第20話 ジャンボタコ焼きパン争奪戦 ~哀しみのその先へ~

 ジャンボタコ焼きパン争奪戦が始まった瞬間、二階から飛び降りた照山さん。

 窓から一斉に顔を出した男子たちが、「おおっ!!!」と声を出して唸る。

 風の勢いでカツラとスカートがめくれ、ツルピカな頭と大人っぽい漆黒のパンツが見えたからだ。

 ……恰好はあれだが、隠す素振りを一切見せないところが何となくカッコいいな。

 そんな照山さんはドンっと大地を揺るがしてグラウンドへ着地すると、すぐさま学食へと向かった。

 お昼時を告げる鐘の音がこだまするグラウンドを、太陽の光を頭に浴びた一筋の閃光ハゲが駆けていく。

 いきなり飛び降りたのにはびっくりしたが、これで圧倒的な差をつけたのは間違いないだろう。

「こらーっ!!! 窓から飛び降りるとは何ばしよっとかァ!!!」

 ……ついでに担任の聖澤ちゃんがカンカンに怒っているから、後で怒られるのも間違いないだろう。


『キャー! ハゲよォ!!!』

『ひィィィ! 近寄らないでェ!』


 グラウンドにいた女子生徒たちが、突如として現れた照山さんを見て悲鳴をあげている。……もはやゴキブリみたいな扱いになってんだな、あいつ。

 思わず泣きそうになる俺とは違い、照山さんは特に気にする様子もなく、以前俺を追いかけていた時に見せた忍者走りでグラウンド中央へと差し掛かったところで、


「――待ちなさい! 照山照美ィ!!!」


 ……もはやお約束といった感じで体操服姿の金髪ツインテールが現れ、両手を広げられる形で行き先をふさがれてしまった。そういやあいつ、体育の授業だったな。

 照山さんが立ち止まったことで、新旧の学園の女王が相対する。

貧乳フラットチェスト、そこをどきなさい。あなたに構っている暇はないの」

「答えはノーよ! もっと私を構いなさい! そしてもっと悔しい顔を見せて頂戴! それが私の生きがいなの……ってェ! 誰がフラットチェストじゃい!!!」

 バレーボールのような時間差でツッコミを入れるかまってちゃん。人の悔し顔を見るのが生きがいとは、……それこそ顔面レシーブを入れてもらって目を覚ましてもらいたいところだ。

 照山さんは短いため息をつくと、髪の境目がなくて分かりずらいけど、額に伝う汗を拭った。

「……なるほど。絶壁みたいな胸をしてるから、障壁みたいなウザキャラで通してるのね。ああ、やだやだ。どうせならウサキャラで通しなさい。金髪だからバニーガールが似合うわよきっと。……何かムカついたから、ダイナマイトで木っ端みじんに砕け散ればいいのに」

「ウザくないしムカついたからって同級生を木っ端みじんにするなァ! こっちはそういうところがムカつくのよ!」

「ムカつかれて大いに結構。それじゃ時間がないから無理やり通るわよ。無理を通して金髪ツインテを蹴っ飛ばすわよ」

 まるでどこぞののアニキみたいなことを言いながら構える照山さん。

 蹴っ飛ばすとは言ったが、どちらかといえばボクシングに近い構えである。

 それを見た三角はクスリと笑う。

「ふふっ、運動センスの塊とも言える私とやろうって言うのかしら? いいわよ。獅子は兎を狩るにも全力を尽くすというし、本気を出して吠え面をかかせてあげるわ」

 そう言うと三角は鶴のようなポーズをとった。……あれで本気だって言うからすげえよな。

 多くの生徒たちが固唾をのんで見守る中、西部劇のように両者の間に乾いた風が吹く。

「……そういえば直角三角形。最近、あなたクラスで私が構ってくれなくてさみしいとか言ってるらしいじゃない? ……もしかして、私のことが好きなの?」

「ば、ばばばば馬鹿じゃないっ⁉ あなたのことなんて好きなわけ――ッ⁉」

 言葉の途中だったが、顔を真っ赤にしている三角の懐に照山さんは飛び込むと、

「ふんっ!!!」

 体操服のズボンを一気に下までおろした!

