第15話 お弁当にワカメのおかずが入っていると、何となくテンションが下がる。

 水泳対決、通称照山ハゲ事変から数日が過ぎたある日のこと。


「うおおおおおおーッ!!! なんじゃこりゃぁあ!!! なんで俺のふで箱がワカメまみれになってんだァ⁉」


 突然、学校の休み時間の教室で悲鳴が上がった。

 見れば悲鳴を上げた男子生徒のふで箱の中には、なぜかワカメがぎっしりと詰められていた。

 ワカメ……だと?

 俺含め生徒たちの目が、クラスの隅っこにいるハゲの方へと一斉に向けられる。

 件の照山さんは窓際の席、無数のてるてる坊主が吊るされた照山シャイニングゾーンでムシャムシャとおつまみ茎ワカメを食べながら。

「……何かしら? 言っておくけど、私は何もやってないわよ? 変な疑いはやめてほしいわね。……ごくごく……――ぷはーっ! やっぱり茎ワカメにスプライトは最高ね!!!」

 どこのおっさんだよ。つうか休み時間に缶ジュース片手におつまみ茎ワカメを食うんじゃねえ。一応、華の女子高生だろ、お前は。

「華じゃなくて、ハゲの女子高生なんだけどね」

「勝手に人の思考を読むな! そして開き直るな!!!」

 しまった。隣の席にいることもあり、ついツッコんでしまった。

「開き直るわよ。だってハゲよ? 女子高生アイドル、女子高生バンド、機関銃ぶっ放す女子高生ヤクザ、……幾多の経済効果を生み出してきた女子高生ブランドとはいえ、さすがに女子高生ハゲとか無理よ。マネーを生み出すことなんてできないのよ!!!」

「なんで経済目線で女子高生を語ってるんだよ! 開き直るならもっとポジティブに開き直れ! あとあのワカメお前の仕業だろ!」

 問い詰めるも、ぷいっと顔をそらす照山さん。

 このやろう……怪しいのは確かだが、証拠がないのも確か。

 疑念が大いに残るも、証拠不十分でこの件はスルーされようとしていたのだが……。


「キャーッ!!! なんで香水が育毛スプレーになってるのよお!!!」


「ス、スマホの待ち受けが杉田玄白に変えられてるだと⁉」


「ちっくしょお! 誰だァ! 俺の机にアデランスのチラシを詰め込んだのはァ!!!」


 教室のところどころで悲鳴や怒声が上がりはじめた。

 パニック状態でも分かるのが、事件に共通するのは全てハゲに関するものってこと。

 で、被害者に共通するのはみな、照山さんの悪口を言っていた奴らだ。

 ……これもう犯人は決まったようなもんだろ。 

 俺と同じ結論に至ったのか、被害者たちはみなふざけるなと言った様子で、照山さんの元へと詰め寄っていく。

「おいハゲ! これ全部お前の仕業だろ! ふざけんな!」

「そうよそうよ! こんなたちの悪いイタズラやめてよね!」

「こんにゃろう! てるてる坊主をぶん投げてやろうか!」

 てるてる坊主で脅すという斬新な切り口に対し、照山さんはどこ吹く風と言った様子で。

「有象無象がうるさいわね」

 スッと立ち上がると、順番に被害者たちを指さしていく。


「――私がビルゲイツなら、あなたはのび太」

「はあっ⁉」


「――私が手塚治虫なら、あなたはぼんちおさむ」

「ぼ、ぼんちおさむ⁉」


「――私がマイケル・ジャクソンなら、あなたは踊ってみたの人」

「踊ってみたとか何言ってんのアンタ⁉」


 照山さんはやれやれと首を横に振る。

「わからないの? あなたたちはみな、一人じゃ何もできない有象無象ってことよ。人の悪口をみんなで言い、自分が嫌なことをされたらみんなで文句を言う。ナンバーワンよりオンリーワンとか言っておきながら、群れから外れる者を徹底的にたたく有象無象が。いっそのこと、みんなで仲良くスキンヘッドにしたらどうかしら?」

「何言ってやがる! ハゲ山のくせに!」

「その呼び方やめてくれる? ストレスで髪が抜けるの」

「抜ける髪がねえじゃねえか、お前!」

 かなり険悪な雰囲気。今にも殴り合いが始まりそうだ。

「抜ける髪がない? ……いいわ。抜ける髪がないことの恐ろしさをあなたにも教えてあげる」

 そう言うと机の中から、……バリカンを取り出そうとしてやがる。

「バカ、もうやめとけって」

 俺は軽い感じで言いながら、スパンと照山さんの頭をひっ叩く。

 照山さんは手で頭を押さえながら、ギロリと俺を睨みつけてくる。

「……痛いわねモブッチ。いきなり何するのよ。おかげでカツラがズレたじゃない」

「馬鹿野郎。ズレてるのはカツラじゃなくてお前の常識だろうが。いい加減にしろよ。いくらやられたからって、ほかの奴らにイタズラしていい理由になるわけないだろ。お前、頭いいんだからそれくらいわかれよ」

