第4話 最低最悪の男

「――……むかーしむかし、私がまだ幼い頃、」

 キラキラと天井の照明にハゲ頭を輝かせながら、照山さんが独白を続けていた。

「私には好きな人がいたの。その人はこの町の人気者で、近所の子供たちの中でもとびきり輝いていたわ。そんなカッコいい彼をゲットしようと違う学校だった私は、校門裏で待ち伏せしたり、バレンタインにチョコを渡そうとしたり、猛烈なラブアタックをかましまくっていたわ。でも、何かと邪魔が入って成功しなかった。人気者の彼には、恋のライバルがいっぱいいたの。けど、私も譲る気は一切なかった。それこそ、ダイ・ハードみたいに戦い続けたわ」

「えっと……ハゲになった話を話しているんだよな?」

「ええ。ダイ・ハードはハゲの話よ」

「違う! あれはアクション映画の名作中の名作だ!」

 たしかに主役のブルースはハゲてるけど!

「わかってるじゃない。ちなみにわたしは三作目が好きよ。ハゲとハゲが手を組んで街を救うって展開が最高におしゃれね」

「ハゲやらおしゃれやら、アクション映画に対する感想じゃないからそれ! もっと爆弾のクイズとかに注目しろよ!」

 早えをハゲと聞き間違えるし、照山さんのハゲに対するコンプレックスは生半可なものじゃないようだ。

 ちなみにダイ・ハードには、『最後まで抵抗する者』、『なかなか死なない者』などといった意味があるらしいけど、どうやら4作目にして主役の頭のライフは尽きてしまったらしい。しかし、ハゲても俺はブルースが大好きだ。隕石をぶっ壊しに行く映画最高。

「話を戻すわよ。……ある日、私の好きだった人が遠い所へ転校することになったの。それを知った私は意を決して彼を手紙で呼び出したわ。今さっき私たちがいた公園に、もちろん愛の告白をするために」

「……待ち伏せとかもそうだけど、子供のくせに行動力が半端ないな」

「当たり前じゃない。一度きりの人生、半端なんてもってのほかよ。欲しいものを手に入れる為なら私は何でもする。そういう女よ私は」

「カッコいいセリフだけど、何より欲しいだろう髪の毛が手に入っていない事が悔やまれる」

 キッと俺を睨みつける照山さん。しかし、返す言葉がないのかゴホンと咳払いをしてから。

「……そして告白当日、ドキドキする私の前に愛しの彼は現れた。……なぜか恋のライバルたちを引き連れてね。戸惑う私に彼は言ったわ。『お前の俺に対する凄い好意もここまでだ。この町から去る前にみんなでやっつけてやる!』ってね。言葉の真意を尋ねようとしたけど、それすらできずに私は一方的に囲まれ攻撃、つまりリンチされたってわけ。いたいけな女の子一人に、十人がかりでボッコボコにね。そして私は倒れ、愛しの彼はこの町から去っていったわ」

 照山さんは言い終わると、トルコアイスのように伸びたアイスを口の中に放り込む。

 けれど、話自体はとても飲み込めるようなものじゃなかった。

「ひどいやつもいるもんだ。普通に暴力事件じゃねえかそれ」

「ええ。ひどいを通り越して最低最悪の男よ。そして、幼い私はとてもとても傷ついたわ。当然ね。告白しようと思っていたら、好きな人にボコボコにされたんですもの。あまりの辛さに三日三晩泣き続けちゃったわ。そして四日目の朝、鏡を見てみると魔法みたいに髪の毛がなくなっていた。そう、振られたストレスで髪の毛が全て抜けてしまったの」

「マジかよ……病院とかには行ったのか?」

「もちろん。病院はおろかリーフ21や育毛剤など、ありとあらゆる手段は尽くしたつもりよ。だけど、みんな口を揃えてこう言うの。毛根が死んでるからお手上げで~す。ってね」

 言い終わると照山さんはガツガツとアイスを口の中にかき込んでいく。

 たしかに、このワックスいらずのツルッピカな頭を見れば、毛根など存在していないことなど一目瞭然。

 手も足も出ないどころか毛の一本も出ない感じ。もはや神様もお手上げな状態。髪だけにな。

 まあ神様じゃないにせよ、髪は女の命っていうもんな。それを全てなくすなんて……そりゃトラウマにもなるわけだ。

「ちなみにハゲ隠しスプレーも試してみたけど、黒豆みたいになって思わず笑ってしまったわ」

「いやそれは試しても無駄だって悟れよ。……でもまあ理由は分かった。辛いことを思い出させてすまなかったな」

「いいのよ。なんかスッキリしたわ。それに、あの男のせいで私の人生は狂わされたけど、ネズミに耳をかじられてたドラえもん並みに狂いまくったけど、私は決して諦めなかった」

 恐らくドラえもんが青くなった理由のことを言っている照山さんは、ほっぺたについたアイスを舌でペロリと拭ってから、真剣なまなざしで話を続ける。

「さっきも言ったように、一度きりの人生、半端なんてできやしない。半端者になんてなってたまるものですか。そう決心した私は、両親が買ってきた精巧なカツラを着け、己を磨きまくった。カツラが取れる恐れがあるから病弱を装って激しい運動とかはしてこなかったけれど、その分、勉強をして愛想を振るまい、着々と人脈を築き上げて己を高めていったわ」

