第23話 ぞい散歩③

「――なにこれ超おいしいんだけどっ!!!」


 ハンバーガーを一口食べた瞬間、ビックリした様子でミスミンがうなる。

「ポテトも揚げたてだし、コーラとの相性も最高! 何よりこのジャンクな感じがたまらないわ! こんな美味しいものを普段から食べているなんてみんなズルい!」

 ……どこのステマだぞい?

 口やほっぺたにソースを付けながらハッピーセットにがっついているミスミンを、妹はシェイクをすすりながら眺めているぞい。

 こんなにハンバーガーを美味しそうに食べる人はなかなかいないぞい。その証拠に周りからの注目を集めている。けど食べてるのは普通のハンバーガーだからなあ……ゴチになっている身とはいえ、少し恥ずかしいぞい。

 妹は目を細めながら話しかける。

「ミスミン、その歳でハンバーガーデビューとは悲しい人生を送っていたんだな……たくさん食えよ」

「年上を哀れんだ目で見ないで! ……こ、こういう場所に来たことがないのがそんなに悪いかしら? 家族や友人とはなかなか行く機会がなかっただけで…………いえ、本当は自分から行きたいとも言えなかったの。ほら、私ってどうもお嬢様っぽく見られてるところがあるじゃない? みんなが私に抱いているイメージを壊したくなかったの。……あとミスミンって呼ぶのほんと恥ずかしいからやめてくれないかしら?」

「えー、ミスミンってあだ名、ピクミンみたいで可愛いぞい」

「いやそれ引っこ抜かれて戦って食べられちゃう奴だから! どっちかと言えば雑草に近いよねそれ!」

「わがままな奴だなー、ミスミン。それじゃあミス・ムーミンで満足か?」

「冬眠する奴に満足できるわけないから! せめて人間にしてっ!」

 ほんっとわがままな奴だなー。お嬢様っぽいとか言ってたけど、どこからどう見てもお嬢様なんだぞい。

 でもなるほど。イメージとか立場とかを考えたりして正体がばれたくなかったから、メンインブラックみたいな格好をしているのか。

 ……逆に目立っているのがこれまた悲しい奴なんだぞい。

 常識はずれのミスミンは年上ぶった態度でボーリングのレーン平らな胸に手をかざす。

「ああでも私がこういうところに行ったってことは、くれぐれも人に言わないでね。もし学校の人たちにバレたりしたら、あの極悪ハゲに何言われるか分かったもんじゃないんだから。ここであったことは妹ちゃんの記憶から消してちょうだい。いいわね?」

 いいも何も、誘ったのは明らかにミスミンだけどな。

 そういや記憶を消すで思い出したのが、メンインブラックに出てきた記憶を消すライト。

 妹はあれを使って、キングデーモンに植え付けられたトラウマを消してほしいと常々思っていたんだぞい。

 妹の嫌いな虫を毎日のようにカバンやら玄関に放り込みやがって……弁当箱の中にセミを詰め込まれた時は泡を吹いて失神して救急車で運ばれる羽目になってしまったんだぞい。おかげで今でも弁当箱を開けるときにはびくびくと緊張してしまうんだぞい。

 ……そういえば、あの頃の妹は家に引きこもりがちだったなあ。

 外に出るたびにキングデーモンにイジメられたから仕方ないんだけど……そのたびによく兄やんに助けられたもんだぞい。

 今はあれだけど、昔の兄やんは妹のヒーローだった。……うん、今は本当にあれだけど。


「――ねえ。妹ちゃんはこのあと時間ある?」


 ボーっとしていたらミスミンに声をかけられた。いつの間にか完食しているようだ。

「……あるけど、なんでだぞい?」

「い、いやほらねっ! 時間があるのなら、妹ちゃんをゲームセンターとかに連れていってあげようと思って……か、勘違いしないでよねっ! 妹ちゃんの歳ならそういうところに興味があると思っただけで……べ、別に私は行きたくないんだから!」

 うーん、分かりやすい人だぞい。行きたいなら行きたいって素直に言えばいいのに。

 でもどうしようかなー。お金もないし、そもそもゲーセンってぞい散歩の趣旨から離れている気がするぞい。

 腕を組みながら、ぶらぶら頭を左右に揺らしていると。

「あっ! お金のことなら気にしないでいいからね! こう見えても私、カード持ってるんだから!」

 嬉しそうにミスミンがバッグの中から取り出したのは……レンタルビデオ屋のカードでもゴールドのカードでもない、漆黒に輝くカード。クレジットカードのキングとも言える、ブラックカードだった。

