第31話 △

 スキャンダル記事が張り出された日の放課後。

 俺は照山さんと一緒に、旧校舎のとある部室の前に来ていた。

「見つけたぜ。ここが新聞部の部室だな。あの記事のせいで俺は、『甘えんモブ』とか『悪魔の手先』とか、いわれなき中傷受けたんだ。一言文句を言ってやらなきゃ気が済まん。……照山さん、準備はいいか? 今のうちに言っとくけど、絶対に暴力はダメだぞ。刺すなよ。脅すなよ。家に火をつけたりするなよ。分かったか?」

 新聞部と書かれた札を見ながら、照山さんが俺の言葉に小さく首を傾げる。

「ちょっと、何で私がそんなことをしなきゃいけないのよ。前から言っときたいと思ってたんだけど、あなた私を何だと思ってるの? 私、チンピラじゃなければ放火犯でもないのよ? 女子高生よ? ちょっと下着を履くだけで高く売れる、普通の女子高生なのよ?」

「普通の女子高生がそんなことするか! そんなこと言ってるから心配してんだよ!」

 ブーブーと口を尖らせながら文句を垂れる照山さんを引き連れ、俺は部室の扉を開け中に入った。

「失礼しま……す――てえっ⁉」

 部屋に入るなり、新聞部の部長から金銭を受け取るみゆきちの姿が目に入った。

「みゆきち、お前そこで何してんだよ⁉」

「何って……仕事の報酬をもらってるだけ」

「報酬って何の報酬だよ?」

 言うとなぜか、みゆきちが俺たちを指さし。

「あなたと照山さんの、アーンってしてる時の写真を撮ったことへの報酬」

「全部お前の仕業かぁ! 平然とした顔で人のプライバシーを売ってるんじゃない!」

「そんなこと言われても、私は撮っただけで記事にしたのは新聞部ですよ? 恨むのは筋違いというものです。あと、あんな大勢の前でプライバシーを晒す方が悪いのですよ。甘えんモブさん」

「お前のせいで付けられたあだ名をピースをしながら呼ぶんじゃない! くそっ! こいつ全然悪びれた様子がねえ! ほら、照山さんも何か言ってやれよ!」

 俺が促すと照山さんはバサッとかっこよく長い黒髪をかき分けた。

 そして、スラッとした長い手をみゆきちに差し出すと。

「……みゆきち、忘れてないでしょうね? 私のプライベート写真を売るときは、報酬の一部を渡す決まりでしょう?」

「分かってる。はい、これが今回の報酬」

「パパラッチとビジネスパートナーになってんじゃねええええええええ! もっと自分のプライバシーを大事にしろよ! 一応は女の子だろうがお前!」

 鼓膜を突き破る勢いでツッコミを入れると、みゆきちがジト目でピースをして。

「ちなみに、プライベート写真での最高額は、ハゲた照山さんがあなたを追いかけていた時の写真……です」

「それって照山さんのハゲがバレた原因になった写真じゃないか! 三角の仕業と思ってたらお前が元凶かよ! 先輩の人生を狂わせて何が楽しい⁉」

「お金がたくさんあれば楽しい……ほら見て」

 差し出されたスマホを見てみると、そこには★5と書かれた金ピカの英雄王の画像が出されていた。

「課金が20万超えてやっと出た時の嬉しさと言ったら……ほんと、たまらない」

「堪らないのはお前んちの金だろうが! これだから課金中毒者は!」

「はいはい、そこまでにしときなさいよモブッチ。過去を嘆いても何も始まらないわよ。たしかに裏切られはしたけど、みゆきちは今までいろいろと助かる写真を安く流してくれたから感謝しているわ。それにほら、敵を騙すにはまず味方からって言うじゃない」

「味方のプライベート写真を売る奴を味方と言えるのかは疑問だけどな……それに、俺はお前と出会った時から騙されっぱなしだぞ」

 全く共感できずに半ばあきれていると、


「――ちょっとこの記事ってどういうことよ⁉ なんで照山さんとモブッチがイチャコラしてるのーっ⁉」


 ドアがバンと勢いよく開き、甲高い声と共に学園新聞を握りしめた三角がやってきた。

 直角三角形……また厄介な奴が来やがった。

 凹凸のない胸板をしている三角は、俺や照山さんがいることに気が付くと、ビックリしたように目を見開き、

「な、なんであなたたちがここにいるの⁉ も、もしかしてあの記事に書いてあった通り、二人はラブラブっていうことなの⁉」

「違う! 俺と照山さんはそんなんじゃない!」

「そうよ。私とモブッチはラブラブというよりも、どちらかといえばラブラドール・レトリバーのような服従関係ね」

「そっちもちがーう! つうか勝手に人を飼い犬にするんじゃねえ!」

 はいはいとそれこそ飼い犬をなだめるように言い、照山さんが冷たい目を三角に向ける。

「で、何しに来たのよ直角三角形。ここにあなたの居場所はないわよ。分かったらさっさとおうちに帰りなさい。帰ってその貧相な胸と忌々しい髪でも手入れしときなさい」

「だーれが直角三角形じゃーい! むきーっ! 相変わらず憎たらしい奴ね! ちょっと胸が大きいからっていい気にならないで!」

「ふふっ、人を羨む前にまずパットを捨てなさい」

「カツラ付けてるお前が言うな」

 俺たちが会話しているとパシャパシャパシャと連続でシャッター音して、見るとみゆきちがスマホ片手にこちらを撮っていた。

 本人たちが前でもネタを仕入れているのか。……こいつはこいつでぶれない奴だな。

 それにしても……照山さん、三角、みゆきち。

 ……バミューダトライアングルのように不吉な感じのする三人だ。

 思わず帰りたくなっていると、

「つ、つまり二人は、アーンをするような関係じゃないってことでよかったのかしら?」

 どこか落ち着かない様子で三角が尋ねると、照山さんがニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。

「えっ? なになに? 三角さん、もしかしてアーンとかやったことがないの? あらやだ~、学園の女王とも言われる人が、アーンもやったことがないなんて恥ずかし~。まあ恋人がいないって、三角さん有名だもんね~」

