第28話side-B 布団ダイバー

 ――病室の扉がバンっと勢いよく開く音がした。

『兄やん無事か! いつもニコニコ兄やんの隣にそびえ立つキングな妹が治しに来たぞい! さあ悪いところは一体どこだ⁉』

『ぞいちゃん待って! トンカチとノコギリじゃ人間は治せないよ! それに見る人が見たら通報されちゃうかもしれないから、今すぐしまいなさい! あっ、ぞいちゃんのお兄さんお久しぶりです』

 それと共に、妹ちゃんと聞いたことのない女の子の声が聞こえてくる。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 そして私の顔にかかるのは、ベッドに横がるモブの身体から跳ね返ってくる自らの熱い吐息。

『兄やん兄やん、とりあえず具合が悪いのなら頭を叩いとくか? 大抵のものは叩けば治るって、から揚げ屋のおっちゃんが言ってたぞい!』

 そんな物騒なことを言う妹ちゃんの声と。

『ぞいちゃん、叩いて治るというのはテレビとかの家電のことだろうし、そんな眉唾物の民間療法を実のお兄さんに試しちゃダメだよ。それに人間を叩いて出るものは、涙とお金とホコリだけなんだから。あっ、お兄さん少しコップをお借りしますね』

 良いことを言ってるようで実は怖いことを言っているどこかあのハゲ女と似た声。

 それが響くと同時に、コポポポポポポと水を注ぐ音が聞こえてきた。

 恐らくもう一人の子が、お茶か何かを入れているんだろう。なかなか出来た子だ。

 カチャカチャと陶器の触れ合う音がする中、パパ以外初めてともいえる男の人の抱いた感触を、体温と共に感じている。……見た目とは反してなかなか筋肉質ね。モブのくせに生意気な。

 そう、私こと三角・ドアフォード・リリィは、咄嗟に潜り込んだ狭苦しいモブッチの布団の中で息をひそめている。

 そして私がいると悟られないため、モブッチに密着、つまり抱きしめている状態だ。

 なんでそんなことになっているのかって?

 仕方ないじゃない。同じ学び舎に通う若い男女が病室で抱き合っているなんて、スキャンダルどころかちょっとした事件でしょう?

 もしそんな姿を見られたりしたら、あらぬ噂をたてられ、あのハゲ女のように学園においての私の立場が無くなってしまうかもしれない。

 そう、それだけは絶対に阻止しなければならない。

 ……でもどうしよう。これはこれで状況が悪化している気がするわ。

 だって、私が無理に布団へ入ったせいでモブッチの薄い病衣が乱れ、なかば上半身裸のような状態になっているんですもの。私も私で制服がはだけているし、……完全にアウトねこれ。

 こんな姿見られちゃったら学園どころかお嫁にいけなくなってしまう。

 お願い、どうかこのまま気づかないで……。

 祈るようにギュッと抱きしめる腕の力を強めたところで、

『あれ? そういえば、今日の兄やんはやけに大きい気がするな? つうかなんでそんなに布団が膨らんでいるんだぞい?』

 祈りもむなしく気づかれてしまった。まあさすがに布団が二人分も膨らんでいると目立つか。

 ここはもう諦めて、素直に白状した方がいいかもしれない。

 そんな気持ちで布団から出ようとした瞬間、なぜかモブッチの手が私の頭を押さえてきた。

『いいところに気づいたな妹よ。いやな、兄やんはここでたくさんのナースを見ているうちに、なんとなくムラムラしてきたのだ。そんな時に思春期の男子がする事といえば、中学生になったお前なら言わずとも分かるだろう?』

『……いや、全く分からないし実の兄の性の事情なんて分かりたくもなかったぞい。兄やん、いくら妹でもさすがにドン引きだぞい』

『最低ですねお兄さん』

 ……もう少しマシな言い訳はなかったのだろうか。

 けど笑う資格なんて私にはない。だって、恐らくモブッチは私のために汚名を着たのだから。

 ……名が汚れるどころか人生の汚点になっちゃった感じはするけど。

 でもまあその甲斐もあってか、

『ぞいちゃん、邪魔しちゃいけないから帰りましょうか?』

『そうだなー。ビッグダディならぬビッグブラザーとなった兄やんを、そっとしておくのもある意味妹の役目なんだぞい』

 ベッドが軽くなるような振動があり、それから入口の方に遠ざかっていく足音が聞こえ始めた。

 やった! 過程はあれだったけど結果オーライね!

 思わずガッツポーズを取りそうになっていると。


『……あれ? 今気づいたけど、なんで妹がよく行くハンバーガー屋さんの袋の隣に、ミスミンのカバンが置いてあるんだ? この鳩のキーホルダーはミスミンのもので間違いないぞい』


 しまった! 完全に存在を忘れてたぁ!

 冷や汗をだらだらと流す。

 不良に絡まれた日からちょくちょく遊んでいる妹ちゃんには、私のカバンは知られてしまっている。

 やばい、このままじゃ私がこの部屋にいることがバレちゃうじゃない。

 妹ちゃんのことだ。この状況を見れば悲鳴を上げるだろう。そうすれば人が集まってきて取り返しのつかないことになってしまう。そして、常識人っぽいもう一人の子はきっとこの状況を見てドン引きするだろう。

 ど、どうしよう? このままじゃバレちゃう!

