第17話 ハゲからの依頼

 妹と家に帰ったら、なぜか制服姿の照山さんが玄関から出て来た。

 俺は妹を守るようにして前へ出る。

「どうして照山さんがうちにいるんだ? つうか、どうやって中に入ったんだよ」

「どうって、植木鉢の下に鍵があったからそれで入ったのよ。そこに山があるから登る。そこに鍵があったから入る。つまりそういうことよ」

「そういうこともなにも、それ泥棒の理論だから! つうかなにナチュラルに人んちに無断で入ってるんだよ! さっき妹も同じような事言ってたけど、同じ山でもお前の場合は事件のヤマの方だよ!」

「妹? 奇遇ね。私も妹がいるのよ」

 妹というワードに反応したのか、覗くようにして俺の後ろに目をやる照山さん。

 背後に隠れていた妹が恐る恐る顔を出してくる。

「……こ、こんにちわだぞい」

「残念。私の妹の方が千倍はかわいいわね。それに今は午後六時だから、こんにちわではなくこんばんわよ。分かったら今すぐこの場から去りなさい」

「せっかく帰ってきたのにグッバイしたくはないぞい! ここが妹の家なんだぞい!」

 どこか緊張した様子で言うと、それを聞いた照山さんがやれやれと首を振る。

「はあ……空気の読めない子ね。よく聞きなさい、ぞいむすめ。私はモブッチ……じゃなくて、お兄さんと大事な話があるの。だから、あなたは少し席を外して欲しいと言っているの。……そうね、ついでに近所のスーパーでたこ焼きを買ってきて頂戴。はい、百円」

「人の妹をパシリに使うな! 不法侵入といい勝手すぎるだろ! さっさと帰れ!」

「嫌よ。大事な話があるって言ってるじゃない」

 照山さんは胸の谷間に手を突っ込むと、そこから見覚えのある冊子を取り出してくる。

 そしてその冊子が開かれると、

「盗撮とは、なかなかいい趣味してるじゃない」

 それは、この間の水泳対決で俺が撮った写真集だった。

 俺は妹の目を両手で押さえてから言う。

「照山さん、お話をしましょうか」



「――コーヒーでよかったか?」

「ありがとう。あっ、砂糖とミルクアリアリでお願いするわ」

 アリアリとかどこのオッサンだよ。

 俺は沸かしたコーヒーをカップに注ぐ。

 俺は照山さんを迎え入れ(実際は迎え入れられたのだが)、リビングにきていた。

 件の照山さんはというと、テーブルに座り、ハンカチでアイスピックを磨いている。

 ……こええよ。一体何を始める気だ、あのハゲ女は。

 妹は照山さんに言われたとおり、スーパーへ買い物に行った。

 行かなくていいと言ったのだが、どうも照山さんが苦手らしく、自ら進んで家を出ていったのだ。

 あいつに虫以外の苦手なものがあったとは意外である。

 まあ犯罪者と言ってもいい頭のおかしな女と妹を一緒にしたくないから、これでよかったかもしれない。

 俺は出来たコーヒーを照山さんの前に置く。

「で、何の用だよ? 来たからには何か理由があるんだろう?」

「そうね。まあ理由はアリアリよ。アリアリアリアリアリーデヴェルチよ」

「それさよならしてるじゃねえか!」

 どこのチャックマンだ。開けるのは胸の谷間だけにしとけよ。

 そう言葉にすれば口に穴が空きそうなので、俺は黙って照山さんの正面に座る。

「ふん、つれない男ね。女の子からふった話題には素直に釣られときなさいよ」

「不法侵入者が何を言う。話しをするにしてもだな、ちょっとは相手の気持ちも考えてくれ。相手を思いやる気持ちが大事だろう?」

「ふん、私は思いやりなんかより、重い槍をあなたに刺したいわね」

「おおっと、ガンジーが助走をつけて殴るレベルの発言きた。とりあえず、俺に向けてるそのアイスピックをしまってくれないか」

 胸の谷間にアイスピックをしまい込む照山さん。

 いくら巨乳とはいえ、四次元ポケットみたいな使い方をするんじゃない。

 しまいなおすと、照山さんは仕切り直すように息を吐く。

 そして、偽物だが美しい黒い髪の毛をかき上げながら。

「……話しがそれたわね。今日はあなたに依頼をしに来たの」

「依頼だと?」

 依頼とはなんだろう。……もしや。

「……三角を殺害する依頼とかなら俺はやらないぞ。俺はゴルゴ13になったつもりはないんだ」

「なに勘違いしてるのよ。この私がそんな物騒なことするわけないじゃない。馬鹿なの?」

「さっきまでアイスピックを向けてた奴が何を言う」

 俺はコーヒーを一口含んでから。

「……で、依頼ってなんだよ?」

 言うと照山さんは、なぜか顔を赤らめて恥ずかしそうに言葉を詰まらせる。

「私と……とも……ともっ……うぅ……っ」

「とも?」

「ともだ……ともだ……っ!」

 あと一言が出てこない感じだが……もしかして、友達と言おうとしてるのだろうか?

