第5話 貧乳VS巨乳
森に囲まれた遺跡の入り口には、確かに人の痕跡が見られた。
たき火の跡や、ゴミが散見されたのである。
「あの老婆め、約束を違えるとあらば叩き切ってくれる」
言いながら、干し肉を手に腰をかがめた。
「ほら、左近。飯だ」
「
干し肉と格闘を始めた左近を他所に、三成は遺跡の入り口を睨むように注視する。
「魔王とやらに占拠されておるらしい。閻魔大王の一門衆と見てよいだろうな。左近よ、ここで魔王とやらを討ってそのまま地獄へ攻め寄せてやろうぞ」
「
結局、老婆に言われるままに遺跡まで来た一人の貧乳と一匹の小犬。三成と左近はこれからダンジョンの攻略に挑む。
かつて大賢者と呼ばれた人物が、その有り余る知識を用いて作り出した秘宝がある。
その秘宝はこの世の理に触れるような、全てを超越した力を手に入れる事が出来ると言われていた。
そして、そのような物を作り出してしまった大賢者はその秘宝の力を使い、地底の奥深くへ果てしなく続く巨大な迷宮を作り出し、その奥深くに隠遁してしまったという。
それがこの世界で言うところの五百年前。
多くの探究者がその秘宝を求めて迷宮へ入ったが、誰一人としてその秘宝へは辿り着けていない。ある程度奥まで進んでしまった者は、戻る事さえ出来ず、迷宮の奥で餓死しているであろうと言われていた。
更に悪い事に、ここ百年程は魔王と呼ばれる魔族の王が根城とし、迷宮の内部は魔物の巣窟となっているのである。
「老婆め……そのような物を手にして何を企むか」
それを三成が手にしたところで、使い道など見当もつかない。
だが、徳川家康の首を取れるのであればそんな事はどうでもよかった。
「まあよいわ。左近よ、必ずや理の水晶とやらを持ち帰り、内府の首を得ようぞ」
「むしゃむしゃ……ごくん。
「良い返事じゃ。流石は左近よ、参ろう!」
「
装備品はある程度充実していた。
三成には、華奢な身体でも扱える細身の剣と、急所を守る軽鎧が与えられた。
左近には干し肉。
食料や水は三成が運べる程度しか用意されていないが、老婆の技術を結集させた最新アイテムが与えられている。
「これを使えば腐った水でも飲めるようになるらしい。腐った肉もたちどころに食えるようになると聞いておる」
小さな筒状のアイテムが一つ、懐中電灯のようなそれが、彼らの食糧事情を守る重要な役割となる。
「老婆の商売敵とやらが送り込んだ連中と遭遇する危険は高い。いざとなれば迷わず斬る。左近もそのつもりでおれ」
「
「はっはっは。気合い十分よの、さ、参ろう」
膝を折って小さくかがみ、足元にいた左近を小脇に抱える。
ここまでも、そしてこれからも、三成は左近を抱っこして歩くつもりでいる。
(ああ、この安堵感に似た感情はなんだ……愛らしい、左近がこんなにも愛らしいとは、妙な気分だ)
元は自分より年上のむさ苦しい武者であった。隆起した筋肉、傷だらけの身体、正しく歴戦の勇士と言えよう。
それこそが自分に欠ける部分であり、心底信頼を寄せていたわけだが、今となっては随分と印象が異なる。
「左近、あんまり無茶して怪我をするなよ?」
「
迷宮の入り口から先には、壁の至る所に魔法仕掛けのランプが取り付けられている。
しばらく進むと、小さな関所にも似た場所へ辿り着いた。
その柵に背を預けながら煙管をふかす女性が、三成と左近に気付いた。
「おや、あんた何処の魔女の使いだい? こんな可愛いお嬢ちゃんは初めて見るよ」
しなやかな黒髪に、切れ長の瞳。
厚めの水っぽい唇の横に小さな黒子。
胸元が大きく開いた服装のせいもあって、はち切れんばかりの胸の谷間が惜しげもなく見るものを誘う。
妖艶の一言につきる、そんな女性である。
「ぬ、何やら見た目からして腹が立つ。女、ここは何だ、関所か?」
黒い小犬を小脇に抱えた金髪碧眼の美少女(貧乳)を目の前に、この妖艶な女が警戒心を抱くはずもない。
「あっはっは、変なことを言うねえ。ここは魔女たちが作った『迷宮の入り口』さ。ここから先は、魔女の使いはお互いが敵になる。お嬢ちゃん、ここから先に踏み入れたら、どんな事が起きても文句を言えやしないよ?」
妖艶な唇から舌を出し、その厚い輪郭をなぞった。
(おのれ……乳が大きいからといい気になりおって!)
