第34話 戦隊ショーを見にいこう③
ツルヤの屋上に上がり、いざ会場へと踏み入る。
屋上と言っても会場は走り回れるくらい広々としており、子供たちとその保護者などで賑わっている。
春の子供祭りと題された会場には出店も多く出ており、戦隊ショーのほかにも地方タレントによるトークショーやくまモンのアトラクションなど、子供向けのイベントがもよおされているこの会場に、俺以外の三人は思いのほか気に入ったようで、
「ふおおおおおお!!! 見ろ兄やん! ばってんジョージのトークショーやってる! 生ジョージが見れるなんて、妹は感激だぞい」
「綿あめ! リンゴ飴! ベビーカステラ! お祭りでしか食べられんレアスイーツの数々! じゅるり……なんかお腹がペコペコリンになってきたし、これはもう全部食べるっきゃなかばい!」
「へえ……ここがお祭り会場……」
異常なほど興奮している二人とは違い、きょろきょろと興味深そうに周りを見回しながら三角がつぶやいた。
「えっ? なに? 三角、もしかしてこういうとこに来るのは初めてなのか?」
俺が訊くと三角は顔を赤くして、
「しょ、しょうがないでしょ。高校に入るまではお稽古やお勉強などで忙しかったし、その上パパが外出は許してくれなかったから、友達と遊んだ事とか殆どなくて……」
「へー、いわゆる英才教育ってやつか。でもなんで外出が許されるようになったんだ?」
「……高校生になった時にね、ママがパパに、『リリちゃんも高校生になったんだし、そろそろ外で遊ばせてやってもいいじゃないかしら? ほら、パパもそろそろ親バカを卒業しなきゃね♪』……って言ってから、外出が許されるようになったの」
なるほど。ある意味愛されて育ったんだな……。
でも高校生になるまで外に出さなかっただなんて、ちょっと異常すぎる。
三角の母親はともかく、父親は相当な親ばかなんだろうな。
するとここで、なぜか三角がもじもじと照れくさそうに人差し指を合わせ、
「でもいざ外に出なさいって言われてもなんだか恥ずかしくって……だから知り合いにバレないように変装するようになったというか……そこを妹ちゃんに見つかったというか…………ああもう何を言わせてんのよ馬鹿ぁ!」
「はい、言われなき馬鹿いただきましたぁ!」
ツッコミ終わると同時に、三角の手を掴み春風が叫ぶ。
「ちょっとちょっと! さっきから二人でなんば言いよっとね! ほらほらドアホちゃん、そんなところに突っ立ってないで、早く一緒に甘いもんば買いに行くばい!」
「ドアホじゃないし! 私の名前は三角・ドアフォード・リリィよ! あっ! ちょ、ちょっと痛い痛い痛い! 一緒に行くからそんなに強く引っ張らないでーっ!」
ゴリラに引きずられるように出店に向かう三角。
怪我しないといいが……無事を祈るばかりだ。
さてと、それじゃ俺たちは先に席を確保しておこうかな……。
ふと気づけば、隣にいたはずの妹が忽然と姿を消していた。
「あのアホ妹どこ行ったぁ!」
「はぁ……はぁ……さんざん探しても見つからねえ……ったく、相変わらず手間のかかる妹だぜ。こうなったらもう館内放送で呼びだしてもらった方が早いかもしれないな」
探し回って息切れしていると、スタッフオンリーと書かれたテントから黒髪の女性が出てきた。
「あっ、すいません。身内が迷子になって、館内放送で呼び出してもらいたいんですけど――ッ⁉」
声をかけ、髪を広げながら振り返ってくる女性に俺は驚く。
なぜならその女性の顔に強く見覚えがあり、
「――あら? こんなところで何してんのよモブッチ」
それは知り合いであり、悪役っぽい服装に扮した照山さんだった。
「それはこっちのセリフだ! そんなコスプレみたいな服を着て何をしてるんだよお前は!」
「何してるって、ただのアルバイトよ」
「バイトだって?」
「そう、私、火の国戦隊カラシレンコンジャーのショーに出るの。あっ、サインなら後にして頂戴」
「後にも先にもおまえのサインなんてノーサンキューだ!」
なるほど、だから黒いマントや黒いとんがりハット、それにビキニみたいなエロい服装をしているのか。
「で、あんたは何してんのよ? なんか迷子とか言ってたけど」
「そうだった! 俺の妹を見なかったか⁉ ほら、お前も会ったことがあるだろ⁉」
「あぁ、あのうるさいぞい娘ならあそこにいるわよ」
「あそこだと?」
照山さんの指さす方に顔を向けてみると、戦隊ショーの行われる多目的ステージの最前席で、知らないおじいさんに肩車をやってもらっている妹を見つけた。
「お前は何をやっとるんだーーーッ!」
「ふぎゃッ!」
勢いよくラリアットを妹の身体に叩き込む。
おじいさんの肩から落ちた妹がふぎゅうと涙目になっている中、俺はおじいさんに頭を下げる。
「すいません! 俺の妹が失礼なことをしました! 大丈夫ですか⁉ ぞいぞい言われませんでしたか⁉」
「あぁ、大丈夫じゃ。それに話を聞いてもらっていたのはわしの方じゃから気にせんでいい」
「話ですって?」
話って何だろう? も、もしやこいつ、ロリコンじゃないんだろうか?
