第27話 金髪、襲来

 病室の扉が開かれるとそこには――

 …………なぜか誰もいなかった。

 おいおい、幽霊でも出るのかよこの病院。とか呆れていたら、ピョコピョコと金髪のツインテールが入り口から飛び出しているのに気付いた。

 あの髪の色とリボンはたしか……、

「……もしかして、そこにいるの三角か?」

 声をかけるとツインテールがビクッと反応した。……分かりやすい奴だ。

「隠れてないで出てこいよ。来たからには何か用があるんだろう?」

「……べ、べべべ別に用なんてないわよ! ここの院長とパパが仲いいからちょっと挨拶に来ただけで、童貞臭い勘違いしないでよね!」

 用がないと言いながら部屋に入ってきた直角三角形こと三角・ドアフォード・リリィは、包帯に巻かれている俺の姿を見て少しだけ辛そうな表情を浮かべた

「だ、大丈夫なの?」

「心配するな。こんなのかすり傷だ。とりあえず座れよ」

 三角はハンバーガーショップの袋を持っている手で扉を閉め、俺が寝ているベッドの脇に置いてある椅子へと座る。

「で、一体どうしたんだ? 悪いが今の俺は、お前のツンデレや照山さんの愚痴とかにちゃんとリアクションできる自信はないぞ」

「だ、誰がツンデレよ誰が! あと愚痴なんか言った覚えはないんだからね! 私がいつも言ってるのは、あのハゲ女の悪事やムカつく態度とかなんだからっ!」

「それを愚痴と言うんじゃないのか? お前は本当に照山さんが絡むとポンコツになっちゃうな」

 これに三角は怒った様子で。

「ぽ、ポンコツですって⁉ お見舞いに来たって言うのになんてことを言うのかしらこのモブは! そんなこと言ってると、この美味しそうなハンバーガーをあげないわよ!」

「お前こそお見舞いしに来た相手をモブ呼ばわりするんじゃない。……つうかお見舞いとか本当にどうしたんだよ? 俺とお前はそこまで接点はないと思うんだが?」

「せ、接点ならあるし。…………こ、この間、街で助けてくれたじゃない」

 言う三角の顔がトマトのように真っ赤になっていく。

 あ~、そういえばそんなことあったな。

 たしかこの前の休日、妹が変な不良たちに絡まれている時にこいつもいたんだっけ。

 なるほど。そのお礼を兼ねてここに来ているってわけか。

 まったく、素直じゃないっていうか、何やら。

 ツンデレの鏡ともいえる三角は、もにょもにょと恥ずかしそうに身をよじらせながら。

「早くお礼を言おうと思ってたんだけど、あの忌々しいハゲがいつもあなたの隣にいるからなかなか言うタイミングが見つからなくて……それで今日、あなたが倒れたって聞いたからお見舞いをしにここへ来たわけ。……ああもう何を言わせてんのよバカァ!!!」

「バカって俺まだなんにも言ってねえから!」

 猿のように座りながらムキーっと地団太を踏む三角。

 ……もしかしてこいつ、照山さんが絡まなくてもポンコツじゃないんだろうか?

 ったく、どうして俺の周りはこんなに手がかかる奴らばっかりなんだろう。

 ほんと疲れるけど、……でも不思議となぜか嫌な気はしないな。

 俺はフッと短い息を吐く。

「でもまあ、わざわざお見舞いに来てくれてありがとな。ハンバーガー、ありがたく頂くよ。おっ、よく見れば妹がよく買ってくるやつだなこれ。あと、この間のことは気にしないでいいから。ああいうのは見過ごせないタチなんだ」

「べ、別に気になんかしてないわよ! 勘違いしてないでよね!」

「はいはい」

 罵声を浴びせられても、心配されているということは素直にうれしい。美少女ならなおさらだ。

 でも………一つだけ残念な部分がある。

「な、なによ? 何でそんなに悲しい目で私を見ているの?」

「いやなぁ、胸パットさえつけてなけりゃなぁって思ってただけだ」

「真面目な顔でなんてことを思ってんのよこの変態! ああもうやっぱりお見舞いに来たの間違ったかしら!」

 バッと両手で胸を隠す三角。

 うんうん、貧乳でもそうやって恥ずかしがる姿勢がいいのだ。無理につくろう必要なんてない。

 おっぱいは自然が一番。自然な空気を吸うように、自然なおっぱいが吸いたい。

 達観した様子で貧乳の良さを思い描いていると、

「ちなみにこの私がお見舞いに来たとか周りに言わないでよね! 特にあのハゲ女だけには絶対に言っちゃだめ!」

 けっこうな剣幕で口止めしてきた。

 まあお嬢様だし、俺みたいなモブとはいらぬ噂は立てられたくないよな。

「安心しろ。誰がお見舞いに来たとか元から言うつもりはない」

「ありがとう。……でも言っといてなんだけど、あなた言う相手もお見舞いに来る相手もいなそうね」

「やめろ、その言葉は俺のボッチごころに効く。つうかお見舞いならさっき照山さんが来たよ!」

 あっ、つい誰がお見舞いに来たとか言っちゃった。

 冷や汗を垂らす俺に向かって、三角が勢いよくベッドに身を乗り出しくる。

「なんですって⁉ あの女が来たの⁉ それはいつ⁉ 何時何秒何曜日⁉」

「ガッツリ食いついてくるんじゃない! お前はハゲに飢えたライオンか! あと何曜日っていうのは少し考えたら分かることだろう! 少しは落ち着け!」

「そんな細かいことはどうでもいいわ! ハゲ山さんをぎゃふんと言わせれるのなら私はそれでいいのよ!」

「だから落ち着けって! そんなに前のめりになると点滴の管に引っかかるから――」

「――きゃあっ!!!」

 俺の言った通り点滴の管に引っかかった三角が甲高い悲鳴を上げた。

 そして、ガッシャンと点滴の装置を倒して俺の方に倒れてくる。

「いたたた……」

「………………ゴクリンコ」

 思わずつばを飲んだ。

 なぜなら、偶然にも三角に上から乗っかられる形で俺が抱きしめている形になっているからだ。

 受け止めようとした俺の手が三角の柔らかいお尻に食い込み、目の前にはプルンとした唇が吐息が感じられる距離にある。

 そんな状態で、三角とバッチリ目が合った。

「はっ!」

「…………や、やあ」

 頬を引きつらせながらわざとらしい挨拶をした。

 俺が緊張しているのか三角が緊張しているのかは定かではないが、手に汗がにじんでいるのを感じ、胸と胸がくっついているせいでドクンドクンと心臓の音が感じられる。

 こんなに女性とくっついたのは生まれて初めてだ。柔らかいし温かい。触れているだけで気持ちがいい。

 ……こういうのをラッキースケベと言うんだっけ。

 漫画やドラマの主人公でもない、クラスでも浮かない俺に、まさか起きようとは思わなんだな。

 大変ありがたいことだが、物語とは違い実際にこういうことがあればオチは決まっている。

 三角は俺の予想通り右手を大きく振り被ると、

「このヘンタ――イっ!!!」

 バチン!!! と、怪我して身動きが取れない俺の顔面に思いっきりビンタを食らわせてきた。

 ……どちらかと言えばアンラッキーだなこれ。

 しかし、不幸はここで終わりじゃなかった。

 そう、それは病室の外からやってきた。


『兄やーーーん! 大丈夫かーーー! 待ってろ、今妹が助けに来るぞーーーーっ!!!』

『ぞいちゃーん! 病院は走っちゃだめだし病院だから助ける必要もないよー!』


 妹、襲来。

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