三成はどうにか感情を押し殺しながら、女に言葉を投げかけた。
「女、そう申すからには、ここから先は俺が何をしても良いという事だな。それならそれで有り難い」
三成は無表情で言い切ると、女を無視するように柵の切れ間へと足を向ける。
「あっはっは。不思議なお嬢ちゃんだね、いいだろう、行きな。あたしはここの見張り番に雇われてるだけだからね、あんたがこの先でどんな目に遭おうと知ったこっちゃないよ。犯されて、殺されても、恨むんじゃないよ?」
女の言葉を聞き流し、三成は柵の向こう側へと踏み入れた。
「ふん、知れた事よ。何が来ようとも叩き斬るのみ」
小さく呟き、迷宮の奥へ向かって歩き出す。
程なくして、小脇に抱えた左近が唐突に暴れて地に下りた。
「
その様子に三成も警戒を強める。
直後、背後に強烈な殺気を感じた。
「何奴!」
ただの金髪碧眼の美少女ではない。
貧乳もさることながら、数多の戦場に身を晒してきた武将でもあるのだ。殺気に対する嗅覚は一級品と言える。
咄嗟に身をひるがえした三成の顔を、何かが掠めていった。
(危うい、左近がおらねば直撃しておったぞ)
そう思うのもつかの間、薄暗い通路の奥から再び何かが迫って来た。
(矢か、ぬるい!)
三成はそれを躱しながら、相手との間合いを詰めるべく足を踏み出した。
「
左近が駆けた。
「左近~、待って~!」
青い顔をしてそれを追う三成は、またも少女然とした己の現状に歯噛みする。
(ええい、情けない。咄嗟に出る言動が何とも歯がゆい!)
小型犬とは言えど、その元は島左近である。
凄まじい速度で闇を切り裂いていった黒い塊は、闇の奥で三成を狙っていた敵に飛びついていた。
「ぎゃ!」
女の悲鳴が上がる。
(さては先ほどの腹立たしい身体つきの女だな、許すまじ!)
駆けながら剣を抜き、一気に距離を詰める。
「ちょっと何だい、くそ、離れろ犬コロ!」
「
三成の視界に女が映った。
左近が素早い身のこなしで翻弄している女は、やはり先ほどの女である。
「女! 俺の後を付けてくるとは不届き、成敗してくれる!」
華奢な身体でも扱える三成の剣には、老婆が施した特殊効果が付帯されている。
「せいやあ!」
振るった瞬間、相手に向けて強烈な光を発したのだ。
ただそれだけではあるが、暗い迷宮の中での接近戦において、目くらましは十分すぎる効果を得る。
「なっ、ええいもう」
そうは言っても美少女(貧乳)の振るう剣に討たれるような美女(巨乳)ではない。スペックの違いは歴然である。
だが不意打ちが失敗した以上、女としても引かざるを得ない。
元々それ程腕に自信がある方ではないので、わざわざ不意打ちを選んでいるのである。正面切って戦う程、無謀な女でもなかった。
「思ったよりやるね……お嬢ちゃん、犬コロ、次にあたしが襲うまでヤラれるんじゃないよ。お嬢ちゃんを最初に楽しむのはあたしさ……あっはっはっは」
闇に溶け込むようにして消える女を目の前に、三成は左近を従者に選んだ事を心から良かったと実感している。
(流石は左近、小さい身なりではあるがまさに無双よ)
女の去った通路では、左近が尻尾を振っていた。
「ようやった左近、見事だ!」
「
「誇らしげな顔をしよる。これからも頼むぞ!」
「
三成は再び左近を小脇に抱えると、迷宮の奥へとひた進む。
「ペロペロ、
「あはははっ、舐めるな、こら、左近、あははは」
「ペロペロ、
貧乳と一匹の大冒険は、まだまだ始まったばかりである。
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