第30話 イメチェン

 俺が退院してから数日後の朝。

 だらりと机にうつ伏せになりながら、ホームルームを迎えようとしていると。

「千本カツラ~♪ 夜二ハゲて♪ 君ノ髪モ抜ケテユクヨ♪」

 照山さんらしき声が響きわたると、なぜか教室がざわついた。

 この感じ、嫌な予感がする……。

 恐る恐る俺が扉の方へ顔を向けると、

「此処は地獄 不毛の皮膚♪ その増毛剤で潤して~♪」

 千本桜の替え歌のような曲を口ずさみながら教室に入ってきたのは、初音ミクのような青い髪のカツラを付けた照山さんだった。

 コスプレのような恰好をしているというのに、物おじする様子もなく平然と俺の方へ歩いて来る。

 おいおい、こいつ遂に頭がおかしくなったのか? まあ最初からおかしいような気はするけど、さすがにその髪は怒られるだろ。

「おはよう、モブッチ」

 俺の前までやってきた照山さんは、どさりと自分の机の上に大きな袋を置いた。

「おはよう……って、なんだよその袋。中に髪の毛がどっさりと入ってるじゃないか」

「ふふ、これは見てのお楽しみよ」

 ……お楽しみどころか嫌な予感しかしないのだが。

 それが何か尋ねようとする前に教室の扉が開き、

「はぁ……また婚活パーティーダメだった……ほんとどうすれば恋人って出来るのよ……ってェ⁉ なんでコスプレイヤーがうちのクラスにいるの⁉ 誰かと思えば照山さん! あなたなんでそんな髪をしてるの!」

 担任の聖澤ひじりざわちゃんに怒鳴られた形の照山さんはスッと立ち上がり、

「聖澤先生、残念ながらこれは髪ではありません。これはそう、ハゲに付けるアクセサリーです。ほら、可愛いでしょ?」

「な~んだ、アクセサリーか~。それなら問題ないわね~。…………ってそんなわけあるか---い! どっからどう見ても校則違反でしょうがそれは!」

 聖職者とは思えない軽快なノリツッコミ。

 さすが教師よりもお笑いをやっていた方がよかったと言われる逸材である。

 そして、存在自体がボケとも言えるハゲ女はというと、

「いえ、これは校則違反ではありません。だって、カツラを付けちゃいけないなんて校則、どこにも載っていないんですもの」

 真面目な顔でこう返した。……いやまあカツラを付けちゃいけないなんて、校則どころか世界中探したって無いだろそんなもん。

 これに聖澤ちゃんはチャームポイントでもある眼鏡をクイッとあげて、

「そんな屁理屈聞きたくありません! 今すぐ取らないと生徒指導部に連れていくわよ!」

「えっ⁉ 先生はもしかして私に、みんなの前でハゲを晒せというのですか? いたいけで傷つきやすい年頃の女子高生なのに……それはあんまりじゃないですか? ハゲを晒すどころか人生の恥をさらすことになってしまいます。そんなことになったら私、学園をやめることになって泣いちゃうかも……そもそも今まで付けていたものを色が変わったくらいで怒るなんておかしい話じゃないですか?」

 いやどう考えてもおかしいのはお前だハゲ野郎。

 つうか泣いちゃうというか、どっちかっていうと泣かす側だろうがお前は。

 だがしかし、教師という立場の聖澤ちゃんには効果てきめんだったようで。

「ぐぬぬ……」

 悔しそうにハンカチを噛みしめていた。

 ……ほんといいリアクションするなぁこの人。

 このままでも十分いけそうなのだが、

「分かりました。それではこれでよろしいですか?」

 スポッとカツラを取ると、荷物の中から取り出した新たなカツラを付けた。

 今度は肩にかからないくらいの黒髪のカツラで、特に問題はなさそうだ

 ていうか、これはこれで可愛いな。

 聖澤ちゃんも観念した様子で。

「……そ、それならいいです」

「よかった。それじゃ今日も一日がんばるぞい」

「そっちは全然よくないです!」

 聖澤ちゃんの怒声と共にホームルームが始まった。


 そしてそれからの照山さんはというと、

 一限目は中国の娘が付けるようなおさげ。

 二限目はヤンキーのようなリーゼント。

 三限目はエヴァのアスカみたいなオレンジ色の髪。

 四限目はサザエさん。


 ……と、見てわかる通り、授業ごとに髪型というかカツラを取り替えていた。

「お前は一体なにやってんだ? あれか、俺のツッコミりょくを試しているのか?」

 昼休みに入り、たまらず尋ねてみると、

「なにやってるって、ただのイメチェンじゃない。……あ、これとか可愛いと思わない? バイクに乗ってヒャッハーとか可愛い感じで言ってそう」

「どこの世界にそんな世紀末に出てきそうなモヒカンのカツラを可愛いとか思う奴がいるんだ! もう汚物として消毒されろよ!」

「やれやれ、失礼しちゃうわね。モブキャラの代表格であるモヒカン先輩には、もっと敬意を払った方がいいと思うわよ」

「まさかそっちに失礼しちゃった感じ⁉ 俺が敬意を払うよりお前はもっと著作権とかに注意を払えよ!」

 はいはいと軽くあしらう感じで机の上にお弁当箱を開く照山さん。

 ……相変わらずラオウのようにビクともしないやつだ。

 俺は切り替えるため、短い溜息を吐く。

「……で、どうしてイメチェンしようと思ったんだ? この間のハゲでの登校といい、最近のお前の行動は目に余るというか、余り過ぎて壊れているとしか思えないぞ」

「だ・か・ら、イメチェンって言ってるでしょうが。言葉の通り、私の学園内でのイメージチェンジよ。ほら、レディーガガっているじゃない? 彼女は歌もそうだけど、その奇抜なファッションで多くの注目を浴びているわ。それをマネして私もいろいろと試して注目を浴びようとしているところなのよ」

