第35話 戦隊ショーを見にいこう④

「どうしてこうなった……」

 俺はステージ裏でガックリとうなだれていた。

 俺がうなだれている理由。それは、戦隊で言えば緑のポジションにあたるアソノタカナヅケグリーンの衣装を着ているからだ。

 暑いし息がしずらいし動きずらい。一言でいえば暑苦しい。

 ……初めてこんなの着たけど、戦隊もののスーツってこんな感じなんだな。

 これで側転や殺陣などのハードなアクションを何気なく決めているとは、やっぱり役者ってすごいと思わざるをえない。

 で、ド素人の俺が今日それをやるわけで…………はあ、考えるだけで気が重くなる。

 流れでこうなったとはいえ、いきなり戦隊ショーをやってくれとか無茶ぶりにも程があるだろ。

 けど事情を知った以上、見過ごすわけにもいかないからなぁ……我ながら損しやすい性格しているってもんだ。

 おかげで何かと昔からトラブルに巻き込まれやすい体質で、だからこそ学園では目立たないようにしてるってのに、照山さんと関わってからはそれが全く上手くいっていない。逆に目立ってばかりだ。

 思わず幸せが逃げていきそうな深いため息を吐いてしまう。

 ……でも、意外とこういうのも悪くないって思う自分がいるのもたしかだ。

 だって、戦隊ものをやれるチャンスなんて滅多にないだろう。ど素人の俺なら尚更のことだ。

 それに、照山さんと友達になるって言った以上、責任は取らなければならない。

 自由には責任がつきまとう、表裏一体のようなもの。

 それを全うすることが大人になるってことだと、よく親父が言ってたもんだ。

 やれやれといった感じで俺は軽い笑みを浮かべ、ステージ裏からガヤガヤとした客席を覗き込む。

 人気のなさを証明するかのように、客席は四分の一程度しか埋まっていない。

 そのほとんどが親子連れで、子供の年齢は四歳から五歳くらいの子が多いように見える。

 ……まあこれなら最悪失敗してもどうにかなりそうだな。

 何とも無責任な希望を俺が抱いていると、

「兄やん兄やん!」

 後ろから声をかけられ振り向くと、小うるさい妹がいた。

「……お前、めちゃくちゃ似合ってるな」

「へっへー、そうだろそうだろ!」

 思わず感心する俺。

 妹は戦隊でいう青のポジションにあたるアマクサハリケーンジャーの恰好をしており、マスクはまだ被っていなくとも、これぞ王道と言った感じの戦隊スーツを着ている。

 腰のベルトには剣が付いてるし、胸についてるハリケーンを表すような雷マークが普通にかっこいい。

 俺の腰に巻かれてる高菜を模したムチや、マスクの上につけられている阿蘇山の模型とは大違いだ。

 ……衣装を交換してくんないかな。

 これに妹は腕を組み調子に乗った様子で、

「そういう兄やんも似合ってるな! うんうん。その主役になれなそうにない見た目が、いかにも兄やんって感じがするぞい!」

「うるさい! 実の兄を脇役扱いしてると、高菜漬けぶつけんぞ!」

 我ながら斬新な脅し文句を吐いてると、

「わー、ぞいちゃん似合ってるね~。あっ、お兄さんもいい感じです!」

 さりげなく俺のフォローを入れてくれる、相変わらずできた子のヒカリちゃんがやってきた。

 ヒカリちゃんは俺たちとは違い、赤と青のいわゆるマントヒヒのようなメイクを顔にしており、身体はショッカーのような黒いスーツに身を包んでいる。

 ……妹よりも発育の良いせいか、体のラインがエロいな。

「おおー、ヒカリンは真っ黒だなー。名前がヒカリのくせに真っ黒だなー」

「やめて。別に名前は関係ないし、その言い方じゃ私の人間性が悪いようにも聞こえるから。それにこれは、お姉ちゃんにキャプテントマトジャクソンをやれって言われたけど、悪役の人も足りないっぽくて急きょそっちをやることになったんだから。私もやりたくてやってるわけじゃないの」