杖で何とか体を支えているよぼよぼのおじいさんに、失礼なことを俺が思っていると、
「聞いて驚け兄やん! このジジイはなぁ! 初代カラシレンコンジャーのイエロー役だった人なんだぞい!」
「初対面の人をジジイとか言うな! すいません! 本当にアホな妹ですいません!」
「ほっほっほ、いいんじゃよ。元気がよくて何より何より。それより、あなたも今日のステージを見に来たのかな?」
「そうです。他にも連れがいますけどね」
「おお、それはよかった。老人一人で見るのは寂しいと思っていたところじゃ」
おもむろに周りに目をやる初代のおじいさん。
……まだ始まってはいないとはいえ、他のステージと比べて閑散としているのが一目でわかるな。
そんなことを思っていると、初代のおじいさんは杖を突きながら遠い目で語りだす。
「昔はこうじゃなかった。そもそもカラシレンコンジャーなんて名前じゃなく、元々は火の国戦隊クマモッコス5(ファイブ)として活動していたんじゃ。そして、この戦隊ショーを始めた当初は、大勢の子供たちや女性ファンで賑わっていて、わしもサインや女の子の連絡先を聞くので大忙しじゃった。何を隠そう、わしの嫁もそこでゲットしたのじゃ」
「ポケモンGOみたいに嫁をゲットしてんじゃねえ。そんな犬も食わないような自慢話、墓の中まで隠していてください。それに大忙しって言っても、ナンパやプライベートで忙しいかっただけでしょうが」
「でもどうして名前が変わったり人気が無くなったりしたんだぞい?」
これに初代のおじいさんは怖い表情になり少し声を荒げて、
「これも全てあのにっくきクマが現れたせいじゃ」
「にっくきクマって……あっ!」
殺意の感じられる目つきを追っていくと、くまモンのアトラクションにたどり着いた。
「……もしかして、にっくきクマってくまモンのことですか?」
「そうじゃ。あのにっくきクマ野郎のせいでクマモッコス5の仕事は激減してしまい、名前が被らないようにとカラシレンコンジャーへと名前を変えられてしまったのじゃ。……そしていつしかクマモッコス5の存在自体が忘れ去られ、カラシレンコンジャーも落ち目になってしまった。……引退してもう長いことになるが、今のふがいない状況を見ていると、心が切り裂かれるような気持ちになってしまう。どうにかして昔の人気を取り戻せないことかのう……」
そうだったのか。だからくまモンを恨んでいるのか、このおじいさんは。
まあ気持ちは分からんでもないが、同情はできない。
だって、ただの逆恨みだろそれって?
学校も社会も同じで、人気者に立場を追われた者はみじめに日陰で生きるもの。
そこからまた日の目を浴びるには、それ相応の努力がいるのだ。
モブ歴の長い俺がそんなことを思っていると、妹がギリッと歯ぎしりを立てて拳を握りしめた。
「くまモンの野郎……ッ! おじいさんが困っているというのに、あんな平然な顔をしやがってッ……地元のアイドルと思いきや、とんだ腐れ外道だぞい。ここの売り上げ全部かっぱらって、あの顔を歪ませてやろうか」
「いや、あれはくまモンのアトラクションだし、大体あの顔でくまモンは固定されてるからな? あと売り上げをかっぱらうな。腐れ外道はお前じゃないか」
「もうクマモッコス5が見れる日は無いのかのう……」
寂しそうにつぶやく初代のおじいさん。
この人が初代なら、ライダーみたいにそれ相応の歴史があるのだろう。
でもこれでやっと長年の疑問が解けた。
なんでカラシレンコンジャーなのに、キャプテントマトジャクソンやアソノタカナグリーン、そしてアマクサハリケーンジャーやピンクフリフリンジャーなど、辛子レンコンに関係のない奴らがいるのかずっと疑問だったけど、元がクマモッコス5という別のグループから来てるんなら納得だな。
……つうかピンクもっとちゃんと考えてやれよ。なんだよフリフリンジャーって。明らかに一人だけ名前が適当じゃないか。
「あっ、ちなみにピンクフリフリンジャーは、ピンクがわしに不倫してたから付けられたんじゃ」
「お前のせいかよっ! つうかそんな名前を正義の味方に付けんなっ!」
くまモンが現れなくても衰退してたんじゃないかと俺が思っていたら、
「あら? 誰かと思えば初代さんじゃないですか?」
そう言いながら、最前席のプレミアムシートに照山さんがやってきた。
話しかけられた初代のおじいさんは、プルプルと震える手で照山さんを指さし、
「アンタはたしか…………悪役のねーちゃん?」
「悪役のねーちゃんってアバウトすぎでしょ。私は温泉を司る大悪魔、クロカワブラック役をしている照山照美ですよ」
「おお、そうじゃったそうじゃった。黒くて可愛いブラックサンダーさんじゃったな」
「黒くて可愛いって意味でクロカワとか言ってないし、人を勝手にお菓子にしないでください。ボケてるなら迎えを呼んであげましょうか?」
キレられても仕方ないひどい返しに、初代のおじいさんは特に気にする様子はなく、
