Sleeping Dolls

珊瑚丸

第1話

ーーーああ、またこの夢だ。


燃え盛る街並み。黒煙渦巻く市街地は金属の塊や履帯が地を削る音、プロペラの空を切る音、悲鳴で埋め尽くされていた。ある1つの集団が瓦礫から這い出た所を運悪く兵士に見つかり両親らしき2人は無残に銃で四肢を砕かれ、泣き叫ぶ子供達は連れ去られトラックの荷台に乗せられてどこかへ運ばれていった。そんな様子を"俺"は瓦礫に潰され身動きの出来ない状態で見ていた。

「よう、クソ兄貴。生きてるか?」

俺の上に半ば覆い被さる様にしている"妹"が煤けた顔を苦しそうに歪めながら呟いていた。俺と妹、その上をよく見てみればそこには瓦礫に潰され絶命していた両親の死体がそこにあった。それらから目を逸らし瓦礫から抜け出そうと身を捩る。認めたくなかった、あの肉塊が両親であるなどと。

「ぐっ・・・・くそっ!」

左足に激痛が走る。見てみれば覆い被さる両親の足から骨が突き出ていて、それが左足に突き刺さっていた。荒れた息を整えようと浅い呼吸を繰り返していると、近くで聞いたことのないエンジン音と風が2人の聴覚と触覚を刺激した。鉄の塊が地面にぶつかる甲高い音が鳴った次の瞬間2人を覆う瓦礫の山が取り払われた。それの正体は純白に輝く2足歩行の人型兵器で、それは手にした瓦礫を放り投げると2人の方へ再度手を伸ばし、瓦礫と共に妹だけを掴み引き上げる。引き上げる過程で瓦礫が幾つも落ち激しい音を立てる。妹がこちらへ手を伸ばし何かを叫ぶ、だが落ちる瓦礫の音でそれも聞こえない。

「おい、待て・・・・どこに連れて行く気だ。離せ・・・・離せえ!」

瓦礫から這い出ると純白の機械へと手を伸ばし叫ぶ、次の瞬間1つの大きな石片が頭部に直撃し右に見えていたはずの景色が消える。手で右目があるはずの辺りを触れてみると、液体の感触が伝わる。手を離し無事な左目で手を見れば、それは真紅に染まっていた。涙と頭部から漏れた血液が混じると、左目の視界がぼやけ始める。

「殺す、・・・・殺す、殺す!」

ぼやける視界の中、純白の機械を見つめ叫んだ瞬間、後頭部を兵士に強打され"俺"の意識は落ちた。


「おやおやあ・・・・こんな状態でまだ生きているとは珍しいねえ。お〜い、起きてるか、しぶとい少年!」

女性特有の高い声が聞こえ目覚める。血涙と疲れで滲んだ視界の向こうには女性の影が見えた。その様子を見た女性が嬉しそうな声を漏らすと、携帯端末で何者かと数秒言葉を交わした後"俺"の方へ視線を戻す。

「さて、これといってはなんだが。私は君が気に入った。だから君を助けようと思う。ああ、もちろん拒否権もあるよ?その場合は死ぬだろうけどね。どうする少年?」

その問いに言葉にもならない掠れた声が漏れる。それを聞いたのか女性が耳を少年の口に近付け言う。

「よく聞こえないなあ。復讐、したいんだろう?さあ手を伸ばし給え、さすれば力を与えん」

と、芝居掛かった口調で少年の顔を覗き込む。"俺"は掠れた喉を全力で開き両手を女性へと伸ばす。血で染められた両手が女性の顔へと触れ真紅に染める。

「こ・・・ぉ・す・・・・」

それを聞いた女性は、最高の笑顔を浮かべると言った。

「よろしい、ならばこの血は契約の証だ!さあ、君の望む全てを与えよう!!今日から君は、天高く舞い上がる1羽の鷹だ!!!」

女性が"俺"を担ぎ上げる。霞む視界の中、空を見上げるとそこには1機のヘリがこちらへと降下してきていた。骸骨になりながらも眼球を血走らせる鷹の紋章を知らしめながら。