「なるほど! ということは常日頃の親友であるヒカリンは、今日だけ妹の敵ってことだな! よーし! これで安心してぶちのめせるぞい!」

「親友を安心してぶちのめさないで! あくまでも殴ってるフリをしてよね! ……あっ、お兄さん、一応これが台本ですけど内容はかなり変わっていますし、本番中に監督からインカムで指示があると思うので、軽く目を通すだけでいいと思いますよ♪」

 やわらかく俺に笑いかけるヒカリちゃん。

 ツッコミを入れながらも俺への配慮を忘れない、こんなできた子が照山さんの妹だったなんてとても信じられない……。

 DNA鑑定をやった方がいいんじゃないかというレベルで、俺がビックリしていると。

「うぷぷっ! けーちゃん、なんねその恰好は! まるで高菜漬けのお化けばい!」

 衣装室から出てきた春風が俺の恰好を見て笑っていた。

「い、言っとくけどお前も人のことは言えないからな! なんだよその恰好は!」

「へっ? この格好がどぎゃんしたとね?」

 いたいけな子供のように頭を傾げる春風だが、その恰好は子供とは程遠い。

 春風が演じるピンクフリフリンジャーの衣装は、俺や妹が着ているような戦隊スーツではなく、下はお尻が見えそうなくらい丈の短いスカートで、上は胸の谷間がハート型にくり抜かれておへそが丸出しになっている、淫乱ピンクと呼ばれてもしょうがない露出度の高い恰好だった。

 胸はもちろんムチムチした春風の体が余すことなくさらけ出されていて……もはやエロスの塊ともいえる。

 俺は鼻息を荒くしながら、ゴクリとつばを飲み込む。

「ねーねー、なんでこの格好がおかしかとー? あとけーちゃん、鼻血が出とるけど大丈夫ね?」

「だ、大丈夫だ! 何も問題はない! むしろグッジョブ! ビバおっぱい!」

「? グッジョブ? ビバおっぱい? なんのことね?」

「な、なんでもない! なんでもないぞ!」

 興奮しすぎたせいか、俺が春風への配慮を忘れていると、


「あーら、三角さんw そのスーツじゃ貧相な体のラインがバレバレで大変そうね~www あとその股間についてるレンコン、超おしゃれ~~~wwwww」

「うっさいこのハゲ頭! あなたこそその悪党丸出しの恰好がお似合いよ!」


 バチバチと目線で火花を飛ばしながら、照山さんと三角がやってきた。

 ……やれやれ、相変わらず騒がしい奴らだ。

 顔を合わせれば喧嘩ばかり。こいつらの前世は犬と猿じゃないのだろうかと思わされてしまう。

「あと私のパッドが見つからないんだけど、まさかあなたの仕業じゃないでしょうね⁉」

 三角が怒鳴ったところで、照山さんはニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべる。

「ああ、あの見苦しさの塊なら、そこら辺にいた子供にスライムのおもちゃと言ってあげちゃったわ」

「おもちゃ感覚で子供に胸パッドをあげるなぁ! ……ああもうこのコスチュームといい、何で私ばっかりこんな目に遭うのよお……っ!」

 ふてくされている三角の恰好といえば、黄色がベースのカラシレンコンストライクという俺や妹と似たような戦隊スーツだが、股間の位置になぜか大きなレンコンのシールが貼られていた。

 なんかギャグキャラみたいな見た目だな。……でもこれで一応はメンバーが揃ったってわけか。

 俺はふうと一息入れてから、照山さんに話しかける。

「で、肝心のキャプテントマトジャクソンはどうすんだよ。さっきヒカリちゃんンが悪役に回ったって聞いたけど、たしかキャプテントマトジャクソンって戦隊でいうリーダーポジションだろ? いなかったらまずいんじゃないか?」

