第4話 島左近、召喚

 どう見ても貧乳美少女である三成がその見た目にそぐわない仰々しい自己紹介を終えると、老婆は小さな笑みを浮かべた。


「ジブのショーか、変な名だな。どちらかと言えばチビのショウニュウではないか」


 その言葉に三成の顔が赤くなる。


「なっ、ち、チビのショウニュウだと!? この治部少輔じぶのしょうを乳が無いなどと愚弄するとは良い度胸だ。そこになおれ、そっ首刎ね落としてくれる!」


 だが、三成の可愛い声では迫力に欠ける。


「いっひっひ。よく喋る事だ……まあ年頃の娘はそんな物か。いっひっひ」


 老婆はやけに楽しそうに一歩踏み出すと、小さく「名乗るなど何十年ぶりか」と呟いた。

 そして正面から三成を見据え、久しく忘れかけていた己の名を述べる。


「儂の名はアルデナル=ゼルナ=マクドヤヌス=フーデンリッヒ。儂を呼ぶような輩は殆どおらんがな、数少ないそういう関係性の連中には『ばば様』と呼ばれておる」


「老婆の名のほうが余程珍妙ではないか。さてはバテレン……切支丹か。ばば様などとは呼ばんぞ、俺が敬うお方は決まっておるのだ」


 三成の反応に、老婆は声をあげてひとしきり笑う。

 何がそんなに可笑しいのか不思議でたまらない三成に対し、老婆はひとつの提案を持ちかけた。


「お前の力では理の水晶を手に入れるのは難しいかもしれん。これから先は己の力で道を切り開かなくてはならんのじゃ。そこでだ、一人だけ従者を呼び出してやろう。ただし、死者しかここへ呼べん」


 老婆の杖が怪しく光る。


「それも近々に死した者でなければその能力は大きく減退する。魂が弱まっては、その身体を上手く形成できんのだ。どうじゃ、共に斬られた丸坊主か十字架マニアなら申し分ないぞ」


 その提案に対し三成は首を振った。


(恵瓊では頼りにならん。弥九郎ならば頼りになる上に切支丹であるから老婆とも話が通じるかもしれんが……やはり違う)


 同時に討たれた二者よりも、三成がたのみにする将は他にいる。


(刑部では体が動かぬ故、ここへ呼んでも武勇は期待出来んか)


 だからこそここへ呼び、自由に動く身体と、その信念から得られる美しい容姿を享受してもらいたいとも思うが、それは徳川家康の首を取る事に比べれば優先順位はずっと低い。


(備前中納言殿……いや、無駄に大きな乳で来られても腹が立つ。それに死してはおるまい)


 先の大戦で友軍の主戦力を担った勇将である。

 朝鮮の役では大将を務めたほどの人物であり、その人望は厚く、後年、八丈島でその長寿を全うした。


(やはり、他にあるまい)


 徳川家康を討つための従者とするのであれば、従者にしたいと願う者は一人しかいない。


(討ち死にしたのだから問題はあるまい。やはり左近以外にあるまいて)


 一人納得した三成は、決意を新たに老婆へ告げた。


「島清興という名の将がおる。島の左近と言えば知る者も多いが、老婆は存じておるか」

「知らんな。探そう」


 老婆は杖を掲げて両目を閉じた。


「ふむ、おるな。良いのか? こやつは死んでから――」

「つべこべ申すでない、俺の従者は左近以外にあり得んのだ」


 老婆の言葉は三成によって遮られ、老婆としても仕方なくその人物を召喚する事にした。


「難しい注文をするわい。よかろう、そこまで言うのであればこのばば様の実力を見せてやろうではないか」


 老婆の杖が光り輝く。


 その光を見つめながら、三成は左近の登場に期待を寄せた。


(左近の忠義心は本物であったに違いない。さぞや美しい姿で現れるであろう)


 先ほど聞いた形容の条件を振り返り、左近の姿を思い浮かべる。


(権謀術数にも長けておる。長く艶やかな髪であろう。何より武芸百般に通じる剛の者、見事な美丈夫であるに違いない)


 そしてなにより、方々から声のかかる天下に隠れなき名将である。


(心なしか悔しいが、たわわな乳をこさえておろう)


 刹那、老婆と三成の間に虹色に光る何かが現れた。


「おお、左近なのか!」


 戦場で別れて以来である。

 乳を、いや、胸を熱くしながらその登場を待った。


 虹色の光はやがてその姿を露わにする。


 クリッとした両の瞳は、汚れを知らぬと思わせる澄んだ奥行きがある。美しく形の整った耳はとても魅力的だ。


 大地に突き立つ両の脚は力強く、その両腕はたくましさを感じられる。


 思っていたよりも随分と小柄ではあるが、それは死して後の時の経過によるものだろう。


 黒く艶めく見事な毛並みは、陽の光をキラキラと反射させて一層の美しさを輝かせた。


(な……毛並み?)


