きみの名は逢魔時(お題:左の空)
左側に広がる空は少し狭い。今は、夕暮れの道を歩いている。
空の下限を押し上げている影は、こちらを向かずに話しかけてくる。左の空は少し狭い。
「今日も暑かったですねぇ」
「そうだね」
そう返して、夕暮れの赤く燃え、眠りに落ちる街を見る。赤熱する空の色。左の空は、少し狭い。
君はこちらへ目を向けて、何か言葉を探している。君の黒い双眸が白目に切り取られ、黒い影の中、白く光る。空は赤々と発光する、今この瞬間、この世の色彩を全て担っているとでも言うかのように鮮やかに。
「どうかした」
赤く赤い、左の空は、少し狭い。
「いいえ。もうすぐ夜ですね」
「そうだね」
そうだね、と応える。赤黒く燃えていた空は燃え尽き燻り、そろそろその火もつきかけている、と見えた。左の空は少し狭い。
「帰りましょう。夜は危険です」
「そうだね」
そうだね、と応える。そうだね、と応じる以外に、答える言葉を持たないからだ。
腕を組もうかと考えて、考えて、やっぱりやめておいた。この時が止まればいいと、そう、いってはいけないと、そう。思ったのだ。いわなかった。言えなかった。
空は暗く、暗くなり、空には月も出ない。今日は新月、曇り空。空に呑まれた影の君は、実体を失って視界から消え失せる。空の下限はもはやない。狭かった空は、空を狭めていたきみの存在は、いまやどこにもない。
「きちんと、家に帰るんですよ」
きみならそういうだろうか。
そうだね、と、返せるだろうか。帰れるだろうか。
たった一人で。夜のままのあの家へ。西日を背に、話をしたきみはもういない。
真っ黒の空、白く光る街灯をたどる。
腕を取って、追いかけていけば、捕まえられただろうか?
連れて行ってくれと懇願すれば、分かたれることなく行けただろうか。
答えは闇の中。
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