 ナイスなボディーがプルプルと震えている。

 よく見れば目はちょっと涙目になっている。

 ……こんな照山さんを見たことがないな。

「落ち着け。まずは深呼吸するんだ」

 言われた通り、照山さんは大きく深呼吸すると。


「…………私と、ともだちんこになってほしいの」


「なんでそうなった!? 普通に友達って言えよ!」

「は、恥ずかしかったのよ! 高校生にもなって友達がほしいなんて言うのは!」

「ともだちんこの方がどう考えても恥ずかしいだろ! お前の倫理観、反面教師として教科書に載るレベルだよ!」

「相変わらずツッコミの激しい男ね。……やっぱり友達になるのはやめといた方がいいかしら」

「友達になるかどうかをツッコミで判断するな。今の場合はツッコまなかった方がヤバいだろ。……別に友達になるのはいいんだけど、どうしてそんなことを言いだしたんだ?」

「私だってあなたみたいなモブと友達になるなんて、道ばたのガムを食べるくらいに嫌なことだわ。でも……でもっ! もうクラスで浮くのは嫌なの! 一人余って先生と組むとか、一人でお弁当を食べるのとかもう堪えられないの!!!」

「友達となろうとしている奴のことを道ばたのガム扱いするんじゃない!」

 ……でもまあ言いたいことは分かった。

 つまり、照山さんはクラスで一人ぼっちになって寂しいんだろう。

「……でもお前、友達いっぱいいたんじゃないのか? 前にリア充力が高いとか言ってただろ?」

「リア充力、ね。……ふっ、見なさい」

 虚ろな笑みを浮かべると、スマホを取り出してきた。

 そこに表示されていたのはラインズのアプリで。

「……おい、なんでラインズの友だち登録数が6人になってるんだよ。一万以上いた奴らはどこに行った?」

「こっちが聞きたいわよ。……ハゲがばれたあの日から、みるみるうちに少なくなっていってこの有様よ。タイムラインが全く動かなくてもう泣きそうだわ。6人とか、これ以下の人はよく生きていけるわね」

「おい、遠回しに5人の俺をディスるんじゃない。あとアプリくらいで泣くんじゃないよ」

 やたらとSNSでフォロー数とかリツイートとか気にする人がいるけど、しょせんアプリなのだ。

 辛い思いをするならやめればいい話だし、それでどうにかなるわけじゃない。

 いくらネットが普及したとは言っても、ネットがなければ生きられないってことでは決して無いはずだ。

 むしろ、現代人はネットに依存しすぎだと思う。

 ……まあ友達が少ない俺が言うのもなんだけど。

 照山さんはコーヒーを飲みほし、カップの底を見せながら言う。

「冗談ではなく、今の私は人生のどん底にいるの。だから、モブの手も借りたいの」

「猫の手みたいに言うんじゃない。人の力を借りたいならもっと誠意を見せろ。……で、俺は具体的にどうすればいいんだ? 普通に友達として接すればいいのか?」

「そうね。下僕として接してくれると助かるわ」

「俺が助かってないし、扱いがモブ以下になっちゃってるよ!」

「私だって、今まで勝手に人が集まっていたから、こういう時どうすればいいのか分からないの。言えば何でもしてくれたし、黙っていても向こうから声を掛けてきてくれたし……」

「……なるほど。つまり、友達の作り方が分からないって事か」

 たしかに今までの照山さんは、みんなから慕われ、尊敬され、何一つ不自由することなく生きてきた。

 それが一転、ハゲがばれてしまい、家の中でぬくぬくと飼われていた動物が突然サバンナに放り出された状態になってしまった。

 とてもじゃないが生きていけない。野性で生きるすべを知らないのだから。

 ……恵まれすぎて過ごしてきた代償って訳だな。

 だからこそ、俺に助けを求めてきたわけだが。

「そう、つまり私の依頼は、私をリア充に戻してほしいってこと。その第一歩として、私はあなたと友達になりたいのよ」

 リア充、ねえ……。

 とてもじゃないがリア充とは言えないインドアな生活を送っている俺に頼むのもなんだとは思うが。

 多分、唯一の友達と言える春風は違うクラスだし、他に選択肢はないって状況なんだろう。

 ……女子はおろか男子からも総スカンを食らってるし。

 誰も絡みたくはないんだろう。触らぬ神に祟りなしってやつだ。まあ髪は無いのだが。

 けど、俺は友達になろうと言われて断るほど無粋な奴ではない。

「分かった。リア充に戻れるかどうかは置いといて、まずは友達になろうか」

「いいの? 言っておいてなんだけど、私と一緒にいればあなたもハブられるかもしれないわよ」

「別にいいよ。そんなことよりも、ここでお前を見捨てる方が俺にとっては嫌なことなんだよ」

「……あなた、見た目はモブのくせに主人公みたいなことを言うのね」

「そりゃどうも」

 モブと言われようが、人にどう思われようがどうでもいい。

 たった一度の人生、自分が正しいと思う道を生きたい。

 それがどんな結果であれ、自分が決めたのであれば後悔はない。

 人生という物語の主人公は、自分自身なのだ。

 俺は立ち上がり、照山さんに手を差し出す。

「それじゃあ、よろしく」

「……こちらこそよろしくお願いするわ」

 以前、よろしく命令するわとか言ってたときのことを思い出した。

 こいつもあの時に比べたら少しは成長したのだろうか。

 思わず微笑みながら俺は握手を交わす。


 こうして、俺と照山さんは友達になった。

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