第16話 妹との帰り道
学校が終わり、その帰り道。まばゆい夕日が目にちらついてくる。
人生上手くいかないものだ。本当は江尻君とバブみについてディスカッションを交わす予定だったのだが、まさか実の妹が学校に乗り込んできて、爆弾に見せかけた打ち上げ花火で同級生を脅すとは思わなんだな。
一歩間違えれば警察沙汰。もう一歩進んだら地獄の沙汰を受けそうな状況に、そうはさせまいと俺が方々に謝りを入れていたせいで、こんな時間までかかってしまった。
元凶である妹はというと、俺の隣で鼻歌交じりにローラースケートでクルクルとコマのように滑ってやがる。
「ぞ~い♪ ぞ~い♪ ぞい↑ ぞい↓ ぞい↑」
「……人が謝りまくって疲れてるってのに呑気な奴だな」
「にゃはは! 妹は兄やんといるだけで楽しいんだぞい! 兄やんは疲れてるのか?」
「そうだな。兄やんは今、人生に疲れているよ」
するとここで突然、妹は俺の正面に立つと、腰付近に両手を持っていきながら、両手首を合わせて開いた手を体の前方に構え、
「ぞーいぞーい
「…………ふざけてんの、おまえ?」
「違うぞい! これはぞいぞい波(仮)だぞい!」
「いやだから何だよそのぞいぞい波(仮)ってやつは⁉︎ そもそも技に仮とかないだろ⁉」
「兄やん、ぞいぞい波を知らないのか? ならば、妹が説明しよう!」
妹はそこそこある胸をポンと叩くと。
「説明しよう! ぞいぞい波とは! 人間の体内にある『ぞい』の波動を一点に集めて放つ必殺技のこと! ちなみに仮じゃない本物を使った者は爆発して死ぬから気を付けるんだぞい!」
「途中までかめはめ波のパクリと思ってたけど、ただのメガンテじゃねえかそれ! 気を付けるどころか棺桶の中で気を付け状態になっちまうよ! あと兄が疲れているときにそんな技を放つんじゃない!!!」
妹は自信ありげに指をふる。
「ちっちっち!
「お前女じゃねえか。あと、そのカッコいい技のレジェンドたちと知名度がゼロに近い意味不明な技を並べるな。キング妹発言といい、お前は少しおこがましいんだよ。あとお前は女なんだから、どっちかといえばプリキュアの技とかを真似しなさい」
「失礼な! ドラゴンボールとプリキュアは同じ日曜朝枠だぞい!」
「誰も放送時間の話はしてねえ!」
ちっくしょう、頭が痛くなってきた。こいつの夜飯、プリキュアふりかけだけにしてやろうか。
もちろん、ご飯は絶対に出さないぜ。薬のようにふりかけを飲み込むがいい。喉をからっからに渇かせてやる。その前で俺はプリキュアカレーを食べてやる。
そんな陰湿なことを考えていると、プリキュア5派の妹が近所にある公園の方を指さした。
「兄やん、あれを見るぞい」
……なんだなんだ?
見れば、幼稚園くらいの幼い男女が公園に集まっている。ラジオ体操のように隊列を整えているようだが、どうしたんだろう?
すると、子供たちは動きを合わせるようにして、先ほど妹がしたように両手を後ろに構えると、
「「「ぞーいぞーい波ァ!」」」
……ぞいぞい波を放つポーズをした。
呆れる俺を置いて、妹は片手を上げて子供たちへ声をかける。
「ヘイ! ボーイ&ガールズ! 今日も精が出ているようだな!」
「あっ、ボス! おつかれさまです!」
「みんなでぞいぞい波の練習をしてました!」
「結構結構こけこっこー! ぞいの道は1日してならず。一日でも早く本当のぞいぞい波が打てるように頑張るんだぞい!」
「はいっ! ……じゃなくて、ぞいっ!」
ビシッと妹に敬礼する子供たち。
俺はたまらず尋ねる。
「……あれ、お前の友だちか?」
「ぞい! あの子たちが野良犬に襲われていたところを助けたら、妹に懐いたんだぞい! そして今や立派な妹軍団の一員になった! どうだ兄やん! 妹がキング妹になる日は近いぞい!!!」
妹軍団って、こいつは世界征服でもする気でいるのだろうか?