「きゃああああああああ!!! ま、またこの展開ィィィィィィィィ⁉」

 下着を隠すようにうずくまる三角。

 ……可愛い鳩のマークがついたパンツとか、子供っぽい趣味してやがるぜ。

 そんなお子ちゃまな三角を上から見下すように、冷たい視線がむけられる。

「精神攻撃は基本よ。覚えときなさい、鳩パンツ」

「照山照美ィィィィィィィ!!!」

 めちゃくちゃ悔しそうな叫び声を置き去りにして駆け出す照山さん。

 ……うん、最低だなこいつ。


「――よくも我がマスターをやってくれたな!」


 突然叫んで、玄関から飛び出してくる男。

 それは本来の勝負相手、桃早先輩だった。

「貧相な身体には全く興味ないが、マスターを辱めた罪は重いぞ貴様!」

「私はあんたのマスターじゃないし、マスターのことを貧相な身体とか言うなァ!!!」

 涙目の三角マスターをスルーする形で照山さんを追いかける桃早先輩。

 みるみるうちに差が縮まっていく。……なるほど。どうやら校内ルートを使わなかったのは、陸上のシューズを履くためだったっぽいな。それに校内とは違って、人や障害物のないグラウンドの方が走りやすいと思ったのかもしれない。

 けど、たとえ靴が悪かろうが走る場所が悪かろうが問題ではなかっただろう。それくらいに速い。これが全国区の走りか。

 先行している照山さんがそれを見て露骨に嫌な表情を浮かべた。

「ちっ、かまってちゃんのせいで予定が狂ったわね。あの金髪、あとで十回泣かす」

「ハッハッハ! 泣くのはそっちの方じゃないかい! 窓から飛び込んだと聞いた時は冷や汗を流したが、どうやら勝利の女神は俺についているようだな!」

 ……お前の勝利の女神、グラウンドの真ん中で泣いてるけどな。そして泣かしたのお前だから。

 だけど、このままじゃ抜かれるのは時間の問題だ。グラウンドを抜ければ学食はすぐそこにあり、そこから挽回する機会はないに等しい。つまり、一度抜かれたら自力で劣る照山さんはかなりヤバいってことだ。

「この勝負もらったァ!」

「うるさいわね。もらうならこれをもらっときなさいっ!」

 隣り合った瞬間、照山さんが桃早先輩の顔面に拳を叩きこんだ!

「ぐっはァッ!!!」

 裏拳がクリーンヒットしたせいで、地べたを転がる桃早先輩。

 しかし、すぐに立ち上がってから再び走り出す!

「い、痛いっ! ……あ、ありがとうございます!」

「まだまだァ! オラオラオラオラッ!!!」

「ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございますぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 鼻血を出してボコボコに殴られているのにもかかわらず、桃早先輩の表情は慈愛に満ち溢れていた。

「くそっ! なんでアンタはそんなに嬉しそうなのよ!」

「我が流派はどM。どMにとって痛みとは、至上の幸福! つまり、痛みを受ければ受けるほど俺は強くなるのだ! ……もっとだ……ハァハァ……もっと俺を殴ってくれい!!!」