「そして学園の女王と呼ばれるようにまでのし上がったってわけか……」

 言うのは簡単だけどそれがどれだけ難しいことか、スポーツや受験戦争を体験した人なら分かるだろう。たしかに、ずば抜けたルックスやスタイルは彼女にあったかもしれない。しかし、それだけでは優れた知性や品性は手に入らない――トップに居続けることはかなわない。努力含めての天才なのだ。

 半端なんてできやしないなんて言うだけのことはある。マジで半端ない人生。もはや神がかってる。

 神様仏様照山様。こりゃハゲのことなんて忘れて、照山様のパシリになった方がいいな――


「――……って思ってたでしょ?」


「思ってねえよ! つうか勝手に人の心をナレーションにするな!」

「そう。それは残念。……えいっ!」

 いきなりポカンと頭を叩いてきやがった。

「いってえな! 何すんだよ!」

 照山さんはきょとんとした顔で。

「いや、叩けば記憶が消去できるかなあと思って」

「そんな簡単に消去できるか! 俺の頭はファミコンソフトじゃないぞ!」

「デロデロデロデロ・デーデデン♪ おきのどくですが ぼうけんのしょ1ばんは きえてしまいました」

「大勢の人がトラウマになっているBGMとメッセージを流すな!」

 俺のツッコミを無視して、ごちそうさまでしたと手を合わせる照山さん。

 くそっ。かなり重い話なのに全くシリアスな雰囲気にならねえ。とんだシリアスブレイカーだなこいつは。

 今の照山さんを見ていると、普段どれだけ猫をかぶっていたのかがよく分かる。

 まあ実際に被っていたのはカツラだったわけだが。

「つまり、ハゲになった話はトラウマになっていて思い出すだけで吐きそうになる。で、ハゲを隠して生きてきたけど、それがバレたから必死になって俺を追っかけてきたわけか」

「そう、バレるわけにはいかないの。ハゲがバレたら一巻の終わり、死んだも同然なのよ」

 毛根はもう死んでるけどな。

 死の大地であるハゲ頭を改めて見てみる。

 ワックスがかけられたようにツヤのある頭。人間の業をすべて背負ってしまっているようで、……つい目を細めてしまう。

 一生治ることのない病、ハゲ。蔑まれるのを避けるため、偽りの自分を演じてきたってわけだ。

 ……己を騙す生活を送るってのは、想像以上にストレスがたまるものだろう。

 普通に生きている俺にはわからないし、具体的な力になることもできやしない。

 ホントにどうしようもないけれど……本当に同情はしてしまう。

「……分かった。ハゲのことは誰にも言わない。約束するよ」

「そう、それはよかった」

 照山さんはニコッと微笑む。

 よかった。どうやら分かってくれたようだな。

 ホッと一息ついた次の瞬間、ドドドドドッという音を立て、複数のアイスピックがソファーの前にあったテーブルに突き刺さった。


「――ちなみに、嘘ついたら針千本ぶっ刺すわよ?」


「いやすでにもう刺さってるから! つうか人んちのテーブルに穴開けるのやめてくんない⁉」

 フンと鼻息が吐かれ、テーブルからアイスピックが引き抜かれていく。

 空いた穴を繋げていくと死と書いてあった。……こええよおい。

「……まあたとえ頭のことを言うとしても、あなたボッチで言う人いないから大丈夫だったわね」

「おい、何が大丈夫か詳しく教えてもらおうか」

「己の立場を知らないとは悲しいことね。……よろしい。それじゃあ、あなたのリア充力じゅうりょくを教えてくれるかしら?」

「リア充力? なんだそれ?」

「知らないの? LINES《ラインズ》の友だち登録数のことをリア充力と呼ぶのよ」

「そんな戦闘力みたいなシステム知らねえよ」

 SNSのフォロワー数やつぶやきの『いいね!』の数など、何かと数を自慢するリア充らしい呼び方だ。

 オンリーワンよりもナンバーワン。数を力として見るのはいつの時代も同じなのかもしれないな。

「で、いくつなの?」

 声に押される形でポケットからスマホを取り出し、ラインズアプリを開いて確認すると。

「……5人」

「は? 5人? それ本気で言ってるの?」

「うるさいな! 嘘はついちゃいないぞ! お前はいくつなんだよ!」

「私? 私のリア充力は1万1451よ」

「い、1万超えだと⁉」

 俺のリア充力の約2290倍。つまり俺が2290人いてやっと互角の数字。さすがスクールカーストの頂点。界王拳どころか俺がスーパーサイヤ人になっても勝てそうにない数字である。

 照山さんはプルプルと笑いをこらえながら。

「リア充力……たったの5……ゴミね……ぷぷっ!」

 くそっ! ラディッツみたいな言い方しやがって。

 でも何も言い返せないのが悔しい。

 歯がゆい思いをしていた、そのとき。


 ――玄関のドアがバンと乱暴に開く音がした。

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