第19話 ジャンボタコ焼きパン争奪戦~直前~

 はい、というわけで次の日の学校。

 俺は教室で午前中最後の授業を受けていた。

 教壇では担任の聖澤ひじりさわちゃん(独身)が、先週合コンで男に逃げられた経緯を泣く泣く語っているところだ。

 ただし、その話に興味を持つものは少ない。

 なぜなら、授業が終わりに差し掛かるにつれ、皆の注目が窓際にいる照山さんの元へと集まっていたからだ。

 そう、先生以外はみな、照山さんと桃早先輩によるジャンボタコ焼きパン争奪戦のことを知っているのだ。

 元学園の女王とインターハイにも出場したことのある陸上部主将の互いのプライドを懸けた熱いバトル。

 血気盛んな若人たちには、うってつけの見世物であろう。

 勝負のルールは簡単。昼休みのチャイムを合図とし、それぞれがそれぞれの教室からスタートして、いち早く学食で売られているジャンボタコ焼きパンをゲットした方の勝ちである。

 桃早先輩がいる三年生の教室は校舎の三階。で、俺たちのいる教室が校舎の二階にある。

 階段が少ない分、照山さんが有利な勝負なのだが、校内一の脚力を誇る桃早先輩にとってはハンデとは言えないだろう。先輩は中距離ランナーだし、距離がある分、実力の差が浮き彫りになりやすいからな。

 ちなみに校舎から学食までは、校内を通るルートと運動場を横切る二つのルートがある。

 ちらりと校庭に目をやる。

 すると、三角のいるクラスが体育の授業を受けているのが見えた。

 ……どちらを選ぶのかは両者次第なのだが、俺だったら校内ルートの方を選ぶかなあ。

 恐らく運動場を横切るルートの方が距離は短いんだろうけど、靴などを履き替えるロスがある分、校内ルートの方がすんなり行けるはずだ。

 そんなことを考えているうちに、昼休みまで三分を切ってしまった。

 おそらく、酔っぱらった聖澤ちゃんが男をぶん殴ったという毎度おなじみのオチが付いたところで、勝負が開始されることだろう。

 俺の隣にいる照山さんが、ポキポキと首を鳴らしながら腕の筋を伸ばし始める。

 どうやら臨戦態勢に入っているようだ。

 ちなみに、どうしてこんな勝負をするんだって昨日俺が尋ねたら、


『飼い犬に舐められてたまるもんですか。それに、この勝負に勝つことで私がリア充に戻れるきっかけになるかもしれないでしょう? ……そう、ここから照山照子の伝説が始まるのよ――』


 ――との言葉が返ってきた。ほんとプライドが高い奴だぜ。

 でもまあどんなときでも前向きなのが、照山さんのいいところだけどな。

 ……ハゲを舐めたら何となく塩味がしそうだけど。


「――ねえ、モブッチ。モブッチったら。私の話を聞いてるの?」


 突然の声かけにドキッとしてしまう。

 見れば、照山さんがこちらを向いて話しかけていた。

「ご、ごめん、ボーっとしてた」

「もうっ、ご主人様が一世一代の勝負に挑もうとしているときに寝ぼけてるんじゃないわよ」

 目を覚ませとばかりに窓が開けられる。……別に照山さんのペットになったつもりはないのだが。

 思わずふてくされそうになるけれど、窓から入ってきた生暖かい風が、シルクのようにきめ細かな美しい髪の毛(カツラ)を揺らし、上品なバラの香りを俺の元へと届けてくれたことで心が癒されてしまう。

 ゲームやドラマの告白シーンのような、そんな雰囲気のある空気を醸し出しながら、照山さんはゆっくりと口を開く。


「……私、この戦いが終わったら、妹にハゲを告白するんだ」


「それもろ死亡フラグだから! 戦いの前に一番言っちゃいけないやつだから! あと身内がハゲを知らなかったことにびっくりだよ!」


 キーンコーンカーンコーン。


 ツッコミ終わったと同時に、勝負開始を告げる鐘の音がならされた。

 皆の目が一斉に照山さんの元へと向けられる。

 そこで照山さんが取った行動といえば、開いた窓に足をかけると、


「――ふんっ!!!」


 勢いよく二階から飛び降りた!!!

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