「レディーガガと同じ真似をいち高校生がするんじゃない。ハッキリ言って、ただのかまってちゃんじゃねえかそれ。変な目で見られるぞ」

 それもだが、友達としての俺の立場がなくなるからやめてほしいのだが。

 その照山さんは気にする様子もなく、バクっとワカメおにぎりを一口食べる。

 そしてモグモグと口の中で噛みしめながら、

「……いいじゃない。女の子は誰でも自分にかまってほしい時があるの。お姫様は常に王子様の登場を待ち焦がれているものなの」

「へいへい」

 女子と付き合ったこともない俺には遠い世界の話に聞こえてしまう。

 まあ実際のところは、男のかまってちゃんは嫌われて、女のかまってちゃんは許されるんだけどな。

 真の男女平等とは、天国があったらいいなという願望みたいなもので、本来はあってないようなものなのだ。

 腹の音が鳴り、俺も昼飯を食うため弁当を取り出そうとしたところで、

「あーん」

 照山さんが食べていた物とは別のおにぎりを差し出してきた。

 えっと……これは何だろう? あれか? 食べたら辛いものが入ってるドッキリか何かか?

 差し出されたおにぎりを前にして俺がビビっていると、

「ほら、さっさと食べなさいよ。お腹すいてるんでしょ? 言っておくけど、これは私の手作りで毒なんか入っていないわよ。これに入ってるのは私の真心よ」

 ……お前の真心ほど怖いものは無いんだけど。

 でも、そんなことは怖くてとても口には出せない。

 それに見た目は普通のワカメおにぎり。

 ……毒とか入ってないとか言ってるし、一口くらい食べてみてもいいかな

「よし、それじゃいただきまーす」

「そのよしが何のよしか分からないけど、……あーん」

「あーん」

 俺は大きく口を開けてからおにぎりにかぶりつく。


「――ぶうううううううっ⁉」


 勢いよく噴き出した。

 なぜなら、口の中にワカメと粉物の味が広がったからだ。

 それもそのはず。おにぎりの中にはなぜかタコ焼きが入っていた。

 ゲホゲホとせき込む俺をよそに、照山さんはホッとした様子で。

「ああ、よかった。特製のタコ焼きワカメおにぎりを作ったんだけど、味に自信がなくって味見役が欲しいと思っていたところなのよ」

「友達を味見役にするな! つうかなんてものをおにぎりにしやがる! ご飯とタコ焼きが絶望的に合ってないよ! つうか毒は入っていないって言ったじゃないか!」

「タコ焼きは毒じゃないでしょ。そしてそのおにぎりには、作ったのはいいけど不味そうだから味を見てほしいという真心をいっぱい込めているわ」

「それは悪魔の心と書いての魔心まごころだ! ほんと悪魔みたいなやつだなお前!」


 そんなこんなで照山さんとの騒がしい昼食タイムが過ぎていき、そして次の日。

 俺が登校すると、外の置いてある学園の掲示板に人がたかっていた。

 どうしたんだろう? ……つうかこんな光景前にもあったな。

 それにさっきからチラチラと視線を感じる。

 どうせまたあのハゲ絡みなんだろうなぁ……。

 ぐったりとしながら掲示板をのぞいてみると、

「こ、これはっ⁉」

 思わず声を出して驚いてしまう。

 掲示板に張ってある校内新聞にはこう書かれてあった。


『元学園の女王、照山照美 冴えないクラスメイトとのラブラブランチタイム!』


 見出しと共に昨日俺が照山さんのおにぎりをアーンする場面が映し出されている。

 ……くだらない。この記事を書いた奴って相当暇なんだな。

 なんとなく嫌な気分になり、新聞を破ろうかどうか真剣に悩んでいると、

「こ、これはっ⁉」

 驚嘆の声が上がり、見れば照山さんが目を丸くして驚いていた。

 ……こいつも俺と同じように怒っているんだろうな。

 新聞を書いた奴を問いただしに行こうと切り出そうとしたそのとき、なぜか照山さんの目から涙がこぼれ始めた。そして、

「私が新聞に載ってる……こんなこといつ以来かしら……っ!」

「そっちかよ! つうかスキャンダル記事で感動の涙を流すんじゃない!」

 俺がツッコんでいると聞こえてくる外野の声。


『マジかよ。あのハゲ女に付き合おうと思う奴がいたとは……ある意味尊敬するぜ』

『ほら、あのクラスで影の薄い子よ。……えっと、名前なんだっけ?』

『そういや、なんかモブッチとか呼ばれてたなあいつ』

『モブッチって……酷いあだ名をつける奴もいたもんだな。かわいそうに』


 ……なんで俺が慰められてんだよ。

 こうして照山さんの思惑とは外れて、俺のイメージチェンジが着々と進んでいったのだった……。

 釈然としない……。

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