働局が許しても、このアマクサハリケーンジャーが許さないんだぞい!」

『ちょっと何言ってるの君ーっ⁉』

 インカムから聞こえてくる監督の怒声に対し、妹は満足した様子で、

「ふっふっふ! 我ながらナイスなアドリブだぞい。次のアカデミー賞はもらったな」

 アホな妹が鼻高々に答えた。お前はアカデミー賞ではなく、ゴールデンラズベリー賞がお似合いだ。

 身内の馬鹿さ加減に呆れながら、俺が歯車が狂い始めるのを感じていると。

「くくく……さすがアマクサハリケーンジャー。普段はエレベーターガールとして働くお姉さんを、引き抜かせないことでツルヤの平和を守ろうとは……相手として不足はないようね! よし! いでよ我がしもべ! 人質になりそうな子供を連れてくるのだ!」

 照山さんの号令に合わせ、ステージの側面から出てきた悪役っぽいメイクをした黒ずくめのヒカリちゃんが登場し、観客席へと飛び込んでいった。

 子供たちがギャーギャーと歓声や悲鳴を上げる中、ヒカリちゃんは四歳くらいの女の子の前に立ち、「そこのお嬢ちゃん、ちょっと来てくれるかな? 大丈夫、ぜんぜん怖くないよ。あとで千円くらいのお菓子や景品も出るから、お姉ちゃんの後についてきてくれるかな?」と声をかけて女の子をステージまで連れてくる。

 ……えらく優しい悪のしもべだなオイ。

「ほ~ほっほっほ! 可愛い人質がとれたようね! 人質の命が惜しければ大人しくしてなさいカラシレンコンジャー!」

「ほら、そこの段差に気を付けてね……」

 ヒカリちゃんが子供を誘導していると、

「そうはいかないぞい! とうっ!!!」

「――きゃっ!」

 またもや監督の指示を無視して動いた妹が、ガラ空きとなったヒカリちゃんの背中めがけてライダーキックをくらわした!

 勢いよく顔面から床にたたきつけられてしまったヒカリちゃんはピヨピヨと目を回した状態で、

「……な、殴らないでって言ったのに……わたしたち、友達じゃなかったの……?」

「ふっ、悪に情けは無用。それに友は友でも、強敵と書いて強敵ともなんだぞい」

「そ、そんな……ぐふっ!」

 ヒカリちゃんがバタンと倒れた。

 そして、連れてこられた子供に妹が声をかける。

「さあ今のうちに逃げるんだぞい! あとはこのアマクサハリケーンジャーに任せろ!」

 言われた通り子供がそそくさと席に戻っていき、それを見た妹が安心した様子で額の汗をぬぐう。

「ふう、これで一件落着だな」

「人の妹に何をやっとるんじゃーーーッ!!!」

 妹はキレた照山さんに思いっきりドロップキックをかまされてしまい、勢いよく吹っ飛んでいった。

 派手な音を立てて人のいない観客席に突っ込むと、

「わ、わが生涯に一片のぞいなし……グハッ!」

 倒れて気を失ったようだ。……なんだこれ。

 予想もつかない出来事の連続に、俺はもちろん観客もポカーンと口を開けていると、

『さっきから何をやってるの君たち! これじゃショーが台無しだよ!』

 監督からお叱りの言葉が飛んできた。ごもっともである。

「す、すいません。……でも、これからどうすればいいんですか?」

 俺は被っているマスクに付いている内臓マイクに向かって小声で話しかける。

『もう仕方ないから残った三人でクロカワブラックを倒す流れにするよ。まずは君が、よくも仲間をやってくれたな許さないぞ! ……的なセリフを言ってから戦闘開始して、ピンクフリフリンジャーがラブラブアタックと叫んでから攻撃した後、カラシレンコンストライクがレンコンバスターと叫んで衣装に付いたギミックを発動。それでクロカワブラックがやられるって流れだ。いいね?』

「わ、わかりました」

「もうやるしかないわね」

 ……とここで、一人返事がないのに気付いた。

 見れば、さっきまで隣にいたはずの春風がいない。

 あ、あいつこんな時にどこに行ったんだ⁉

「わーい、頑張れー」

 無邪気な声が聞こえそちらに目をやってみると、観客席でヒーローのマスクを外して楽しそうに綿あめを食べる春風がいた。

「何を呑気に綿あめを食ってるんだお前はああああああああああっ!!!」

 思わずキャラを忘れて叫んでしまうと、

「やっぱりやるよりも見とく方がおもしろかばい! けーちゃん、頑張って!」

 お釈迦さまもビックリな天然に言葉が出ない。……もうやだこの幼馴染。

 ヒーローと一緒にショーを見るというある意味斬新なスタイルに、子供たちがどよめいていると、

「ふっふっふ! どうやら私がかけた催眠術に、カラシレンコンストライクはまんまと引っかかったようね! さあこれで残りは二人! 覚悟しなさい!」

 どうやら正気に戻った様子の照山さんが、なんとか機転を利かせた。

 ナイスハゲ! 一応これで筋は通ったわけだ。

 さすが頭がいいだけあって、アドリブが利くやつだぜ。

 これであとは監督が言ったとおりにするだけだ。

 俺は照山さんに指をさして告げる。

「おのれクロカワブラック! よくも仲間をやってくれたな! 許さないぞ!」

 よし、次に三角がうまくやってくれれば全て終わるはず!