そんな俺の心配をよそに、目をキラキラさせながら妹を見つめる子供たち。
……可哀想に。助けられたのはいいが、野良犬ならぬ自由奔放な野良妹に目を付けられたってわけだ。
悪い影響がないことを祈ろう。……もう手遅れかもしれないが。
俺はため息交じりに言葉を吐く。
「……妹よ、お前は何でそんなに馬鹿なんだ?」
「兄やんの妹だからっ!!!」
「まさかの即答カウンター⁉︎ なんでも兄やんのせいにするんじゃありません!!!」
妹が子供たちとバイバイしてから再び家路につく。
「ところで、なんで三角を襲おうと思ったんだ? いじめっ子とかなんとか言ってたけど」
「うーん、妹はあの三角って人が京陵学園を支配する極悪ないじめっ子だって聞いたんだぞい。だから妹は、PTAに代わってお仕置きをしようとしたんだぞい」
「なにセーラームーンみたいなことを言ってるんだよ。お仕置き受けたのは自分自身じゃねえか。あと三角は
そう、三角は普段誰に対しても優しいし、多くの人から慕われている評判のいい奴だ。
異常なのは大抵照山さん絡みの時だけ。
ある意味、照山さんに人生を狂わされた一人と言えよう。
「……で、実際に会ってみてどうだったんだ?」
「金持ちオーラを全身から出してる高飛車なツンデレお嬢様」
「……正直でよろしい。でも、あんまり決めつけるのもよくないぞ」
説教じみた言い方に、妹は少し悔しそうに。
「でもでも、妹はキングデーモンの再来を未然に防ごうとしただけだぞい!」
「……キングデーモンだと?」
なんでそんな昔の話が出てくるんだ?
俺の疑問に、妹は熱がこもった様子で言葉を吐く。
「ほら、キングデーモンってこの町一番のいじめっ子だったでしょ? あの時の悲劇を再び起こさせないために、妹はいじめを根絶させると誓っているんだぞい! いじめよくない! ノーイジメ、ノーライフの精神だぞい!!!」
「それいじめを称賛してることになってるから! ……でもたしかに、キングデーモンにはお前が一番やられてたもんなあ」
キングデーモン。
昔、俺と妹がこの町から引っ越す前の頃、鬼畜な所業でこの町の子供たちを恐れさせていた稀代のいじめっ子。
帽子を深くかぶり、キングデーモンというゲームキャラクターのお面を常にかぶっていたことから、『キングデーモン』というあだ名が付けられた。正体不明の子供。
そしてそのあだ名の通り、男の子たちの金的を容赦なく狙い、女の子たちの髪をむしり取り、8月30日に子供たちの夏休みの宿題を燃やすなど、やることなすこと悪魔じみた暴虐さを誇っていた。
特に妹は執拗に狙われていたようで、家の前に妹が大嫌いな
そんな妹は決心した様子でかたく拳を握りしめる。
「いじめは本当に恐ろしいぞい。……けど、怖ろしいからこそ妹は立ち向かうんだぞい! でかい山ほど登った時の光景が綺麗なんだ! そして登るのはそこに山があるから! いじめと戦うのに理由なんていらない! そうだろ兄やん!」
「お前の場合は途中で遭難しそうだけどな……」
そんなわけで妹と熱く語り合っている間に、家についた。
鍵を取り出そうとポケットをまさぐっていると、なぜかガチャッと玄関が開く。
「――おかえりなさい。遅かったじゃない」
……なんで家の中に照山さんがいるんだよ。
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