第7話 ハゲ、つぶやかれる。
「ごめんなさい。人違いです。さようなら」
声をかけてきた照山さんから逃げようとしたが、ガッと後ろから肩を掴まれてしまう。
「待ちなさい。なにガン無視スルー決めてるの? 冗談は存在だけにしときなさい。……あっ、もしかして、スクールカーストの頂点に位置する私と話すのが恥ずかしいの? 大丈夫。今日だけは自分に素直になっていいのよ。だって、私とあなたの仲じゃない。ねえモブッチ?」
「恥ずかしがってないし、お前の存在自体が一番の冗談だよ! あとモブッチって誰だ!」
「モブ&ボッチ、親しみを込めてモブッチよ」
「親しみを込めてる奴がそんなあだ名つけるか! どっちかといえば皮肉を込めてるだろそれ!」
「さすがモブッチ。朝からナイスなツッコミかましてくれるじゃない」
ニヤリと勝ち誇った様子の照山さん。気づけば周りから注目の的になっている。
しまった。つい絡んでしまった。これでは逃げられない。
陰からおっぱいを眺めていたい派の俺は、うんざりしながら照山さんを見る。
当たり前だが制服姿でカツラをつけている、ハゲだけどハゲじゃない学園の女王と呼ばれる照山さんだ。
つうか昨日、あれだけ関わるなと言ってたくせに、自分からそれを破るとは何事だ?
『キャー! 照山さんよーっ!』
周りにいた女子生徒から黄色い歓声が上がる。
なるほど。さっきからみんながこっちを見ていたのは、照山さんが後ろにいたせいか。
俺には向けられたことのない上品な笑顔で観衆に手を振り応えるその姿は、さながらレッドカーペットを歩く女優のよう。その見事な演技力はアカデミー賞レベルと言いたくなるが、ハゲを隠すというくだらない理由からしてゴールデンラズベリー賞の方がピッタリだろう。
……でもなあ、一部の観衆が不審な目をこちらに向けながらひそひそ話をしているのは気のせいだろうか?
もしかしたら、俺が照山さんと話しているのが気に食わないのかもしれない。町の人気者だからな。
若干ひいてる俺とは違い、いつもと変わらない感じで春風が片手を上げて挨拶してくる。
「照子ちゃん、おはようばーい」
「おはよう。春風。元気そうでなにより」
「知り合いなのか?」
「うん、照子ちゃんとは同じ中学校で、去年まで同じクラスだったんだよ~」
へー、そうなのか。春風と照山さんが繋がっているとは知らなかったな。
「ふふ、まさか春風にこんなモブ……じゃなくて、男の友達がいたなんてびっくりだわ」
「おい、今モブって言っただろ」
「言ってない。言ったとしてもモップみたいな頭をしていると言ったのよ」
「どっちも悪口! 朝からテンション下がるようなこと言わないで!」
「こら~、仲良くせんといかんば~い」
春風がレフェリーのように手を広げながら間に割って入ってくる。
「でも、照子ちゃん珍しかね。いつもたくさんの人たちに取り囲まれて登校しとるのに、今日は一人たいね」
「そうね。今日は珍しく誰も出迎えに来なかったの。こんなことは去年、間違えて夏休み中の学校に一日早く登校してしまったとき以来ね。もしかして、こっそりサプライズパーティーでも計画しているのかしら?」
「珍しいも何も誰かが出迎えに来ること自体普通じゃないし、高校生にもなって登校日を間違えたことが一番のサプライズだよ!」
「ええ。一番のサンライズと言ったら、ガンダムではなくコードギアスよね」
「話が唐突すぎる! 炎上しそうな比較はやめて! つうかどうしてそうなった!」
「ほら、サプライズとサンライズって一文字違いで似てるじゃない。同じように、ガンダムとジャン=クロード・ヴァン・ダムも似てるわよね」
「全然同じじゃないから! 一文字どころか十文字以上違うから! つうかジャンクロードガンダムってジャンク色が強すぎてスパロボで自爆とか使ってきそう!」
昨日のダイ・ハードといい版権とか気にせず言いたいことを口にする、版権界のストリートファイターみたいなやつだ。まあジャン=クロード・ヴァン・ダムの主演作もストリートファイターなんだが。
リュウではなく春麗のようなスタイルをくねらせ、モジモジしながら照山さんは。
「でも、本当に誰も来ないなんて珍しいの。今朝は寂しすぎて泣きそうになったわ。本当にどうしたの? あなたが何かやったんじゃないの?」
「さみしがり屋のウサギか! 俺は何もしちゃいないよ!」
なるほど。俺が何かしたと思って話しかけてきたわけか。
でもたしかに、照山さんが一人でいることは珍しい。
いつもなら多くの取り巻きを引き連れ、大名行列ならぬ照山行列を作っているはずだが……。
『――ハゲ』
声のした方に照山さんがバッと振り返る。
視線の先には、スマホを開きながらこちらを見ている同じ学校の女の子たちがいた。
「あなたたち、今なんて言った?」
気が付けば照山さんはその集団へと突っかかっていた。瞬間移動かよ。
慌てた様子で女学生はスマホを体の後ろに隠す。
「べ、別になんでもないですよ!」
「そう。それじゃあ隠したスマホを見せなさい」
「い、嫌ですっ!」
「いいから!」
無理やりスマホを奪い取ると、
「――っ⁉」
ビックリした様子でスマホを眺める照山さん。
どうしたんだろう? あんまりやりすぎると本性がばれてしまうぞ?
俺の心配をよそに照山さんは女学生にスマホを返し、
「お、おい待てよ!」
病弱設定など気にせずに学校の方へと駆け出した。
俺は急いで追いかける。
いったい何があったんだ?
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