クリセントマムの花束(お題:平和と罪人)

花束を持って夜道を歩く。満天の星空の下で、所在無げに座っているのは知った顔だ。紫のジャケット。間違いない。あれは『09』処刑人(エクスキューショナー)だ。紫のジャケットを着る人間を、05は彼以外に知らない。

「09じゃないか。何をしているんだ、こんなところで」

「断罪を待っているんだ、05」

05は首を捻った。

「断罪?」

「そうだ。私は裁きの時を待っている。いつかくる終わりを待ち望んでいる」

「終わりなら来ただろう。戦争も抗争も、何もかもが終わった。お前自身の……」

09は言い終わる前に口を挟み、捲し立てた。

「ああ、軍人どの。きみはそういうかもしれない。そうだ、戦いも弾圧も終わった。何も怖いものなどないのだと、きみならそういうだろう」

09は胡乱な目つきで05を見た。数多の星を映しこんだ目は、表面だけで反射し、まるで中を見透かせない暗渠のようだった。暗く淀んだ目が、05を捉えた。

「私は黙って平和を享受するには殺し過ぎたんだ。眠れないんだ、05。星は天に上った数多の目だ。天網恢恢疎にして漏らさず、私の夜は星でいっぱいだ。あの視線から、私はもう逃れられない。私は抱えきれない大義のために少々人を殺し過ぎたんだ」



面食らって目を瞬き、05は困ったように睫毛を伏せた。

「……そう、そうか。お前はそう言うのか」



エクスキューショナーは死んだ。処刑人として数多の命を終わらせた彼の最後は存外あっけないものだった。誰にも顧みられることなく、誰に見送られることもなく、その障害は幕を閉じた。全てが終わり、05が見つけたのは、紫のジャケットを着た死体だけだった。

その後、彼は墓に入れられて、墓碑には名前が刻まれた。

それなのにもかかわらず、とうの彼は処刑場跡地にいまだ留まっている。そのうえ、『断罪を待っている』などとのたまう始末。

『眠れない』というのは、つまりそういうことなのだろう。魂の安らぎを、死の安寧を、09は受け入れられなかったのだろう。


戦争は終わった。焦土と化した大地には、平和が訪れた。戦時中のごたごたは、処刑という形で片が付き、罪も、罰も、全ては死の向こう側へ消えた。

消えたはずだった。

「私は殺し過ぎたんだ。罪には罰を。私は罰を受けなければならない」

ひとり、処刑を免れた彼は、いまだ古い世界に取り残されている。文字通り、過去の亡霊となって。

「09、もう終わったんだ。もうここにはお前を罰することのできる人間はいないよ。それはわたしも同じことだ。いこう。皆が待っている」

「……ああ」


05は09を連れ、10と03、07、04……昔の仲間達の待つ墓場へと向かった。


2016-07-10

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