第24話 ぞい散歩④
全員が髪を染めた、見るからにヤンキー風の男三人組がミスミンに話しかけてきた。
「彼女可愛いね~。もしかしてハーフ? 君さえよかったら、うちのボスとお茶をしていかない? 言っとくけど、うちのボスはここら辺じゃ名の売れた男だから、きっと気に入ると思うぜ」
へっへっへと、小物らしい笑みを見せる三人組。ボスとか一体いつの時代の人間だぞい。
……まあ子供たちからボスと呼ばれてる妹が言うことじゃないけどさ。
男たちは見たところ、兄やんと同い年くらい。……これは多分、ナンパってやつなんだぞい。
今のミスミンは変装をしていない状態だからな。遠目からでも美人ってことがハッキリと分かる。
見ているだけで羨ましくなるレベルの美貌だぞい。……胸以外だけど。
そんなミスミンはチラリとこちらに目を合わせると、キッと何かを決心したような目つきで男たちに言う。
「気にいるも何も、あなたたちのボスとか全然知らないし興味がないから。ていうか、こっちは照山さんトークで盛り上がってるところなの。邪魔しないでよね。分かったら今すぐ消えなさい」
……いや、盛り上がってるのはミスミン一人だけどな。
それこそ独りよがりの、お嬢様らしいツンツンとした物言いに対し、男たちはカチンと来たらしく、
「ンのアマァ……ッ! 俺らのボスに興味がないとか言ってくれるじゃねえかボケェ! あんま調子こいてると女でもやっちまうぞゴラァッ!!!」
「はあ? やるって誰のことを言ってるのかしら? アマだのボケだのゴラだの、汚い言葉を吐き出すゴミみたいな奴が、随分と大口を叩いてくれるじゃない。ほら、空気が汚れるからさっさと消えてちょうだい。ボスのところに帰って、ママみたいによちよちと慰めてもらいなさい」
「ザッケンナーコラーッ!!!」
「……ちょっと待て。こいつ、足が震えてね?」
指摘されると、ぴくりとミスミンの顔が強張った。
「わお、ほんとだ」
「おいおい、偉そうな態度とっておきながら実はビビってんじゃねえか」
「はあ⁉ バ、バッカじゃないの⁉ あんたたちなんかにこの私が怖気づくわけないでしょ! これは…………そう! これはあれよ! 武者震いってやつよ!」
「プーッ! ザコとか言っといて武者震いってなんだよ」
「涙目になっちゃってかわいいね~」
「よちよち。怖がらせちゃってごめんねごめんね~」
「こ、この……ッ!」
悔しそうに歯を食いしばるミスミン。
プルプルと震えながらも妹の手をしっかり握り、男たちの壁になるように寄り添ってくる。
……もしかしてミスミン、妹を守るために強がってるのか?
そういえば、さっき握手をする時に言ってたな。
『私がお姉さんなんだから、いざって時は妹ちゃんのことを守ってあげるからねッ!』
軽い気持ちでお願いするとか言っちゃったけど、ここまで本気だとは思わなかったぞい。
……いや、甘く見ていたのは妹の方だったか。
変装をしたり弱い自分を見せたくないからツンツンと強がったり、正直ミスミンのことは世間知らずの臆病なお嬢様だと思ってたぞい。まあ照山さんに対しては違うみたいだけど。
だけど、そんなミスミンが勇気を振り絞って妹を守ろうとしてくれている。
立派な人だ。それこそ、ゲームに出てくる勇者みたいにカッコいい人だ。
……ふっふっふ! だがなミスミン! 一つ勘違いしていることがあるぞい!
それは、妹がキング妹だということだぞい!
親友のピンチに黙っていられるほど、妹は大人しい存在じゃないんだぞい!
ゲラゲラとこだまする下品な笑いを切り裂くように、妹は一歩前に出る。そして、告げる。
「ぞい! お前ら笑うんじゃないぞい! ミスミンがどんな気持ちで言ってるのか分からないのか! てめえらの血は何色だこらぁ!!!」
「妹ちゃんダメよ!」
「ああん? んだよてめえは?」
ギロリと睨まれる。ふん、それがどうした。キングデーモンに比べたら屁でもないぞい。
妹は臆することなく、そこそこある胸を張ってから応える。
「何を隠そう、世界の妹ちゃんだぞい! 言っとくけど、世界の山ちゃん的な意味じゃないからな! そこんとこよろしくお願いするぞい!」
「ハッハッハ! なんだこの子おもしれえ!」
「ぞいってなんだよ! ぞいって!」
「ぞ、ぞいを馬鹿にするんじゃない! そんなことを言ってると月に代わってお仕置きするぞいッ! ――ってええええええええっっっ!!!」
「妹ちゃんどうしたの⁉ 大丈夫⁉」
腰が抜けた妹は、ミスミンの太ももにしがみついてパニックになっている。
も、ももももも物陰からいきなりゴキブリが現れたんだぞい!
妹は虫が大の苦手なんだぞい! テラフォーマーも見れないくらいに苦手なんだぞい!
「おいおい、大丈夫か?」
「つうかそんなに怖がらなくていいから。こっちはちょっとボスに会ってほしいだけなんだぜ?」
ニュッと差し出されてくる手に、ミスミンと妹は涙目で恐怖する。
きっとこのあとボスのところに連れていかれて、薄い本みたいないやらしいことをされるんだぞい……だ、誰か助けてええええええええええ!!!
