第18話 ハゲとどM

 翌日の昼休み。

 俺がいつものように教室から抜け出し、屋上でボッチ飯をしようとしていると、照山さんがぐったりしながら廊下を歩いているのが見えた。

「ど、どうしたんだ照山さん? 何か悪いものでも食べたのか?」

 思わず声をかけると、照山さんは虚ろな様子で。

「……残念、それが食べれなかったのよ。あぁ……愛しのジャンボタコ焼きパンがァ……私の生きがいがァ……」

「パンを生きがいにするなよ……ジャンボタコ焼きパンってたしか、学食で一日一食限定の超レアで知られる幻のパンだっけ?」

「そう。明石のタコや北海道産の小麦粉、さらに烏骨鶏の卵やイタリアから直輸入したチーズなどをふんだんに使い、春風のおっぱいみたいなバカでかい大きさに仕上げた、まさにスペシャルなジャンボタコ焼きパンよ」

「友達のおっぱいをたとえで使うんじゃない! ひこまろもビックリなたとえだよそれ! もっと言い方があっただろうが!」

 まあおっぱいソムリエの俺にとっては、とっても分かりやすいたとえなのだけれど。

 俺のツッコミをスルーする形で照山さんは肩を落とすと、

「ハァ~~~~~~~~~~~~」

 幸せはおろか運なども逃げていきそうな大きなため息を吐いた。

「……あぁ、タコ焼きパンを食べれなくて憂鬱だわ。……憂鬱すぎてまたハゲそうだわ。もうハゲてるけど……そういえば、涼宮ハルヒの憂鬱ってもうアニメ化しないのかしら?」

「憂鬱の奴がアニメ化の心配をするんじゃない。そこはファンのみんなが、もう半ば諦めているところだ」

「どうして諦められるの? ハルヒは色んな意味で伝説の作品じゃない。もしかして、みんな消失で満足してるのかしら? こっちはいい加減3期を待ちすぎて、制作会社を焼失させたいところなんだけど」

「やめろ! それ以上言ったら色んな意味でこっちが焼失しそうだから! 原作で我慢しろ!」

 それこそ中の人みたいに批判が殺到してネットが炎上してしまいそうだ。

 ……あの人の声、好きなんだけどなあ。

 名前を出しちゃいけないあの人みたいな感じで俺が思っていると、


「――あ、あの野郎ぅぅぅっ!!!」


 急に照山さんが壁をドンと叩いた!

 ど、どうしたんだ⁉ もしや中の人のことで怒っているのか⁉

 唐突な壁ドンもそうだが、親の仇を見るような目つきになっている照山さんの表情にビビっていると、鋭い視線を辿った先に、廊下でむしゃむしゃとむさぼるようにジャンボタコ焼きパンを食べる金髪少女――三角の姿が見えた。

「美味し~~~~~~~~っ! なにこれ超美味しいんだけど!!! フォアグラやキャビアの比じゃないわ! 庶民の学食にこんなものがあったなんて本当にビックリ! あぁ……すごく幸せを感じる! これを食べれない人がいるなんて可哀想なレベルだわ!」

