第21話 ぞい散歩①

 ぞい。

 妹だぞい。

 まさかのSSから本編に格上げされたからビックリしてるぞい。


 ちなみに今日はお休みでいい天気だったから、一人で中心街をお散歩してるんだぞい。

 相棒であるヒカリン抜きで色んな所を見て回る、いわゆる『ぞい散歩』なんだぞい!

 散歩なのでローラースケートはナッシング。人が多い場所でのローラースケートは危ないぞい。

 危ないのは、あぶない刑事だけにしてほしいんだぞい。

 妹はルンルン気分で橋を渡りながら、熊本の街並みを眺めてみる。

 うんうん、あの地震の後、少し街並みは変わったけど、だいぶ人が戻ってきたみたいだな。

 いい感じに復興してるぞい。この調子でいけば、前みたいに活気が戻るのも時間の問題だぞい。

 ……けど、熊本のシンボルであり妹も大好きな熊本城は、石垣が崩れたりして無残な姿になったままなんだぞい。元通りの姿が見れるのは最低でも十年以上かかるらしいぞい。

 ……十年後の妹と言ったら、二十四歳だぞい。

 立派な大人で、結婚とかしてるのかもしれない。……いや、もしかしたら死んでる可能性だってあるぞい。

 そんなこんなで、もうお城が見れないかもしれないって考えちゃうと……思わず泣きそうになるぞい。

 けど、めげてなんかいられない。めげても何も始まらないぞい。

 よく地震の後にボロボロになった熊本城を撮っていく人たちがたくさんいるけど、その人たちに十年後また来てくれと、妹は声を大にして言いたい。

 その時は、地震がくる前よりももっと素晴らしくなったグレートな熊本をお見せするぞい!


「あー、ぞいちゃんだー」


 考え事をしながら市役所の前を通っていると、こちらに手を振っている同級生の女の子に気づいた。

 あれは……たしか隣のクラスの子だな。これだから有名人は困るぞい。すぐ声をかけられてしまう。

 あんまり話したことはないけど、妹も手を上げてから元気に応える。

「ぞーい! みんなの妹だぞーい!」

「知ってるー。ぞいちゃんは踊っていかないのー?」

 踊る? 妹が?

 見れば他にも同い年くらいの子供たちや、いわゆるヒップホップ系の恰好をした若者たちが、市役所の玄関前で踊っているようだった。

 たしかここはダンサーや踊ってみたなどの人たちが集まる場所で、みんな一階にあるガラス窓を使って自分の踊る姿を確認しているようだった。……この暑い中、よくやるぞい。

「……残念ながら、今日の妹は踊る予定も汗をかく予定もないので絶賛スルーするぞい!」

「それは残念。でも、みんなぞいちゃんの踊りを見たいって言っているし、動画でもいいからまたアップしてよね!」

「わかったぞい! 気が向いた時にするから、それまで待っとくんだぞい!」

 まったく、妹は需要が多くて困るぞい。

 中学一年生の時に兄やんと作った動画、『セツナトリップを踊ってみた。in北極』の再生数がミリオンを超えたこともあって、妹はその界隈でちょっとした有名人なんだぞい。

 あれは我ながら傑作だったけど、踊りの最後で白熊が出てきてカメラマンだった兄やんが食われそうになったのには笑ったぞい。もはやちょっとしたハプニング映像だなアレは。

 キングにふさわしく、再生数や知名度は中学生ではトップレベル。

 でも、別に妹はダンサーになる気もユーチューバーになる気もないんだぞい。

 妹が目指すのはただ一つ、――キング妹のみ。

 動画だって家族旅行で北極に行った時に、なんとなく踊りたくなったから無理やり兄やんに撮らせてみただけで、ついでに言うとそれを編集してネットにあげたのはヒカリンなんだぞい。

 そもそもキングが付いていないものに、妹はあんまり興味がないんだぞい。

 ……あれ? ちょっと待てよ。よく考えてみれば、妹は踊っただけで後は何もしてなくないか?

 再生数を稼げたのだって、白熊が出てきたせいじゃないのか……っ?


「――そういえば、どうしてぞいちゃんって自分のことを妹って言うの?」


 考え事をしていたところに唐突な質問がきた。

「自分のことを妹だなんて呼ぶなんておかしいし、せっかく可愛い名前があるのにもったいないよ」

「それは……」

 思わずフリーズしてしまう。

 ……あれ? たしかに、どうして妹は妹と呼ぶようになったんだっけ?

 はてなマークを浮かべながら頭を傾げていると、


 ダンダン! ダダンダン! ダダンダン! ダダン!


 ノリのいい千本桜のイントロが聞こえてきた。

「あっ、好きな曲が来たからもう行くね! それじゃまた学校で!」 

 バイバーイと手を振って、同級生の子が去っていった。

 ……ふみゅ。奴は今世紀最大の謎を残していきました。

 でも、本気で思い出せない。

 妹は妹と呼ぶことが当たり前になりすぎて、理由など気にしたことなかったぞい。

 これはもうコナンくんに解決してもらうしかないな。

 ……そういえば、コナンって今何巻くらい出ているのかな? さすがに百巻は超えてそうな気がするぞい。

 それを確認するため、妹は本屋さんに向かうことにしたぞい――



 ……ツタヤに来たら、立ち読みしているヒカリンがいたぞい。これだから田舎は困る。

 本棚の物陰に隠れて、ニヤニヤしながらヒカリンを観察する。

 うぷぷっ。親しい人が普段、自分のいないところで何をしているのかを見るのは楽しいぞい。恋愛交渉人ラブネゴシエーターと呼ばれているヒカリンのことだ。恋愛本とかを読んでいるに違いない。

 目を細めて確認する……えっと、なになに……1分で片づく人間関係……言うことを聞かない厄介な人もこれでお茶の子さいさい……?

