最終話 裸陣羽織の行方
老婆の言葉を終えて煙を上げる水晶玉は、はじけ飛ぶようにして割れ、そこから老婆本人が姿を現した。
「いーっひっひ。ようやったようやった」
そして三成からもう一つの水晶玉、理の水晶を受け取った。
「見事じゃ。さ、戻ろうかの」
両手を広げ、三成たちを包み込むように魔力を解放する。
「これは心づけよ。サービスというやつじゃ」
ぐにゃりと視界が歪み、次の瞬間には景色が変わっていた。
そこは暖かい木漏れ日に包まれる、老婆と出会った森の中。
「こ、これは奇怪な」
「いーっひっひ」
老婆と三成と左近、そしてボロボロのイシヌマとネバネバのタカムラも一緒である。
そしていつの間に囲まれたのか、老婆と似たような姿の魔女が幾人も取り巻いていた。
「なんだい、今回もババ様が勝っちゃったか」
「あーあ。やっぱりババ様は人を見る目が確かね」
「けっ、次は私が勝つから。ババ様ばっかりに勝たせてたらクビになっちまうよ」
口々に言い合う魔女たちを他所に、三成は裸陣羽織のままで老婆に詰め寄った。
「老婆、約束を果たしてもらうぞ」
三成はそのために戦ってきたのである。
「よかろう。内府……徳川家康という男だったな。ふむ」
老婆が杖を掲げ、何かに集中する。
「時間のズレがあるでな、だいぶ経ってしまったようだがまだ生きておる。わざわざ殺さなくても、そう長くは生きられそうもない、一年もすれば勝手に死ぬが、それでも今殺すか?」
「無論の事、そう致せ」
「いっひっひ。その頑なさ、良いのう」
老婆の杖が怪しく光った。
「さて、済んだ。間もなく死ぬ。確かめたいと言われると困るぞ、信じてもらうより他にない」
三成にしてみれば目の前に徳川家康の首が欲しかったところであはるが、この老婆の呪術を以てすれば殺せるのは間違いないだろうと判断し、ここは信じる事にした。
そうしたのには理由がある。
「老婆、信じる代わりにもう一つ頼みたい事がある。左近の傷を癒せ、それくらいは出来るであろう」
「いっひっひ、良い、良いぞ良いぞ、そうしてやろう」
老婆の杖が左近に向けられ、発された怪しい光が左近の傷を塞いでいく。
「お前もその犬も、これから先は自由じゃ。この世界は広い。自由に生きるがよい」
「ふん、行先などとうに決まっておるわ」
「
未だに裸陣羽織のまま、三成は左近を抱きかかえて魔女たちに背を向けた。
「これから地獄へゆく。魔王とやらを討ったついでにな、閻魔大王も討ち取ってくれようと思う」
「
そして三成には、もう一つ目的があった。
(地獄へゆけば、刑部に会えるだろうか。礼を申さねばな。太閤殿下もいらっしゃることだろう)
この美少女の身体で亡き主君に会うのは少々恐ろしい気もするが、それはそれで仕方がない。主が望むのであれば差し出すまでと思っている。
(いや、乳が無い故、相手にされぬやもしれん。うむ、それが良い。いくら何でもやはり男は無理だ。俺は男に身体をゆだねるような真似はせんぞ)
一人小さく頷き、小脇に抱えた左近に視線を落とす。
「よし左近、いこっ」
「
満面の笑みをたたえた裸陣羽織の金髪碧眼貧乳美少女が、小犬を抱えて森の中を駆けていく。それを見送りながら、魔女たちも順に姿を消した。
その後、イシヌマとタカムラは町に出て一般人として暮らしたが、どれだけ探しても三成の行方を知る事は無かったという。
その頃、大坂。
激しい銃声はついに急ごしらえの本陣まで到達した。
「お守りせよ! 大御所をお守りせよ!」
既に大幅に後退して本陣を設置し直したのだが、この場で切腹すると言い出した徳川家康を周囲の者がどうにか押しとどめている状態であった。
徳川家康の本陣がここまで突き崩されるのはこれで二度目である。一度目は四十年以上も前、武田信玄を相手に一戦を挑み、見るも無残な大敗戦を喫した時。
そして今が二度目。
「真田……どこまで儂を……」
呻くように呟いて、親指の爪を噛む。
真田
大坂城に真田が入城したと聞いた日は肝を冷やしたが、それが安房守ではなく、その子の
だが、蓋を開けてみればこの有様である。
再び銃声が鳴り響いた。
今度の銃声は味方の一斉射撃であろうが、それはすぐ近くまで敵が押し寄せている証拠である。
(来るのか……)
その時、陣幕が引き裂かれて深紅の鎧に身を包む将が姿を現した。
正面を見据えていた家康は、一瞬気付くのが遅くなったのだが、一目見てそれが誰であるか判別した。
「さ、左衛門佐か!?」
「応! 真田左衛門佐信繁、御首頂戴しに参った!」
周囲の者が慌てて斬りかかるも、全て軽々しく弾き飛ばされてしまう。真田左衛門佐の腕力は到底、人のそれとは思えぬ強さであった。
齢五十を迎え、頭は禿げ、歯は抜け落ち、大坂城へ入城の折には山伏と間違われた小柄な初老の男である。
そんな男が、まるで鬼の如く槍を振るう。
(なんだあれは)
その時、徳川家康の瞳は不思議な光景を映し出していた。
満身創痍の真田の身体を覆う、不気味に光る紫の光。
ここまで幾つもの銃弾を受け、矢を受け、刀や槍を受けているはずの真田が、鬼のような腕力で槍を振り回している。
その真田の身体を、明らかに異様な光が包み込んでいるのだ。
「鬼になったか」
老人の域に達した徳川家康に、鬼となった真田から逃れる術などない。
(まあよい、大坂は落ちる。後の事が心配ではあるが……若い者が作る世だ。上手くやるであろうよ)
最期の時に、ニヤリと笑う。
刹那、老人の首が刎ねられ、血しぶきが舞った。
~end~
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