 神様にあったかのように涙を流しながら感動している三角。

 多くの取り巻きに囲まれていて、どうやらこちらには気づいていない様子だ。

 対する照山さんはというと、キィー! と金切り声をあげながら悔しそうに頭をかいていた。

 ……おーい、カツラがズレてハゲ頭が半分見えてるぞー。

 でも知らないとはいえ、ナチュラルに照山さんを怒らせるとは、ほんと相性の悪い奴らである。

 ていうか、照山さんは本当にタコ焼きが好きなんだな。

 昨日も妹が買ってきたタコ焼きを幸せそうに食ってたし、アイスピックも常にタコ焼きを作れるように持ち歩いてるとか言ってたし。……職質されたら捕まりそうだな、こいつ。


 お嬢様らしからぬ、ガツガツと食らいつく三角の姿に、なんとなく俺もタコ焼きを食べたくなってきた。

 そのとき、三角の隣に立っている背の高い日焼けした男が、騎士のように膝をついた。

「ミス三角、お気に召しましたようで何よりです。太陽のような素敵なスマイルを頂き、まことにありがとうございます」

「お礼を言うのは私の方だわ! こんな美味しいものをわざわざ買ってきてくれてありがとう! 心から感謝してるんだからねッ!!!」

「ありがたき幸せ。……つきましては、わたくしめの頭を踏みつけてくれるとありがたいです」

 スッと土下座する態勢で頭を差し出す男。

 これに三角はほっぺたにソースを付けながら困惑した様子で。

「えっ、えっ⁉ どうしてそうなるのっ⁉ どちらかといえばあなたが恩人でしょ? お願いだから顔を上げてよ!」

「答えはノーです、女王様。どうかこの下僕めに、その大変綺麗なおみ足で思いっきりスタンピングしてください女王様ァ!!!」

「私、女王様じゃないんけどっ⁉ ……で、でもっ! なんか言われて悪い気分はしないわ!!!」

 言うと三角は、スラリとした白い脚を男の頭の上に乗せる。

「……あぁ! もっと! もっと強く踏みつけてください女王様!」

「いやいや! さすがにこれ以上は先輩相手だから罪悪感を感じるんですけど! 本当に大丈夫なの⁉」

「ご褒美だから大丈夫です!!!」

「馬鹿じゃないの⁉ あんた馬鹿じゃないの⁉」

 本気で気持ち悪いのか、涙目ながらも三角がグリグリグリグリと頭を踏みにじると、悦に浸った様子で男がビクンビクンと身体を震わせる。

「あっふぅ! 少し遠慮が感じられるけど、これはこれで気持ちうぃぃぃぃぃぃぃいいいぃぃぃ!!!」

「いやあああああああああああ!!! 幸せが一転して不幸だわあああああああああ!!!」

 ……お昼時に見たくない光景だな。

 俺は照山さんに話しかける。

「……あの変態って、たしか陸上部の主将だったっけ?」

「そう。韋堕天使いだてんし桃早ももはや。校内最速の脚力を持ち、校内最悪の性癖を持つ、学園に四人いるとされる京陵学園汚点王おてんおうの一人よ」

「四天王みたいに言うんじゃない」

 ……あんなのが他にもいるのかよ。三年生をあんなの呼ばわりするのはあれだけど、足の速いどMなんてあんなの扱いで十分である。

「つうか汚点王なんてこの学園にいたのか。汚点ならちゃんと消し去れよって話だぜ」

「同じ汚点が何を言う。先輩相手になかなか酷いこと言うのね、あなた。……ちなみに桃早先輩は、私の元ファンクラブの会員ナンバー1169であり、ついこの間まで貧乳あの女のポジションにいたのは私だったのよ。……Mの喜びをいちから教えたのは私だっていうのに……ほんと、飼い犬に手を噛まれた気分だわ」

「おいハゲ、全部てめえの仕業かよ。つうか先輩相手になんてことしてんだよ、てめえは」

 汚点を作った本人が目の前にいた。ほんとろくでもないハゲだな、こいつは。

 学園の女王ではなく、ただの悪女じゃねえか。

 ……いやまあ、どMを生み出しているという点では、女王で合っているかもしれないのだけど。

 早くも俺が友達をやめようか真剣に悩んでいると、


「おい、駄犬!!! こっちを見なさい!!!」


 照山さんが叫び、いちはやく桃早先輩が反応する。

「あなたが今までジャンボタコ焼きパンを貢いでいたのはこの私でしょうが! なにを勝手にご主人様を変えてんのよ! 言っとくけど、タコ焼きの恨みは怖いわよ!!!」

 誰も共感できないだろう恨みを買ってしまった桃早先輩は、露骨に眉間を釣り上げ土下座したままペッと廊下につばを吐いた。

「それはこっちのセリフだハゲェ! どの面さげてご主人様気取りしてんだよゴラァ! つうか先輩だぞ俺はあ!」

「どの面とか言う前に、そんな恰好で先輩面しないでほしいわね! でも、どうして私を裏切ったの? ハゲがばれたとはいえ、あなたを満足してあげられるのは私だけのはずよ!」

「いやいや、ハゲの時点で無理だろ! ハゲとかマジ生理的に無理だから! ベリーショートとかならなんとかイケたのに、なんで一本も生えてねえんだよ! 波平の方がマシってどういうレベルだよゴラァ! こっちは怒り心頭なんだよハゲファッカー!!!」

 中指を立てて怒りをあらわにする桃早先輩。

 ……あの人は、ハゲに親でも殺されたのだろうか。

 そんな地獄の業火のように燃えたぎる桃早先輩の怒りに対し、照山さんは冷静な様子で。

「……ふう、仕方ない。どうやら聞き分けのない駄犬には、教育が必要なようね」

「教育、だと? 今のお前に何が出来るというんだ?」

 この疑問に、照山さんは自信ありげに人差し指を突き付けながら答える。

「明日のジャンボタコ焼きパンを懸けて勝負よ。先にジャンボタコ焼きパンをゲットした方が、相手を好きにできる。それでいいわね?」

「……べつにいいけどよお、それで俺に何のメリットがあるんだよ? 価値どころか毛を無くしたお前に対して、俺は何も求めちゃいないぞ?」

 たしかに。学園一の俊足である桃早先輩にとっては余裕で勝てる勝負だが、忌み嫌う相手を好きにできたところで何のメリットもないわけだ。先ほどの怒り具合からして、関わりたくないというのが本音であろう。

 そんな俺の考えを一掃するように、照山さんはフッと鼻で笑った。

「これを見なさい」

「そ、それは――っ⁉」

 照山さんが胸の谷間から取り出したもの。

 それは、とてもきれいな女性が特攻服を着て、改造されたバイクの前で便所座りをする、いわゆる暴走族の記念写真みたいな一枚だった。

「これは、学園一怖いとされる給食のお姉さんの学生ヤンキー時代の写真よ。そしてこれを見せれば、給食のお姉さんにボコボコにされること間違いなしの一品よ」

「――その勝負、受けてたとう」

 いつの間にかこちらに来ていた桃早先輩が、真剣な表情で照山さんと熱い握手を交わしていた。

 ……なんだろう、この変な展開は。

 つうか、なんで照山さんはあんな写真を持っているのだろう。

 三角の時もそうだが、人の弱みを握る写真ばかり持っていやがる。

 別にカメラを持ち歩いているようなそぶりは、一度も見せちゃいないんだけどなあ。

 素朴な疑問を抱いていると、


「――て、照山照美ィ! この私を置いて話を進めるんじゃないわよお!!! バカバカバカァ!!!」


 顔を真っ赤に涙目で叫ぶ三角。

 ……こいつの存在、完全に忘れてた。

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