「べ、別に恋人がいなくてもいいでしょ! それに照山さんこそ恋人がいたって話は聞いたことないわよ!」

「ん~そうね~。でも~、私はアーンはもちろん、一緒に登下校とかしたこともあるし~、なんならモブッチの家でお風呂に入ったこともあるわよ~?」

「お、お風呂ですって⁉」

 雷が落ちたようにショックを受けている様子の三角。

 まあお風呂と言っても、ゲロまみれになったハゲを見捨てられなかっただけなんだけどな。

 ゲロまみれのハゲこと照山さんは調子に乗った口ぶりで、

「ん~? 羨ましそうね~? 気分がいいわ~。ほら~、照山さんが羨ましくてたまりませんって正直に言いなさいよ~」

 ……なんて嫌味な野郎だ。俺の知る限り人を怒らせることにおいて、こいつの右に出る者のはいないな。

 これに三角は一瞬黙り込んでから、


「――あったし」


 つぶやくように言ったため、うまく聞き取れなかった。

「ん~? な~に~? あったってなにがあったのかしら~?」

「私、この間モブッチとベッドの中で抱き合ったし」

「あ~。そうなの~。それはよかったわね~。…………―――って、は、はあッ⁉ あ、あなた今ッ、何を言ったの⁉ 抱き合った⁉ ベッドの中で⁉ いやいやいやいや、いったい何を言ってるのあなた⁉」

 一転して動揺しまくっている照山さんに対し、三角はもにょもにょと言いにくそうに、

「こ、この間、モブッチのお見舞いに行った時、布団の中でギュッと熱く二人で抱きしめ合ったのよ……ッ! そ、それに、抱きしめられながら激しくお尻を揉まれたりしてほんと凄かったんだから……ああもうッ! 思い出すだけで恥ずかしーーーッッッ!!!」

 叫びながら赤らめた顔を両手で隠す三角。

 ……まあ嘘は言ってないな。

 対する照山さんは信じられないと言った様子で、

「う、嘘よねモブッチ? ねえ、嘘だと言って?」

「………………」

「……変態」

「……すいません」

 でも本当のことだから仕方がない。

 どうやらバレてしまったが、リトルモブに気づいていないことが不幸中の幸い。

 あれが明るみになっているなら、俺はもっと動揺していたはずだ。

 つうか、この金髪娘は急に何を言ってやがるんだ。

 その三角は両手をどかすと、どこか吹っ切れた様子で、

「……どうよ照山さん! あなたは私がしたみたいなことをやったことがあるのかしら⁉ ふっふっふ! その様子じゃなさそうね! どうやら、この勝負は私の勝ちで決まりみたいね!」

 勝利宣言をする三角。……大切なものを失ったせいか涙目になっているな。

 ……いくら照山さんに負けたくないとは言っても、超えちゃいけないラインってものがあるだろうが。

 つうか、あのときの俺の苦労は一体なんだったんだよ。

 ドッと疲れが俺の身体をかけ巡り、新聞部の部長が『号外よ! 今すぐ号外を出すわよ!』と慌ただしく部員たちに告げている中、


「ふん、抱き合ったくらいでなによ。私はモブッチと激しく突き合ったことがあるわ」


 その一言に場が凍り付き、声を出さずに驚く一同。

「つ、突き合ったって、何のことかしら?」

「何って決まってるじゃない。言わせないでよ恥ずかしい。……で、誰が誰に勝ったのかしら? ん? ん? ほら、言ってみなさいよ? 抱き合ったくらいで突き合った仲に勝てると思ってるのかしら?」

 これに三角はプルプルと体を震わせ、

「お、覚えてなさーーーいッ!!!」

 捨て台詞を吐き、疾風のように部室を出ていった。

 ……なんかすごい誤解が生まれた気がする。

「おい、突き合ったってどういうことだよ? 俺はそんなことをした覚えはないんだが」

「何を言ってるの。私とあなたが初めて出会ったあの日、押し倒したあなたを私が突きまくったでしょう?」

「誤解するような言い方するな! それ、お前が突いたのはアイスピックだろうが!」

「あら、そうだったかしら? 最近忘れぽくなってね、細かいことは忘れちゃうの。この間、ハゲの手入れをしていた時に、『あれ、何で私ってハゲてるんだっけ?』……ってハゲてる理由を思い出すのに小一時間悩んだわ」

「めちゃくちゃ大事なところを忘れるな! そこはお前の存在意義ともいえるとこだろうが!」

「まあいいわ。小言にこだわらず高い目標を持つのが私の流儀だから、これでいいのよ」

「小言とスルーするから大事おおごとになるってことに早く気づけ!」


 相も変わらずボケまくるハゲ野郎にツッコミまくって、やたら疲れる放課後は過ぎていった。

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