 ヤバい状況に汗がにじんで制服のシャツがじっとりと肌に張り付いていると、自信満々な声が聞こえてきた。

『ふふふ、それはな妹よ。貧乳という業を背負ってしまった悲しきツンデレ娘が忘れていったものなのだ。ほら、兄やんはこんな状態だから、よければお前が代わりに返しといてくれないか?』

『おお! やっぱりこれはミスミンのだったのか! そういえばここに来る前ミスミンから連絡が合って、兄やんの病室は何号室かスマホで尋ねてきたんだぞい。まったく、カバンを忘れるなんてミスミンは優しいけどおっちょこちょいな奴だなあ。……わかった! あとはこの妹に任せるんだぞい!』

 どうやら最悪の状況は回避されたようだが、私はモブッチの背中を思いっきりつねる。

『ッ⁉ いだだだだっ!』

『兄やん急にどうした⁉』

『大丈夫ですか⁉ もしかして具合が悪いんですか⁉』

『だ、大丈夫だよヒカリちゃん。……一つ聞きたいことがあるんだけど、おっぱいって大きさじゃないよな?』

『中学生に何てことを聞いてるんですか⁉ その質問自体が全然大丈夫じゃありませんよ!』

 そうよそうよ。人が気にしてることをズケズケと言っちゃってくれて、……全然大丈夫じゃないんだから。

 ………………でも、小っちゃくてもいいんだ。

 そのことにホッと胸をなでおろしていると


 ブブブブ~ブイブイン。ブブブブ~ブイブイン。


 突然のバイブレーションに思わず身体がビクッとなった。

 どうやら私のスカートのポケットに入っているスマホが振動しているようだ。

 病院だからマナーモードにしてたけど、よりにもよってこのタイミングで鳴るとかほんと勘弁してほしい。

 ていうか、誰よこんな時に電話をかけてくる奴は!

『あれれ? ミスミンのやつ、いくらかけても電話に出ないぞい』

 妹ちゃんかよーーーーッ!!!

 思わず涙が出そうになっていると、モブッチがわざとらしく。

『そ、そうなのか! それなら仕方ないな! もしかするとあいつ今、忙しいかもしれないから、その電話は今すぐ切った方がいいんじゃないかな? ……って、どうしたヒカリちゃん? そんな恥ずかしそうな顔をして』

『あ、あの……その…………非常に言いにくいんですが…………な、なんでお兄さんの股間のあたりからブーブーおとが聞こえるんですか? そこには一体何が入ってるんでしょうか?』

 非常にまずい質問が来たーーーッ!!!

 私の腰の位置にモブッチの股間があって、そこが小刻みに揺れているのがよく分かる。

 これにモブッチは声に動揺の色を見せながら、

『あ、ああこれかー! ヒカリちゃんこれはね、……そ、そう! 俺のスマホが鳴ってるんだよ!』

『へっ? 兄やんのスマホは机の上に置いてあるぞい?』

『そ、そうだったな……えっと……これはだな……』

 声が弱弱しくなっていく。どうするの⁉ さすがにこれはもうゲームオーバーなんじゃないかしら⁉

 私が諦めかけていると、

『そ、そうだ!』

 ズボッと勢いよくモブッチの手が私の腰に伸びてきた。

 なっ⁉

 そして、なぜか痴漢をするように私のお尻をまさぐり始めた!

 い、いきなりなにをするのよこの変態ッ!!!

 今すぐ悲鳴をあげたいところだけど、状況が状況だけにあげれな――いッ!

「……ッ! ぁんっ……くぅ……そ、そこはらめェっ……!」 

 モミモミとマッサージのようにお尻が揉まれているせいで艶っぽい小声が漏れてしまう。

 い、いったい何をしてるのよこの変態はぁ!

 限界が近づいていると、スカートのポケットからスマホが取り出された。

『おお、あったあった! さっきからこれが鳴っていたんだな! これは多分三角が忘れていったスマホだぜきっと!』

『なんと! そうだったのか! カバンとスマホを忘れるなんて……ミスミンの奴、今すぐ会いに行って忘れん坊将軍と呼んでやらねば! ほら、ヒカリンも一緒に行くぞい!』

『……でもなんで知り合いのスマホがそんな場所にあったのかなぁ』

 疑問を断ち切るように、バタンと勢いよく病室のドアが閉まる音がした。

 シーンと静寂の時が訪れる。


「……ふう~~~。助かった助かった。三角、もういいぞ。出て来いよ」

 安堵の声に導かれる形で、私は布団の中から出る。

「いやあ、危ないところだったなぁ。ひやひやしたぜ。でもこれで大丈夫だ。お前のプライドはちゃんと守られたぞ」

 安心しきった様子のモブッチに対し、私は無言のまま身なりを整えていた。

 そして、

「プライドなんてもうズタズタよこの馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああッッ!!!」

 私の心身を蹂躙した変態野郎に思いっきりビンタを浴びせてから病室を後にした。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


                あとがき

必死に地元のレンタルショップを探し回ってようやく借りれたアルバムがライブバージョンだった。

どうも久永道也です。

初めて三角視点で物語を書きましたがいかがだったでしょうか?

今後もこんな感じで主人公以外のキャラの視点で書く時もあると思います。

唐突に切り替わるので読みづらいと感じる人もいるかもしれませんが、言いたいことも言えないこんな世の中を生きている皆様なので乗り切ってくれると信じております。


そして、初めましての方もそうじゃない方も自分の作品を読んでくれてありがとうございます。

読んでくれる人がいる。それは自分の生きる意味にもなります。

感謝しても感謝しても感謝しきれません。

ハゲの薬を飲んでも飲んでもハゲが止まりません。

ノンストップ感謝。ノンストップハゲ。


……ハゲを完全に治す方法を見つけた人ってノーベル賞をもらえそうですね。

さあ、この作品を読んだそこのあなた!

一刻も早くハゲを治す方法を見つけてノーベル賞をもらいましょう!(他力本願)


読んだらノーベル賞をもらえるかもしれない。

そんな夢のある作品……になるといいなあ。

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