第3話 理由 of ハゲ
風呂場の方からシャワーの音がする。
俺は神妙な趣で自宅のリビングにあるソファーに座っていた。
ピリピリとした緊張感。……ラブホテルで待つ男というのはこんな気持ちなのだろうか?
今、照山さんならぬゲロ山さんは俺の家でシャワーを浴びている。
頭からダラダラと血を流し服はボロボロ、おまけにゲロまみれ。と、ボロ雑巾みたいな存在と化したハゲの女など本気でスルーしたかったが、残念ながらそういうわけにもいかなかった。犬をもらってくれと人に頼まれるより、捨てられている犬の方に心惹かれるもの。可哀想になればなるほど人間の良心は働くものだ。
幸いなことに小うるさい妹はいなかった。どうせまたヒカリちゃんを連れて町内パトロールにでも行っているのだろう。あいつがいると話がややこしくなるから助かったぜ。
でもまさか同級生の女の子、それも学園の女王と呼ばれる照山さんが、俺んちの風呂に入る日が来るとは思わなかったな。
「ふう…」
ガラッと音がして脱衣所から照山さんが出てきた。
貧相な妹の服を着ているせいか、白いシャツがおっぱいでパンパンに張り、丈が足らないシャツとスカートからは、可愛いおへそと張りのある太ももがむき出しとなっている。
なんという色っぽい恰好。思わずドキッとする。
だがしかし、ピンク色に火照ったハゲ頭から湯気が立っていることで、一気に現実へ引き戻されてしまう。
……茹でタコみたいだな。
俺の目を気にせず平然と歩いてきた照山さんは冷蔵庫から牛乳瓶を取り、腰に手をやってゴクゴクと飲み始める。
「……ぷはーっ! やっぱり、お風呂上りの牛乳は最高ね!」
「最高ね。じゃない! なに人んちの冷蔵庫を勝手に開けてくつろいでんだ! ここはお前んちじゃないぞ!」
「分かってるわよ。うちはこんな安物の牛乳使ってないわ」
「そういう意味じゃないから! 舌の肥えた盗人だなおい」
ハイハイと心がこもっていない相槌を打ちながら俺の隣に座る照山さん。
パタパタと手で火照った体をあおぎながら、Yシャツにミニスカという艶めかしい姿でソファーの上に足を組む。……いくらハゲといってもこれはグッと来るものがあるな。うん、これはよいものだ。
「さっきからなに人の体をじろじろと見てるのよ、このど変態。いくら私のバディーが魅力的だといっても、目に焼き付けて今晩のおかずにするような露骨な行為はやめてほしいわね。いやらしいものなら家で見て頂戴」
「ここが俺の家だよ! まあ実際は俺の家じゃなくてばあちゃんちなんだけどな!」
「あらそうなの? おばあ様はどこにいるかしら?」
「今は病院にいるよ。俺と妹は去年の地震で怪我したばあちゃんの世話をするために帰ってきたんだ」
とはいっても今、病院にいるのは地震とは関係ない、ただのぎっくり腰なんだけど。
「ふーん。つまり、この家には兄妹で住んでいるってわけね。で、いつになったら私を解放してくれるのかしら? 年頃のレディーを連れ込んどいてタダで済むと思っているわけ?」
「連れ込んだつもりもないし、すでに色々と被害が出てタダじゃ済んじゃいない!」
照山さんはクスリと笑い。
「冗談よ。ありがとう。ゲロまみれだったから助かったわ」
座りながら深く頭を下げてきた。……ったく、最初から素直になれってんだ。
心に安堵が訪れていると、照山さんはポケットからカップアイスを取り出し。
「ところで、このアイス食べていいかしら?」
「最後の言葉で台無しだよ! つうか勝手にアイスを取るな!」
俺の許可なしで照山さんはアイスの蓋をパカッと開ける。こいつどこまで自己中なんだ。
「あの……、絶賛くつろいでいるところ悪いんだが、そろそろ教えてくれないか?」
いい加減ハゲになった理由を知りたい。俺が話を戻そうとすると、照山さんは蓋の裏についたアイスをペロぺロと舐めながら。
「??? 教えるって何を? 私の好きな食べ物? スリーサイズ? それとも好きな人かしら?」
「そんな合コンみたいなこと聞いちゃいない! 俺が聞きたいのはその頭になった理由だよ!」
「ちなみに私の好きな食べ物はタコ焼き。スリーサイズは上から89、61、88。そして嫌いな人はあなたよ」
「聞いてもないのに聞きたくない言葉を言うな! 女の子に嫌いって言われるのマジで辛いんだからな!」
「そう、辛いのよ。この頭になった理由を話すのは」
照山さんは淡々と言うと、アイスをスプーンですくいパクリと口の中に放り込んだ。
「辛いって……」
もしかして、言いたくないのか?
そういえば照山さんが吐いたのは、俺がハゲになった理由を尋ねたのがきっかけだった。
よくよく考えれば、いや、よく考えなくてもハゲになった理由などろくなもんじゃない。つうか、ろくな理由があればぜひ教えてほしいものだ。ロックな理由とかなら十二分にありそうだけど。
もしかしたら先ほどの合コンみたいなやり取りも、ただ単にはぐらかしていただけかもしれない。
……なんかズケズケとプライバシーに踏み入ったようで悪いことしたな。
俺が罪悪感を感じていると。
「思い出すだけで吐き気を催してしまう。あれはそんな悪意に満ちた事件だったわ」
「自分で言うのかよ! 辛いのどこ行った!」
「ええ。辛くて吐きそうだわ。このアイス吐いていい?」
「人からもらっといて吐く宣言をするな! このソファーお気に入りだからマジやめて!」
「冗談よ。お風呂に入ってスッキリしたし、さっき吐き気止めを飲んだから大丈夫。うだつの上がらなそうなツッコミ男を相手にするのは本当に辛いけれど、思いのほかこのアイスが美味しいから我慢してあげるわ」
……さっきからちょくちょく上から目線でイラッと来るな。
だけどハゲの理由が気になるからスルーしとこう。
「さっき事件だって言ってたけど、そりゃまた物騒な話だな」
「ええ、物騒な話なの。だって、好きな人にリンチにされたんだもの」
「……は? 好きな人にリンチ、だと?」
なんだそれ。本当に物騒じゃないか。
思わず口をポカンと開けてしまう俺に対し、一息ついて落ち着きを取り戻した様子の照山さんは、アイスをスプーンでグルグルとかき混ぜながら語り始める。
「むかーし、むかし――……」
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