「行きましょう! ゲームセンターでもどこでも付いていきますミスミン様!」

 こうして、ミスミンとの街めぐりが始まったんだぞい。



 その後、ゲームセンターやボーリング、デパートや蜂楽と名の付く饅頭屋さんや河童のいる本屋さんなどなど、色んな場所へミスミンを連れていっては二人で楽しんだ。

 そして、今はアーケードから外れた路地にあるベンチの上で休憩しているところだ。

「ありがとう妹ちゃん! こんなに楽しかったの初めてかもしれない!」

「ぞい! 妹プロデュースに間違いはないんだぞい!」

 こっちこそ、こんなに豪遊したのは生まれて初めてかもしれない。……やっぱり本物の金持ちは違うぞい。

 けど、妹にだってプライドってもんがある。ゴチになりっぱなしじゃ終われない。

 そう、この借りは…………出世払いでいつか払うぞい。

 するとここで、ミスミンはスマホを取り出してくる。

「ねえ、妹ちゃん。よかったら連絡先を教えてくれないかな? 時間があれば、お姉さんがまた遊びに連れていってあげるわよ。今日みたいにお金は気にしなくていいから安心して」

「もちろんいいぞい! けどもうお金は奢らなくても大丈夫なんだぞい! ミスミンと妹は友だち、マブだからな!  ミスミンも、妹の前では遠慮は不要だぞい!」

「い、妹ちゃん……ッ!」

 感動したのか、ホロリと涙を流すミスミン。うーん、年上とは思えないんだぞい。

「泣くなミスミン。ほら、これ使え」

「ありがとう妹ちゃん……何から何まで助かるわ……でも、一応私がお姉さんなんだから、いざって時は妹ちゃんのことを守ってあげるからねッ!」

「ぞい! その時は絶賛よろしくお願いするぞい!」

 ミスミンと熱い握手を交わす。

 ……よしよし、これでまたキング妹に一歩近づいたぞい。

 べつにこれは金銭面でということじゃなくて、仲間が増えたって意味だぞい。

 ……それにやっぱり仲間が増えるのは嬉しいんだぞい!!!


 連絡先を交換してから、ミスミンと仲良く手を繋ぎながら歩いていると、

「うげっ!」

 急に声をあげてミスミンがうろたえはじめた。一体どうしたんだろう?

 視線を辿っていくと……タコ焼き屋のカウンターで最近兄やんとよく一緒にいる女の人がタコ焼きを食べながら、タコ焼き屋の人と話している姿が見えた。


「大将。ここのタコ焼き美味しいわね。……冗談抜きで、家で食べる冷凍の奴より美味しいわ」

「あ、ありがとよ……ちなみにそれ褒めてんか?」

「当たり前じゃない。あと一つだけ言わせてもらえば、タコの代わりにワカメを入れると更にグッドだわ」

「いやそれもうタコ焼きじゃないよな⁉ つうかなんでワカメをチョイスしたんだ⁉」

「頭に良いからに決まってるじゃない」

「味に全然関係ねえ!!!」


 ……あの人は、休日に一人で何をやってるんだろうか?

 ポカンと呆れる妹とは違い、隣にいるミスミンはどこか興奮した様子で熱心にメモを取っていた。

「なるほどなるほど……照山さんはワカメ入りのタコ焼きが好きなのね…………ふふふ、いいデーターが取れたわね……これでまたあの女の弱みを握ったわ!」

 弱みって……いいデーターではなくヤバいデーターの匂いがプンプンなのだが。

 あと何で嬉しそうに涎を垂らしているんだ? 言動から何まで怪しすぎるぞい。


 その後、タコ焼き屋の大将に二度と来るなと塩をかけられながら、照山さんって人は去っていった。

 それを見計らって、妹とミスミンは物陰から出てくる。

「照山さんって言うのか? あの人は本当になんなんだぞい。タコ焼き屋のおっちゃんを怒らせるし、うちに来ては我が物顔でふんぞり返って、しまいにはパシリまでさせられるし……妹の服も取られたままだぞい」

「妹ちゃんの家に照山さんが来たの⁉」

 サングラスとマスクに帽子を外して、肉を前にしたライオンのようにミスミンは話に食らいついてくると、妹の肩を両手で激しく揺らしながら、

「あの女は何をやったの⁉ 脅迫⁉ セクハラ⁉ 国会へのデモ行進⁉ できればその時の状況や妹ちゃんが取られた服のデザインとかを詳しく教えてちょうだい!」

「痛い痛い痛い痛い! 落ち着けミスミン! デモ行進なんて家じゃできないから! あとデザイン関係なくね⁉ そんなに取り乱すなんて一体あの女と何があったんだぞい⁉」

「ありすぎて困っちゃうけど、最近でいえばスカートを脱がされたってことかしら!」

「まさかのキマシタワー⁉ スカートを脱がす関係って普通じゃないぞい!」

「そう! 私と照山さんは普通じゃないの! 宿命のライバルなの!」

「まさかのアブノーマル宣言が来ちゃったぞい!」

 こんな調子でワーワーギャーギャー騒いでいると、


「――ねーねー、そこの彼女。何してるのー?」


 変な奴らが絡んできたんだぞい。

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