 俺の疑問に、照山さんは魔王のような衣装をバサッとひるがえして。

「いいところに気づいたわね。さすがモブッチ。たまごっちの掃除を欠かさずにやると言われてるだけのことはあるわね」

「いや、たまごっちとか見たこともやったことねえよ。あんまいい加減なこと言ってると、そのたまごっちみたいな頭をかち割ってやるぞ」

「怖いことを平然と言わないでよね。……それじゃ教えるけど、あなたが気になってるキャプテントマトジャクソンは、不思議な力でここには来れないという設定になりました」

「不思議な力! 知ってるぞい! それは大人の事情ってやつだな!」

「ややこしくなるからお前は黙っとけ。……でももう少しマシな言い訳はなかったのかよ?」

「仕方ないじゃない。今から人を集めるのはさすがに厳しいし、悪役もボス一人じゃ5対1になってバランスが悪くなっちゃうのよ。だからあえてキャプテントマトジャクソンを外し、リーダーがいなくてもやっていけるということを証明して、このショーは幕を閉じるらしいわ」

「たしかに悪役さんも一人きりじゃかわいそうばい。リンチみたいで気分がよくないばい」

 リンチどころか、この場にいる全員を一人でミンチにできそうな力を持つお前がそれを言うか。

「まあ言いたいことは分かるけど、みんなでリーダーの存在意義の無さを証明するなよ。それこそかわいそうじゃないか」

「うんうん、けーちゃんの言う通りばい。トキオのリーダーだってあの歳で畑を耕したり魚を取ったりして、それでもアイドルで頑張っとるとばい。みんなもっとリーダーに気を使うべきばい」

「そっちは違うリーダー! そっちのリーダーは村づくりしてても立派なアイドルだから気にするな! つうか大事なことを話してるってのに、危険球みたいな天然をかましてくるんじゃない!」

 我慢できずにツッコんでいると、静かに話を聞いていた三角がゆっくりと口を開く。

「……でもそれって別に、他のメンバーでもいいんじゃないのかしら? それにほら、私のキャラとそのトマトなんとかって人を交代すれば、私はこの恥ずかしい衣装を着なくていいわけだし、まさに一石二鳥じゃないかしら?」

「残念ながらそれは出来ない相談ね」

「なんでよ! もしかして照山さんあなた、私が恥ずかしがるのを楽しんでるだけじゃないでしょうね!」

「そうね。正直それも50%くらいあるわ」

「人を巻き込んでおいて悪魔みたいなことを言うなぁ! ていうか残りの50%ってなによ!」

 するとここで、三角から姉を守るようにしてヒカリちゃんが出てきた。

「三角さん、落ち着いてください。これは全部、監督が決めたことなんです。お姉ちゃんは何も悪くないんです。監督がキャプテントマトジャクソンを外した一番の理由として、高度なアクションを必要とする必殺技、『アトミックトマトクラッシュ』があります。これは練習なしで出来るような技じゃないし、無理にやろうとして失敗したらそれこそ目も当てられません。どうか了承してください」

 これにヒカリちゃんの相棒である妹がテンション高めに、

「知ってるぞい! アトミックトマトクラッシュってたしか、決め台詞と共にかっこいいポーズを取ってから一回転バク宙をして相手の顔にトマトをぶつけるって技だぞい! たしかにあれは難しそうだ!」

 なるほど。それはたしかに素人じゃ無理だろう。リハ無しのぶっつけ本番となればなおさらだ。

 たしかにヒーローの醍醐味と言えば必殺技で、それが出来ないなら潔く他のヒーローに出番を回した方がマシって判断もうなずけるものだ。

「ふぅん、それじゃ仕方ないわね……」

 三角も納得したところで、監督がやってくる。


「あっ、いたいた! もうすぐ本番が始まるからみんなスタンバイよろしくね! もう連絡がいってるかもしれないけど、セリフとか演技とかは逐一僕がインカムで指示するから、みんなそれに従うように! この際、多少のミスやセリフを噛んだりとかは大目に見るから、伸び伸びとやっちゃって! どんな形でもいい! とにかくショーを成立させること! 分かったね⁉」


「「「「「「は~~~い」」」」」」


 みんなで一斉に緊張感のない返事をして、いよいよショーが始まる。

 ……本当に大丈夫かな?

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