声に出ない叫び声をあげると、
「――とうっ!!!」
突然現れた乱入者の飛び蹴りによって、手を差し伸べていた男が吹き飛ばされた。
男は勢いよく路上に置いてあったゴミ箱に突っ込むと、ピヨピヨと目を回してからバタンと倒れた。
「だ、誰だてめえ⁉」
別の男が尋ねると、乱入者はポリポリと頭を掻きながら、めんどくさそうに答える。
「俺か? 俺はこいつの兄やんだよ」
「兄やーーーーんっ!!!」
ピンチに駆けつけたヒーローの登場に思わず叫んでしまう。
昔からそうだが、やっぱり兄やんは頼りになるぞい!
仲間をやられたからか、残った男たちは怒った様子で、
「兄やんだが何だか知らねえが、よくもやりやがったな!」
「やっちまえ!」
男たちが兄やんに殴りかかるも、ひらりひらりと躱されてしまい、お尻や背中を蹴られる形で仲良くゴミ箱へと突っ込んでいった。
重なるようにして倒れる男たちに向け、兄やんは言う。
「……まだやるか? 言っとくけど、俺はまだ一度も手を使っちゃいないからな。将来、乳を揉むために大事にしているゴッドフィンガーとはいえ、妹のピンチとなったら使わざるをえないぞコラ」
……コックだから手で戦わないサンジみたいなことを言うんじゃない。それに乳を揉むためって、我が兄ながら最低な理由だぞい。助けられといてなんだけど、今すぐこの世から消えてほしいんだぞい。
……ただ、理由は最低でも強さは本物だ。
昔から幾度もキングデーモンとやりあっていたこともあり、近所の子供たちの中じゃ兄やんが一番強かった。それに今はインドアと言っても、いざエッチする時に備えて体の鍛錬も怠っていないからな。
ほんと理由は最低だけど、本気を出した時の兄やんは誰にも負けないくらい強いんだぞい。
都会に行ってから大人しくなったけど、兄やんはモブに収まるような男じゃないことを、妹は知っていたぞい。
その強さを肌で感じたのか、男たちは気分が悪そうにふらふらと立ち上がると、
「く、くそっ! ここはいったん退散するぞ!」
「てめえの顔、覚えたからな! うちのボスに盾突いてタダで済むと思うなよ!」
「お、覚えとけよおおおおお!!!」
三下らしい捨て台詞を吐いて、蜘蛛の子を散らすように去っていった。
かたが付き、兄やんは安堵のため息を漏らすと、
「大丈夫か?」
正義の味方のように優しく手を差し伸べてきた。
……ヤバい。カッコよすぎて思わず濡れちゃうぞい。
「ぞい。ありがとう兄やん!」
満面の笑顔で兄やんの手を取り、ゆっくりと立ち上がっていく。
そのとき、過去の出来事がフラッシュバックした。
――ああ、思い出した。
妹が妹と呼ぶようになったのは、昔こうやって兄やんによく助けられていたからだ。
キングデーモンにイジメられた時、兄やんが今みたいに颯爽と現れてはかっこよく追い払ってくれた。
妹はそんな兄やんのことが大好きで……兄やんの妹であることを誇りに思って、自分のことを妹と呼ぶようになったのだ。
そう、妹のルーツは兄やんだったのだ。
灯台下暗しならぬ、
妹は立ち上がると、くしゃくしゃと頭が撫でられる。
「帰りが遅いから様子を見にきてみれば、なにやってんだよお前は。つうかそこにいるの三角だよな?」
「ち、違うわよ! 三角・ドアフォード・リリィなんて人、私は知らないわ!」
「いや、そこまで言っといて知らない方がおかしいだろ」
「し、知らないって言ってるでしょ! ……で、でも助けてくれてありがとう。……妹ちゃんまたね! 今日は本当に楽しかったわ!」
赤らめた顔を隠すようにミスミンが帽子を深くかぶると、逃げ出すようにその場を後にした。
ほんと、ツンデレの鏡みたいなやつなんだぞい。
「……なにあれ? お前らどういう関係なの?」
呆れた様子でミスミンを指さす兄やんに、妹はハッキリと答える。
「あれは妹の自慢の友だち! つまりマブなんだぞい!」
「……そうか、そりゃよかったな。それじゃ夕飯の材料を買って帰るぞ」
「ぞい! ちなみに今日の夕飯はなんだぞい?」
「キングサーモンのムニエル」
「やったぞい~~~! でも欲を言えば、妹はキングクラブも食いたいぞい!」
「わざわざタラバガニを英名で言うな。それにそんなの食ってたら、うちの家計が財政破たんするからダメだ」
「にゃはは! 相変わらず兄やんはケチなんだぞい!」
そう言いつつも手を繋ぎ、妹と兄やんは仲良く夕日に向かって歩き出した。
こうして、妹のぞい散歩は終わりを告げたんだぞい。
――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
どうも、火の国を照らすハゲこと久永道也です。
明日から一週間くらい出張に行くことになったので、その間は更新ができないかもしれません。
もし更新されたときは、血反吐を吐きながら作者が書いていると思ってお読みください。
それではまた!
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