 鋭く尖った口先から垣間見れる犬歯、四肢を地に付け、こじんまりとではあるが、それでいて堂々とどっしり構える立ち姿。


「左近……か?」


「ワン!」


 そこに現れたのはおおよそ獰猛とは程遠い、小型犬と言える大きさの黒く小さく可愛らしい存在。


「ふぅ。消えかけている魂を素材にした割には上出来じゃな。流石は儂じゃ、いっひっひ」


 言うまでもないが、三成は愕然とした。


「待て老婆、このような姿では如何に左近と言えど……」


 武器さえ持てぬ。

 それどころか、会話さえままならない。


「いっひっひ、それでもこの島左近とやらを呼べと言ったのはお前じゃ。死してひと月が経つからな、仕方のない事よ」


「ワン!」


 屈託のない愛らしい犬である。


「然れど、待て、これでは老婆の望む『理の水晶』とやらを手に入れる事が出来ないではないか!」


 少女の身体では無理だと言われたばかりである。

 にもかかわらず、犬ではお話にならない。


 だが、老婆は首を振った。


「得られた身体の問題ではない。死の間際に何を望んだか、それが重要じゃ」


 言うなれば、手にした特別な力こそが大事という事である。


 老婆はじっと小犬を見つめる。それに釣られるようにして、三成も小犬を見つめた。


「……?」


 小犬は小首をかしげて三成を見つめ返す。


(こ、これは……)


 三成は乳が、いや、胸が締め付けられるような感覚を得た。


「なんと愛らしい事だ。キュンとなったぞ」


 年頃の少女が、小犬に心を奪われないはずもない。


「いっひっひ。ひとまず気に入ってもらえたようで何よりじゃ。その小さな従者が何を願ったのかは知らん。能力が開花するまでのお楽しみという事じゃな」


 老婆の言葉を他所に、三成は無意識のうちに膝を屈め、小犬を手招きしていた。


「ほらおいで~」

「クーンクーン」


 小犬は扇風機のように尻尾を振り回しながら、小さな身体を全て使って三成への愛情を表現しているように見える。


「間違いない、左近だ。そなた左近であるな!」

「ワン!」


 小犬、もとい、左近は心底嬉しそうに三成にじゃれ付いた。


「わはは、やめろ、左近、舐めるな。あははは」


 だが次の瞬間、三成の表情が凍り付いた。


「な!?」


 何かを見たわけでも、異変が起きたわけでもない。


(俺は何を……『キュンとなった』だと? それは何だ、思わず口を吐いて出たが意味が分からぬ)


 そして、自分が愛おしそうに抱いている左近。


(何たる無様、まるで小犬と戯れる子供ではないか……情けなし)


 そう思いながら、優しくそっと左近を地に下ろす。


「老婆、左近、今のは見なかった事に致せ。治部少輔じぶのしょうの名が聞いて呆れるわ」


 徐に立ち上がり、頭を切り替えて老婆に問いかける。


「まず何からすればよい。俺は内府の首を取らねばならん。このような場所で油を売っている訳にはいかんのだ」


 その問に老婆はしっかりと頷いて見せた。


「よかろう、まずはな」


 老婆はその手にある杖で森の奥を指し示す。


「この森の奥に『隠者の迷宮』と呼ばれる遺跡がある。その最深部にあると言われる『理の水晶』を目指してもらうのだが」


 その杖が光、再び虹色に光る何かを生み出した。


「最低限の装備は儂がくれてやろう。実はな、お前たちと同じ目的で遺跡に入っている者がおる。数は十や二十ではないぞ、言うなれば儂の商売敵が用意した探索者どもじゃ」


 老婆が言うには、同じ目的の人間たちを出し抜き、一つしかないその『理の水晶』を手に入れなければならない。


 老婆の言葉は続く。


「――更に付け加えるとすればな、その水晶はかれこれ五百年以上、誰の手にも渡っておらん」


「何? 五百年だと?」


 気の遠くなる話である。

 老婆はこれから向かう遺跡の説明をしながら、いつくかのアイテムを召喚した。


「持って行け。その水晶玉はな、呼びかけてくれれば儂に通じる便利な物だが、理の水晶を見つけるまでは使うでないぞ」


 衣服、防具、武器、幾つかの魔法アイテム、水と食料。

 それらをリュックサックに入れて背負う。


 決して大きなリュックサックではないのだが、華奢な三成が背負うと随分大きく見えた。

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