「で、今回のショーはどんな感じなのじゃ? ちゃんとクマ野郎を引きずり落とす出来になっているんじゃろうな?」
「どんなショーを期待してるんですかあなた……心配しなくても大丈夫ですよ。みんな遅くまで稽古を頑張ってたし、お客様を感動させるショーに仕上がってると思いますよ」
「ふん、どうだか。若いもんはそうやって頑張る頑張るとか言って、いつもふがいない結果を残すんじゃ。わしらの時代はなあ、今よりもっと厳しい環境でやって今以上の結果を残したものじゃ。でな……」
「………………」
ブツブツと説教のように小言を繰り返す初代のおじいさんに、照山さんはジッと無言で聞いていた。
……うわあ、眉間がピクピクしてるし、めちゃくちゃ怒ってるな。
思わず手を出さないか心配になっていると、
「――大変大変! 照山ちゃん大変だよ!」
慌てふためく声が聞こえ、見るとスタッフという札を付けた関係者らしき人が照山さんに駆け寄ってきた。
「監督、どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもないよ! 今さっき連絡があって、劇団の人を乗せた車が交通事故に遭って来れなくなっちゃったみたいなんだ! どうしようどうしよう! みんな軽傷で無事らしいけど、これじゃ肝心のカラシレンコンジャーが揃わずにショーが出来ないよ!」
「な、なんだってええええ⁉」
照山さんではなく、本気でショックを受けた様子で妹が叫んだ。
「それじゃ妹はカラシレンコンジャーを見れないのか⁉ せっかくの休みだというのに、変態の兄貴を連れだしてきた妹の苦労はなんだったんだ⁉」
「兄を連れだすことに苦労を感じるな! どっちかといえば苦労してるのは俺の方だから!」
俺の言葉を耳に入れる様子がなく、頭を抱えて泣き叫ぶ妹。
……たしか昨日は楽しみすぎて寝れなかったとか、遠足前の子供みたいなことを言って期待してたもんな。
それに、俺も俺でせっかくみんなで来たというのに残念な気持ちがある。
不穏な空気が広がる中、照山さんは冷静沈着に、
「そうですか。でも衣装とかは届いてるでしょう?」
「そうだけど、やる人がいなきゃ意味がないよ! 僕は監督だから指示を出さなきゃいけないし、同じ理由で音響の人や小道具の人たちがいなきゃショーは成り立たないし……かといってショーを中止にしたら、ただでさえ少ない信用をさらに無くして仕事がゼロになっちゃうかもしれないし……ああもう本当にどうすればいいんだ! なんかヤバすぎてこのまま屋上から飛び込みたくなってきちゃったよ!」
「落ち着いてください監督。こんな高いところから飛んだりしたら、現実逃避どころか人生からグッバイする羽目になっちゃいますよ。高いところから飛ぶのはバンジージャンプか窪塚だけで十分です。とりあえず落ち着いて、冷静に対応を考えましょう」
そう言う照山さんは、パニックに陥った様子の監督さんに肩を激しく揺さぶられているせいで、頭のカツラがずり落ちてハゲが露出してしまっている。
そんな中でも、照山さんは心が鉄で出来てるかのように動じない様子で、顎に手をやり考えるそぶりを見せる。
どうするんだろ? 何か手があるのか?
そして、若干の間を置いてから、照山さんが初代のおじいさんの方へと振り向き、
「……初代さん、ショーに出てもらえませんか?」
突然の依頼に初代のおじいさんは、あたふたと慌てた様子で、
「えっ⁉ そ、それは無理じゃ! 見ての通り、わしは杖を使わなければ立つのもやっとだし、そもそもこんなジジイにショーをやれるわけがなかろう!」
これに照山さんは「でしょうね」と冷たくあしらうと、なぜか俺と目を合わせ。
「それじゃモブッチ。あなたにお願いするわ」
「へっ?」
平気な顔でそんなことを言ってきた。……って、どうしてそうなるんだよ!
「どうせあなた暇でしょ? あと、そこのぞい娘も手伝いなさいな。これで二人確保ね。あとキャプテントマトジャクソンはヒカリがやるからいいとして……残り二人をどうしようかしら」
二人確保? つうかヒカリって誰のことだ?
色々と俺が疑問に思っていると、
「――ね、ねえ春風さん⁉ さすがにこれはちょっと買いすぎじゃないのかしら⁉ 軽く十人分はあるわよ⁉」
「大丈夫大丈夫! デザートは別腹って言うばい! あっ、いたいた! おーい、けーちゃ~ん! 妹ちゃ~ん! おやつを買ってきたば~い!」
とてもおやつとは言えない量のお菓子を買い込んできた春風と三角を見て、照山さんがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「ふっ、どうやら役者はそろったみたいね。役者だけに」
うまいことを言った風にどや顔しやがって。
…………てえ! 俺たちが戦隊ものをするの⁉
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