 期待を込めて目線を向けると、コクリと三角がうなずいた。そして、

「こ、ここここここれでも喰らいなしゃい! れれれれれれれレンコンバしゅターッ!」

 めちゃくちゃ噛みながら必殺技を叫んだ……大事なところで緊張しすぎだろお前!

 だけど一応はセリフが言えたわけで、それに合わせ三角の着ている戦隊スーツのギミックが動き出した。

 だがしかし、それを見た三角が唖然として叫ぶ。

「な、なによこれぇ⁉」

 三角の股間の位置にあった大きなレンコンのシールが動き出し、どういう仕組みか分からないがシールの下からレンコンを模した大きな棒がにょきにょきっと伸びてきた。

 そして、その棒には先端に穴があけられており、はたから見るとまるで男のアレを模しているかのようだった。

「いやああああああああ!!! 止まって! 止まってよォォォォォ!!!」

 悲鳴を上げるもギミックは止まることなく、照山さんの方に向けられる。そして、

『レンコンバスター! JUST DO IT!』

 三角が付けてるベルトから機械音が聞こえるのに合わせ、ドーン! と、ビームが発射されるような効果音がスピーカーから響き渡った。

 大きな音にシーンと静まる会場。

 観客が見守る中、若干の間をあけてから三角がプルプルと震えながら言う。

「なんでアンタは倒れないのよォ⁉」

 これに照山さんはニヤリと口角を上げ、

「ふっ、そんな攻撃じゃビクともしないわ」

「なんでそうなるのよぉ! ああもう仕方ないわねっ! レンコンバスター! レンコンバスター! レンコンバスタァーッ!」

 必死に技名を連呼する三角だが、技を叫ぶたびに、『JUST DO IT!』→ドーン! 『JUST DO IT!』→ドーン! と、空爆でもされてるんじゃないかってくらいのやかましい音が鳴り響いている。

 そして、ボーっと突っ立ってそれを聞いている照山さんが不思議そうに首をかしげる。

「なにやってるのあなた? 効かないって言ってるでしょ? そんな変態みたいな格好して叫んだりして、頭おかしいんじゃないの?」

「う、うぅ…………あ、あんたなんかもう知らないんだからあああああああぁぁ!!!」

 照山さんの冷たい態度に堪えきれなくなったのか、三角はダッシュでステージから降り、会場を後にしていった……。

 おかげでステージに残ったヒーローは俺一人。

 ……って何やってんだよこのハゲはああああああああああ!

 インカムから鼓膜を破りそうな勢いで監督からの怒声が聞こえる中、

「さてと、これで残るヒーローはあなた一人ね。ふふっ、どう料理してあげようかしら……」

 どうしていいのかわからずに、きょろきょろ周りを見回してみる。

 気づけば観客席が四分の三くらいに埋まっており、みなこれからどうなるのか興味津々に見つめている。

 中でも初代のおじいさんは、何をやってるんだという感じで顔を真っ赤にして激怒しているようだ。

 ど、どうしよう。これは俺がどうにかしなきゃいけない流れだよな?

 とりあえず攻撃してみればいいのかな? いやでもさっきの三角みたいに効かないとか言われてしまえばそれまでだし……本気で殴ればいいって話かもしれないけど、それはさすがに子供の前じゃできないし、女が相手となれば尚更できない話だ。……ああもうどうすればいいんだよっ!

 次の行動がわからずに立ち尽くしていると、

「……いや、そういえばこの会場にはもう一人ヒーローがいたわね」

 照山さんは観客席にいる初代のおじいさんに一瞬だけ視線を合わせると、観客席に向かって叫ぶ。

「出てきなさいキャプテントマトジャクソン! この会場にいるのは分かってるのよ! どうやら私にビビって逃げているみたいだけど、正義の味方がそれでいいのかしら? 歴戦のつわものが聞いて呆れるわ!」

 お、おい何を言ってんだよ! 初代のおじいさんにステージへ上がって来いってか? いやいや! たとえ上がってきたとしてもショーなんてやれるわけない。

 これには初代のおじいさんも驚いているようだ。

 どうすんだよ、この状況!

 そんな俺の疑問を蹴散らすように、照山さんは熱を込めて言葉を吐く。

「どうやら仲間任せにしているようだけど、それでは何も変わらないわよ! 過去の栄光にすがって、今頑張っている仲間たちを馬鹿にして何が楽しいのかしら? そんなことをしてる暇があったら少しでも助けしなさいよ! 何かを変えたいのならば、あなた自身が動かなければ何も始まらない! 仲間のピンチに何もしないヒーローなんてヒーローじゃない! そんなの、ただの臆病者よ!」

 言葉が響きわたり、蒼穹の空へと吸い込まれていった。

 ……こうなったらもうキャプテントマトジャクソンが出てくるしかない。

 もう祈るしか手がなくなった。

 そんな俺と同じように、観客たちもヒーローの登場を待っているようだ。

 水を打ったかのように静まり返る会場。


 そこに、コツンと杖を突く音が響きわたった。

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