 ……まさかの自己啓発本。中学生が読むものじゃない気がするぞい。

 妹はハッとする。

 もしや、ヒカリンは妹の知らないところで厄介な人に絡まれているのだろうか?

 い、いったい誰だ? いつも一緒にいるから、絡まれたりしたらすぐに気づくはずなんだけど……。

 うーむ、分からん。けど、もしそんな奴がいたら妹がぶっ飛ばしてやるんだぞい! ワンパンマンみたいにワンパンでぶっ飛ばすんだぞい!

 固い決意をしたところで、ヒカリンに声をかけることはあえてしない。

 休みの日の読書タイムを邪魔するほど、妹は野暮じゃないんだぞい。

 ヒカリンを困らせる厄介な人とは違って、ちゃんと相手のことを考えれる人間、それがキング妹なんだぞい。

 というわけで、違う場所へ行ってみるか――



 アーケードを歩いてたら、最近できたばっかりのスイーツショップの前に人だかりが出来ていた。

 背伸びして見てみるとお店のショーウィンドウ越しに、山盛りのお菓子を食べる春風ちゃんの姿を見つけた。

 ちなみに山盛りっていうのは比喩じゃなくて、実際にドラゴンボール並みの盛り方をケーキやお菓子でしているのだ。そりゃあ、みんな足を止めるぞい。

 新規オープンを記念してか、看板などで大々的にスイーツ食べ放題をうたっているお店なんだけど、全てを食い尽くす勢いでお菓子を頬張っている春風ちゃんを前にして、店長さんらしき人が顔を真っ青にしているぞい。……可哀想に。いくらスイーツは別腹といっても、甘いものに対する春風ちゃんの胃袋は別次元なんだぞい。春風ちゃん、また出禁にならなきゃいいね!

 とりあえずキングサーモンを置いていないお店には興味ないし、妹は近くのアニメショップに行くことにするぞい――



 というわけで、近くのアニメイトに来たぞい。

 ふみゅ。相変わらずここはオタクっぽい人で溢れているなー。

 新刊などをチェックしながら、ぶらりとお店の中を見て回る。

 ……今日はホットパンツを履いてるせいか、いつもより視線を多く感じるぞい。

 ここに来ると、兄やんみたいに変な目で見てくる人が多いから少し困る。

 ……特にあの鉢巻に眼鏡をした太っちょ人。なぜか胸に『江尻』って名札を付けて、ハアハア言いながらこっちを見つめているめっちゃ怪しい人。妹のセクシーな姿に興奮するのはいいけど、少しは押さえてほしいものだ。

 でも、こんなことで妹は動じはしない。

 変態がいようが不審者がいようが、キングである妹は動じることはないのだ――

 そう思いながら振り返った瞬間、

 ――それはいた。


「ぞいっ?」

 思わず声が出た。

 黒い帽子にサングラスにマスク。

 もろに怪しげな恰好をした人物が、きょろきょろと周りを伺いながら不審な挙動をとっていた。

 こ、これはもしかして……っ!


「ご、強盗だぞーーーーーーいっ!!! 警察! 誰か警察を呼ぶんだぞーーーーーーいっ!!!」


 叫んだ後にスマホを持っていることに気づいて呼ぼうとしたんだけど、手元が震えてろくにボタンを押せなかった。け、警察って119番だったっけ⁉

「大丈夫ですか⁉」

 慌てて店員さんが駆けつけてくる。妹はわけがわからずにただ動揺していると、

「だ、誰が強盗じゃーい! こっちは普通に買い物してるだけだし警察を呼ぶとか本当にやめてよね!」

 不審者が近づいてきて、黒い帽子にサングラスとマスクをとった。

 キラキラと輝く金髪と素顔があらわとなる。

「お、お前はっ⁉」

 それは見知った人物であり、


「三角のドアホッ⁉」


「ドアホじゃないし! 私の名前は三角・ドアフォード・リリィよ!!!」


 兄やんと同じ学校に通う、金髪ツインテールだった。


――――――――――――――――――――――――――――――


あとがき


知っている人もいるかもしれませんが、この作品は震災後の熊本が舞台となっています。

ようやく熊本って感じの話を書くことが出来てよかったです。

それじゃ少しまじめなことを書きますね。今回は残念ながらハゲネタは無しです(笑)


作中で妹ちゃんが言ってたように今の熊本城は石垣や城壁が崩れて酷い状態ですが、逆にこんな機会滅多に無いのでぜひ見に来てください。崩れ方とか凄いですよ。

もちろん、こういうことになって悲しいです。

熊本城は毎日のように通ってましたし、美しい石垣が大好きでした。

地震の後に崩れたお城を見た時は思わず涙が出ました。正直、今でも出ます。

けれど、だからといって止まるわけにはいかないのです。

どんなことがあろうと、人は死ぬまで止まれないのです。


私自身、地震で被害に遭ったのですが、変に気を遣われたり敬遠されたりするのが一番堪えます。

ぜひとも熊本に来られてください。

大抵のお店は復旧していますし、そちらの方が被災者のためになります。

そして、作中で妹ちゃんが言ってたように、十年後、二十年後の熊本を見てください。

地震が来る前に戻っているのではなく、前よりももっと素晴らしくなったグレートな熊本をお見せできると思います!


そんなこんなで、次回は妹ちゃんと金髪が絡むお話です。

二人がどんな化学反応を起こすのか、その目でおたしかめください!!!

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