 俺は仲介に入る形で立ち上がると、被害者たちにも告げる。

「おまえらもやりすぎだ。たしかに照山さんは悪いことをしたかもしれない。けど、お前らも陰口叩いたり、わざと窓際にてるてる坊主を飾ったりしただろう? お互いさまだ」

 被害者たちが黙り込む。

 よしよし。どちらも同じ人間。話し合えばわかるのだ。

 とか思っていると、被害者の男子生徒が不思議そうな顔で俺を指さし。

「……お前、誰だっけ?」

「まさかの名前をおぼえられていないパターンだと⁉ その悲しい事実が心にグサッと突き刺さったよ! 俺の名前は――」


「――そこまでよ! 照山照美!」


 俺の言葉を遮る形でバンと音を立てて教室のドアから現れたのは金髪碧眼の少女。……隣のクラスの三角だった。

 ……まーためんどくさいやつが出てきやがったな。

「聞いたわよ! あなた、私に負けた腹いせにクラスメイトへ嫌がらせをしているらしいじゃない! ふっふっふ! そんなこと、たとえ天が許そうとこの三角・ドアフォード・リリィが許さないわよ!」

 場の空気を読まずにズカズカと教室に入ってくる三角。

 照山さんのことをさん付けしなくなっていることから、以前はそれなりに敬意を払っていたことが分かる。

 あんなに忌み嫌っていたのに……変なところで真面目な奴だ。

 真面目でめんどくさい、たちの悪いタイプだともいえるけど。

 対するうちのクラスで一番たちの悪い奴はというと、憎たらしく笑いながら。

「随分と嬉しそうね、直角三角形。最近、私が構わなかったから寂しかったのかしら? 可哀想に。使われなくなった文房具って大抵ほこり被るものよね」

「直角三角形言うな! それに私はほこりなんか被っていない! 私は誇り高い三角家の長女よ!」

「キーキーキーキー猿みたいにうるさい文房具だこと。……そんなに私のいなくなった猿山のてっぺんが気に入ったのかしら?」

 これに三角はフフンと得意げに金髪のツインテールをかきあげた。

「お猿さんじゃないけど最高ね。けどそんなことより、あなたに勝って土下座させた。そのことが何より幸せよ! もうこれだけでご飯三杯、いえ人生三回分は生きていけるわ!」

「お前の人生、安っぽいな! 一番安売りしちゃいけないもんだよそれ!」

 またもや反射的にツッコんでしまうと場に水を差してしまったようで、両者が丸い目で俺を見つめてきた。

 ……最悪だ。横暴なボケは見逃せないたちとはいえ、めんどくさいことに首を突っ込んでしまった。

 どうやってこの場をやり過ごそうか考えていると、三角はキョトンとした表情で。

「……あなた、誰?」

「またそのパターンかよ! もういいよ! 俺の名前は――」

「――モブッチよ」

「だーれがモブッチじゃい! このハゲいい加減にしろ!」


「――三角! こんなところにいたのか!」


 自己紹介くらいさせてくれと言おうとしたところで勢いよく教室のドアが開き、そこに立っていたのは生活指導の五里山ごりやま先生だった。

「五理山先生、どうしたのですか?」

「どうしたもこうしたもない! お前に会いに来たという女子中学生が校門のところで暴れているんだ!」

「ええっ⁉」

 みなが一斉に校門の方を窓越しに見る。

 するとそこには、見覚えのある少女が手に爆弾のようなものをもって、学校の先生たちに取り押さえられている姿が見えた。

 あれは……もしや……。

 嫌な予感がしながら窓を開けると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。


『親友のお姉ちゃんをイジメる三角ドアホーのリリィって奴はいるかァ!  天に代わってこの妹さまがァ! 爆発的なお仕置きしに来たぞおおおおおおい!!!』


 俺はすぐさま現場へと急行すると、

「あっ、兄やん! 助けに来てくれたのか!!!」

「そおおおおおおおい!!!」

 血の繋がった可愛い妹の首めがけて延髄切りを放った!



――――――――――あとがき――――――――――

主人公が絡んできて、キャラが回りはじめる大事な回です。

ちなみに前回のSSを見ておくと妹が乱入してくる経緯が分かりますので、ぜひ読まれることをお勧めします。

あと、ひとつ訂正があります。

第9話で三角が主人公や照山さんと同じクラスと書いてありましたが、違うクラスだったことを思い出して訂正しました。

すいません。最近、抜け毛と同じように記憶も抜けやすくなりました。

魂と気だけは抜かないように頑張りたいです。

それではまた次回。

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