「ハァ……ハァ……こ、このサンドバック野郎が……ッ!」

 まずい、全力疾走した後に殴ったせいか、照山さんが疲れている。

 今までハゲを隠すため体育を休むなど、激しい運動してこなかったこともあってスタミナがないんだろう。

 ……殴ってる方がグロッキー状態になるってのもおかしい話だとは思うが。

 ちなみにもうグラウンドの端っこまで両者は来ている。つまりゴールはすぐそこってことだ。

「ハッハッハ! もはや為す術もないようだな! 殴れねぇハゲはただのハゲ! 分かったらそこをどけい!」

「まだよっ!」

 意を決した様子で照山さんが叫ぶと、開いた両手を額に置き、それを横にする構えをとった。


「――太陽拳っ!!!」


「うっ!」

 照山さんの頭から放たれた眩い光線が視界に飛び込んできて、桃早先輩がひるんだ。

 その隙を逃すまいと照山さんが飛び込み、タックルを仕掛ける。

「これでも食らいなさい!」

「甘いっ!」

 クルリとラグビーのように身体を回転させて、照山さんのタックルが躱されてしまった。

「ハハハハハ! 馬鹿め! 俺がひるんでる隙に走ればいいものを! これで俺の勝ちは確定だな!」

 食堂側に態勢を戻してからグラウンドを抜けようとする桃早先輩に、照山さんは告げる。

「――馬鹿はそっち。私はあなたにそちらへ行かせるために、わざとタックルを仕掛けたのよ」

「なにっ⁉」

 桃早先輩は振り返った先にいたモブとぶつかってしまった。

 先輩の表情が曇る。

 なぜなら、ぶつかったモブが、――クラスのモブこと俺が、桃早先輩の体を両手で拘束していたからだ。

「だ、誰だ君は⁉」

「あのハゲの友達です」

 そう、友達である俺は、こいつらが色々とやっている間に校内ルートを順調に進み追いついたのだ。

 ちなみに勝負の行方は校内の窓からずっと確認していた。……何やってんだあいつらって気持ちでずっと走ってたよ。

「ええい! モブごときが離したまえっ!」

「……俺の勝ちだなとか分かりやすいフラグを立てるから、こういうことになるんですよ」

 必死に抵抗する桃早先輩だが、離すわけがない。だって離したらアイスピックで刺されるんだもん。

 命がかかってるんだよこっちは!


「――よくやったわモブッチ。ほめてあげる」


 フラフラとくたびれた様子で追いついてきた照山さん。

 疲れてはいるもどこか満足した表情で、俺たちの脇をすり抜けていく。

「ま、待てッ! こんなの卑怯だぞ!」

「待つわけがないじゃない、どM野郎。たしかに勝負とは言ったけど、私とあなたの一騎打ちだなんて一言も言った覚えがないわよ。あとさっき、偉そうに為す術がないとかほざいてたけど、やり方っていうのは無限にあるものなのよ。あなたはそれを考えることを放棄し、自らの力におぼれて悦に入っていた。対して私はピンチだったけど、冷静にチャンスを待っていた。……忍耐とは、希望を待つ事と知りなさい」

「お前の希望はすでに枯れてるけどな」

 俺のツッコミを聞き流す形で学食の中へと入っていく照山さん。

 ……ふう。一時はどうなるかと思ったけど、これで負けることは回避されたな。

 照山さんにしては久々の勝利じゃないんだろうか。

 俺が、そんなフラグになるようなことを考えてしまったからだろうか。


「………………はあ」


 えらく落ち込んだ様子で学食から照山さんが出てきた。……ど、どうしたんだ?

「照山さん、落ち込んでいるようだけど何があったんだ? つうかなんで手ぶらなんだよ?」

「……売り切れてた」

「……は?」

「ジャンボタコ焼きパン売り切れてた」

「………………マジで?」

 ジャンボタコ焼きパンは一日一個限定の幻のメニュー。

 こんなによそ道をくらっていては、そりゃあ誰かに買われるって話だ。

 ヒュ~と春なのに冷たい風が吹き抜け、場が哀しみに包まれる。

 こうして勝負は引き分け、つまり無効となった。

 ……俺たちがやってきたことは一体なんだったんだ。


 ――だけど数日後、見かねた学食のお姉さんの恩情により、今まで一日一個だったジャンボタコ焼きパンは通常販売され量産されることになった。

 こうして俺たちの努力が水の泡となることも、ランチタイムに照山さんが泣くこともなくなったのだった……。

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