第32話 戦隊ショーを見にいこう①

「兄やん! 明日、戦隊ショーを見に行くぞい!」

 土曜日の夜、家のリビングでくつろいでいると、アホな妹がそんなことを言いだした。

 これに俺はきっぱりと。

「答えはノーだ。なんで高校生にもなって戦隊ショーなんか見に行かなきゃいけないんだよバーカ」

 背を向ける形でソファーに寝っ転がると、犬が威嚇するようなうめき声が聞こえてきた。そして、

「がっぺむかつく!!!」

「ぐはぁ!」

 無防備となった俺の背中にヒップアタックがかまされた!

「いてェじゃねえか馬鹿妹! いきなり不意打ちとかなにすんだよ!」

「戦隊ショーをなめているからそうなる! 妹は心から正義の味方をリスペクトしてるんだぞいッ!」

「正義の味方をリスペクトしてる奴が不意打ちをかますな! それになめてなくてもいつもこんな感じだろうがお前は!」

「うるさいうるさーい! 兄やん! とりあえずこれを見るんだぞい!」

 妹がポケットからなにやらチケットらしきものを取り出すと、水戸黄門の格さんみたいに見栄を切りながら、

「ひかえぃ! ひかえぃ! この火の国戦隊カラシレンコンジャーのプレミアム観戦チケットが目に入らぬかぁ!!!」

 威勢はいいけど……うわぁ、よりにもよってカラシレンコンジャーかよ。

 俺はがっくりと肩を落とす。

 火の国戦隊カラシレンコンジャー。

 地元のローカルヒーローで、熊本の平和を守るため日々レンコンにカラシを詰め、子供の人気も微妙なため主に辛子レンコンの営業に駆り出されている、もはやヒーローなのか辛子レンコン職人か分からない悲しい集団である。

 そんなカラシレンコンジャーの戦隊ショーのチケットとか、……ある意味持っているのがプレミアムだな。

「……で、そのチケットはどうしたんだ? ゴミ箱の中から拾ってきたのか?」

「そんなわけないぞい! これは妹軍団の子供たちからもらった、いわゆる貢物ってやつだな!」

「中学生が子供に戦隊もののチケットを貢がせるな! 普通逆だろ!」

 まったく、相も変わらずアホな妹である。

 しかし妹はめげずに自信満々な様子で、

「ふっふっふ! 妹はキング妹だからな! キングとは、いつの時代も人々の憧れの存在。人や物が集まってくるのは仕方がないんだぞい! それに、これはツルヤのチケット! 兄やんも買いたいものとかあるんじゃないのか!」

「へえ……ツルヤか」

 ツルヤとは、地元にある一番大きなデパートで、郷土の百貨店らしく地元の美味しいものや特産品を取り揃えており、俺と妹も子供のとき両親に連れて行ってもらったことがあって、とても楽しかったのを覚えている。……そういやぁ、ぞいぞい言う前の妹は無邪気にはしゃぎまわっていたな~。

 ある意味その時と何も変わっていない妹は、子供みたいにチケットをヒラヒラと見せびらかしながら

「ほらほら、いきなり団子の出店とかもあるみたいだし、春風ちゃんとか連れてくればいいじゃん。それに、兄やんの同級生でもあるミスミンも来るぞい」

「三角の奴も来るのか……」

「? 嫌なのか?」

「嫌なわけじゃないが……」

 この前の『突き合った』の誤解や、尻を揉んだ経緯があるから、会うのが正直怖いとは言えない……。

 思わず言葉のトーンを落としていると、妹はめげずに俺を誘ってくる。

「高校生のくせにチンタラしてんじゃないんだぞい。どうせ兄やん暇だろ? またいつもみたいに一人でさみしく漫画喫茶に行くんでしょ?」

「実の兄を漫画喫茶にこもっている暇人扱いするな。兄やんはただ、一番おっぱいを描くのが上手い漫画家さんを探しているだけだ」

「ビックリするくらい暇人じゃないか。つうか実の妹に何てことを言ってるんだぞい」

 その通りだが、妹に見栄を張るのは兄の特権だともいえる。

 まあ見栄というか、身内に恥を晒しただけな気もするが……。

「……そういえば、ヒカリちゃんはどうした? お前の相棒だろ?」

「残念ながら、ヒカリンは家のお手伝いがあるから来れないんだぞい。だから、成宮君からポイズンへチェンジしたみたいに、ヒカリンから兄やんに相棒をチェンジしたんだぞい」

「高視聴率ドラマとうちを比較するんじゃない! あと反町隆史をポイズンと略すな!」

「それじゃビーチボーイズ?」

「そっちも違う! 普通に名前を言えばいいんだよ!」

「鬼塚先生?」

「GTOとかまた懐かしいものを話題に出しやがって! 誰がドラマの役名を言えと言った! 反町隆史だよ! 松嶋菜々子と結婚した羨ましい隆史だよ!」

 THE大和撫子ともいえる美女をゲットしたことへの妬み僻みが入った俺のツッコミを、まったく気にしない様子で、

「で、どうするんだぞい? またいつもみたいに一人でさみしく漫画喫茶に行くのか? 大事なことだから二回言ったぞい」

 思わずぶん殴りたくなるが、まさにそのつもりだったのでぐうの音も出ない。

 ……別に行ってもいいけど、戦隊ショーかぁ。

 考えごとをしながら、ごろりとソファーで仰向けになる。

 変態ショーなら行く気も幾分か起きるけど、戦隊ショーに行くのは年齢とプライドが邪魔するんだよなぁ。

 そんな俺の気持ちを見透かすように妹は、 

「ほらほら~、同級生の女の子を引き連れてイベントに行く機会なんて中々ないぞ~い? 童貞特有の変なプライドなんて捨てて、もっと素直になるんだぞい。それに、これをきっかけにラブが始まるかもしれないぞい?」

 ……ムカつく奴だ。兄をなんだと思ってやがる。まあ変態童貞だと思ってるんだろうけど。

 この分かりやすい挑発に、暇人かつ彼女いない歴=年齢の俺は、

「…………行く」

 そう言わざるをえなかった。

 まあ恋愛とか抜きにしても、みんなでイベントに行くとか純粋に楽しそうだからな。

 ……なーんて気分にはとてもならない。

 そもそも、妹と三角と春風の組み合わせとか、いったい何が起こるか分かったものじゃない。下手すると死人が出るぞ。いやマジで。

 だから俺は、保護者的な立場で行かなければならない。

 未知のトラブルから、一般のみなさんを守らなければならない。……戦隊ものだけに。


 そんな使命感を心に抱き、明日はみんなで戦隊ショーを見に行くことになった。

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