第29話 最後の使者

 コンコン。

 静かになったばかりの病室に響くノック音。

「誰だ⁉ ハゲやツンデレやアホな妹ならお断りだぞ!」

 いいかげん頭に来ていた俺が、訪問販売を追い返すみたいに怒鳴りたてると、


「――……は、春風だけど、ちょっとよかかな?」


 幼馴染である春風の声がした。

「なんだ春風か! 用意するから少しだけ待ってろ! ちょっと今の姿は見せられない!」

「ッ⁉ わわわわ、分かった。取り込み中にごめんね」

 なぜか春風が慌てながら返事をする中、俺は急いで三角に殴られて乱れた病衣をなおす。

 そして、フラフラとした足取りで病室の扉を開けにいく。

 ……ふぅ、まだところどころ痛むし包帯が巻かれてるせいか、少し動くだけでも疲れるな。

「はぁ……はぁ……よう、待たせたな」

 息を切らす俺を見ながら、山を登るような大きなリュックを背負った制服姿の春風が、頬を染めながら目をそらす。

「だ、大丈夫ばい。……こっちこそ一人でお楽しみのところ申し訳なかばい」

 どうしたんだ? なぜか制服に泥が付いてるし、それに一人でお楽しみって何のことを言っているんだ?

 ……ってもしや。

「ちょっと待てよ! 別に一人で変なことをやっていたわけじゃないからな! 誤解するんじゃない!」

「そうなの⁉ だってさっき妹ちゃんが、けーちゃんは病室でいやらしか事をしとるって言っとったばい!」

 あの馬鹿妹め! 大事な幼馴染に変なことを吹き込むんじゃねえ!

 けどたしかに、俺自身そう言ってしまったので自業自得ともいえる。

「……まあいい。で、そんな荷物を持って一体どうしたんだ? このあと登山にでも行くのか?」

「こ、これはその……ここじゃ何だから、中に入って話してもよかね?」

 ふむ、これ以上のダメージを受けたら死んでしまいそうだから、できれば早めに帰ってほしいのだが。

 そんなこと口にできるはずもなく、俺は部屋に引っ込みベッドの上に腰かけた。

「どうしたんだよ急に。言っておくが、別に殴ったことを謝らなくてもいいからな。悪かったのは俺とあのハゲだし、それにこんなこと昔からよくあることだろう?」

「うぅ……怪我して入院することを、よくあることとか言っちゃいかんばい。それに、どんな悪かことでも暴力はいかんこつ。どう考えても悪かとはこの私ばい」

 春風は気まずそうに、病室にある椅子に腰かけ大きなリュックを床に下した。

 うーん、案の定、罪の意識を持っちゃってるみたいだな。

 暴力と言っても春風に悪気がないわけだし、むしろ事故に近いと思うんだけどな。

 と、座りながらもじもじとしていた春風が、意を決したように顔をあげ。

「けーちゃん、殴ったりして本当にごめんね! お詫びと言ったらなんばってん、よかったらこれをもらってほしかばい!」

 そう言うと春風は、リュックの中から次々と大量のお菓子を取り出してくる。

「これはお母さんが作ったいきなり団子とおはぎ! こっちはトモちゃんちで買ったみたらし団子とよもぎ饅頭! そしてこれはツルヤで買ったクッキーに蜂楽饅頭! で、これとあれは――」

「ちょっと待てい! テレビチャンピオンじゃないんだしこんなに食べれるかーッ! 大体これを全部食べたらそれこそ病気になるわい!」

「えっ? なんば言っとうと? まだこれは前菜ばい?」

「はい出たスイーツ馬鹿のイミフ基準! つうかお菓子に前菜があることにビックリだよ!」

「そ、そうなの? ごめんね……」

 山積みになったお菓子を前にして、しょぼんと落ち込む春風。

 ……ったく、しょうがねえなぁ。

 俺はわざとらしくゴホンと咳払いをし、ベッドの上に置いてあるいきなり団子を手に取った。

「あ~、そういえば~、今日朝から何も食べてなかったから、めちゃくちゃ腹が減ってるだよな~。だからありがたくお菓子を頂くぜ~。もぐもぐ……うん、美味い! やっぱり春風んちのいきなり団子は最高だな! ほら、お前も一緒に食おうぜ!」

「……うんっ!」

 パーッと明るくなった様子で俺と一緒にお菓子を食べ始める春風。

 うんうん、やっぱりこいつには笑顔とお菓子が似合うな。

 こうして、ちょっとしたお菓子パーティーが病室で開かれていると、

「そうだ! そう言えばけーちゃんに渡すものがまだあったとばい!」

「渡すものだって?」

 春風はモグモグとお菓子を口に頬張りながら、リュックの中をあさり始めた。

 さすがにこれ以上お菓子は食べられそうにないんだが……。 

 青ざめた顔でパンパンになった腹をさすっていると、

「こればい!」

「これは……」

 春風がリュックの中から取り出してきたもの。それは、古びたアルミ箱。

 さびや泥にまみれてはいるが、いたるところに落書きやビックリマンなどのシールが貼ってあるその箱に、俺は見覚えがあった。

「……これってたしか、俺が昔この町を出るときにみんなで埋めた箱だっけ? どうしてこれがここにあるんだ?」

 これに春風は子供みたいな無邪気な笑顔でピースをしながら元気に答える。

「掘り出してきた!」

「掘り出してきたって……」

 そうか、だから春風の服や体に泥が付いているのか。

 でも発掘なんて、華の女子高生がすることじゃないだろ……。

 俺はあらためて春風が持ってきたアルミ箱に目をやる。

 ……たしかこれは、照山さんが泣いていた公園の桜の木の下に埋められたものだったはず。

「でもどうして、これを掘り出してきたんだ?」

「ほら、けーちゃんって昔、正義の味方『K-ingケーイング』で使われとったベルトが好きだったでしょ? だから、お見舞いの品にぴったりと思って」

「あー、たしかに、K-ing好きだったなあ」

 正義の味方『K-ing』。

 悪の王様として生み出された主人公Kが、正義の味方として戦う子供向けの特撮番組。

 このKに憧れた子供の頃の俺は、あの公園でよくKの必殺技とか練習したものだ。

 ……そういえば、それがきっかけで春風に『けーちゃん』って呼ばれるようになったんだっけ。

 今となっては俺を本名で呼ぶ奴は少ない。……つうか、俺の本名を知っているやつってクラスにいるのかな?

 俺は若干うなだれた様子で、

「……いやでもよ、これをお見舞いに持ってくるのはどうかと思うぞ?」

「んっ? なんで? ほら、好きなものをもらったら嬉しいでしょ?」

 ぷかぷかと頭の上にクエスチョンマークを浮かべ、本気でわからない様子の春風。 

 こいつと将来結婚する奴は苦労するんだろうなあ……。

 幼馴染の将来を危惧していると、春風は急かすように、

「ほらけーちゃん、早く開けてみるばい! 私もまだ中身は見とらんとだけんね!」

 ベッドに身を乗り出して言ってきた。……相変わらずおっぱいの存在感がすごいな。

「わかったわかった。それじゃ開けるぞ」

 俺は玉手箱を開けるようにしてゆっくりと蓋を取る。

 すると、


「「うわぁ~……」」


 思わず二人で驚嘆の声をあげる。

 箱の中にはごちゃごちゃと色んなものが詰められており、先ほど言っていたK-ingで使われていたベルトにポケモンカード、他にもねり消しやPS1のテーブルゲーム『ドカドカ鉄道』のディスクまで入っているようだ。……うわ、何を入れたか全然覚えていないな。

 けど、見ればそれでどういう遊びをしていたのか思い出す。

 ベルトを使って妹とK-ingごっこをしたこと。

 近所のトモちゃんが、ポケモンカードを小学校に持って行って先生に怒られたこと。

 ドカドカ鉄道で負けすぎた春風が、ゲームのコントローラーを真っ二つに割ったこと。

 ……時を経て開けられたタイムカプセルに、温かい少年時代が脳裏を駆け巡る。

 どうやらこの箱には、ものと言うよりも懐かしい思い出が詰められていたようだ。

 微笑む俺に対し、なぜか春風が悲しそうに顔をゆがめた。

「けーちゃん見て見て! 私が入れとったひまわりの花が枯れとる!」

「そりゃ枯れるだろ……ん?」

 枯れたひまわりの花の下に、何か白い封筒のようなものがあるのに気づく。

 なんだろ?

 ひまわりをどけたアルミ箱の底には、

「こ、これは……っ!」

 果たし状と書かれた一枚の封筒が入っていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


                あとがき


どうも、婚活パーティーに行って知り合った女性に送ったLINEメッセージが未読になったまま二日過ぎてしまった久永道也です。

……うん、もう脈ありませんよねこれ。

やはり、猫の目にハートマークが入った絵文字を送ったのがいけなかったんでしょうか。

フラれたのを猫のせいにして、ニャ~ん。と一人で泣いております。

夜な夜なハゲが一人で泣いている姿って想像するだけで怖いですよね。

まあ自分のことですけど(´;ω;`)


それはそうと、三十歳を超えると結婚しろとのプレッシャーが半端ないですね。

シャア風に言えば、

『私にプレッシャーをかけるパイロットとは・・・一体何者なんだ?』

アムロいきまーす! ……ではなく親です。


一応、結婚願望はあるつもりですが、相手がいなければどうしようもありません。

『SHIROBAKO』の宮森とか、『らき☆すた』のこなたとか、『エヴァ』のアスカとか、二次元嫁なら画面の中にいっぱいいるんですけどね。


はい、ということで嫁募集はしません(笑)

間違っても嫁になりたいなんてメッセージを寄越さないでくださいね!

それ、ヨメヨメ詐欺かもしれませんよ!

んなわけあるかーい。


……嫁だけに空気を読めって感じのオチがついたところで、少しこの病院シリーズについてお話します。


気づいている方もいると思いますが、この病院シリーズの題名は新世紀エヴァンゲリオンから取っています。

当時、子供だった僕は病院でアスカを見ながら手に白い液体を付けたシンジ君に衝撃を受けたものです。

そしてそんな過去を思い出しながら、この病院シリーズは書かれました。

……我ながら最低な理由ですね。

今思えばあの白い液体って、きっとヨーグルトなんでしょう(ゲス顔)

汚い話になりそうなのでここら辺でやめときます。


それではまた次のお話でお会いましょう。 ノシ

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