『お〜い、・・・・起きろ!不知火空!!』

鼓膜に響く怒声で目が覚める。周囲には電子音を時たまに奏でるディスプレイが広がっていた。

『やれやれ、君がさっきので起きなかったら電気ショックで無理やり起こしていた所だ』

網膜上に投影された残念そうにため息を漏らす、白衣に身を包む女性が言った。

「あんたは実験をしたいだけだろ?ドクター」

そう返すと、ドクターと呼ばれた女性がムッとした表情を浮かべた。

『私の事は名前で呼べと言ったろう。マッキーかマーリン、最低でも本名のマッケンジーと呼べ。その方が可愛い』

ため息を吐きながら答える。

「もう歳なんだからいくら若作りしたって無駄無・・・・はいすいませんでした以後気をつけます」

言葉の途中でドクターが何かのスイッチに手を伸ばしたのを見て、急ぎ謝罪をする。ドクターが不服そうな顔でスイッチから手を離すのを見ると空は口を開く。

「ところで今日の依頼は?」

ああ、と、手の平を拳で叩いたドクターがPDAに映し出された情報を眺め始める。

『今日の依頼は全部で2つ。まず1つ目はサテライトからの依頼だ。B32荒野にあるファイアフライの基地を襲撃中の友軍を援護すること』

一息。

『もう1つはファイアフライからの依頼でE18区画を偵察していた部隊の脱出支援。どっちを受けるんだい?』

言葉と共にドクターがこちらの機体に最新の地図情報をアップロードする。B32区画とE18区画は距離にしておよそ50キロ。両方の依頼を達成するのは通常では不可能だろう。そう、通常ならば。

「もちろん、どっちも受ける。まずはここから一番近いE18区画に向かう。ドクター、オペレート頼む」

『やりぃ♪今日のご飯はご馳走だ!』

嬉しそうにサムズアップするドクターを見つつコックピット内の姿勢を直す。背中とシートを繋ぐ端末が小さく金属音を鳴らす。

「機体同調ーーー完了。IFリアクターーーー安定確認、IFアーマー展開」

言うと同時に機体の全周を球形のシールドが包み込む。

「RCS作動確認。SUB点火、前部姿勢制御スラスター1番から8番稼働開始。4脚を維持」

機体と同調した空が腕部マニュピレーターを操作し機体を覆う迷彩色の大布を取り払う。現れたのは漆黒の4脚の人型兵器だった。Mechanised Doll、略してMDと呼ばれる四肢と武装を自由に組み替える事で様々な戦場に対応できる人型兵器。MD背部の左右部にはSUBとデカールが貼られた巨大ブースターが2基、中央には巨大狙撃砲を装備していた。2基のSUBがエンジン音を唸らせ機体の周囲に強風を生み出す。網膜に投影された機体ステータスが全て緑色なのを確認すると大きく息を吐き口を開く。

「デッドボーン、出撃する」

その瞬間、SUBが爆発と見紛う程の閃光をあげると漆黒の4脚機、デッドボーンはものの数秒で音速に到達し荒れ果てた地上を疾走していった。


城壁の様な壁に囲まれたE18区画に広がる廃墟群を疾走する4機のMD部隊が居た。4機は全員雲間に輝く太陽のエンブレムが肩に施されていて、先頭を走る機体の頭部には、隊長機である事を示すブレードアンテナが増設されていた。全4機で構成された小隊は、多くの人間を乗せたトレーラーを囲む様に進んでいた。トレーラーの中には、ボロ布を体に纏っただけの人間が大勢居て、一目で一般的な階級の人間では無いことが見れ取れた。静寂に包まれた廃墟群に大きな爆発音が響く。それに驚いた隊長機を駆る齢48程の男が目の前の曲がり角の前で機体を停止、ビルの角に手を沿う様に当て指先のセンサーで状況を探る。曲がり角の先には流線型のフォルムの片手にシールドを装備した10機のMDが楔形隊列を組みこちらへとゆっくりと歩行していた。

「ちっ、サテライトの奴らもうこんな所まで来やがったのか!」

次に戦術マップを呼び出す。このE18区画は30年前に起きた人口爆発の時に、急遽建造された居住区画だが開設後間も無く放棄された物だった。増え続ける人口に対応する為に無作為に居住地が建てられた為、区画構造はさながら迷路の様に入り組んでいた。MDが通れる程のゲートも東の一角にしか無く、そこは既にサテライト所属MDによって封鎖されていた。

(犠牲覚悟で突っ込むか?・・・・いや、随伴機は新米ばかりだ。ここで失うわけには)

コックピットの中で必死に思考を巡らせていると、レーダーに1つの所属不明の光点が出現すると同時に鼓膜にノイズ混じりの声が響く。

『こちらデッドボーン、道を作ってやる・・・・進め」

言葉と共に橙色の光が目の前を通過した瞬間、先頭を進んでいた機体が胴体を貫かれ、後方を歩行していた2機のMDも同様に胴体を橙色の軌跡を伴う弾丸に貫かれ光を失い倒れた。他の10機が襲撃に気づくと急ぎ横の建物に身を隠し、弾頭の射出点に向けて射撃を開始する。

「ファルコナーか!傭兵もたまには役に立つ・・・・今がチャンスだ、抜けるぞ!」

脚部ローラーと背部ブースターを稼働させ、最小限の軌道でゲートへと移動を開始した。こちらの動きに気づき射撃を加えようとする敵がこちらに銃口を向けた瞬間、建物ごと巨大な爆発に包まれ機体の半分を失い擱座する。

「脱出完了だ!支援に感謝する!!」

無線操作でゲートを閉じると、部隊は速度を上げ視線の先に見える光へと疾走していった。


数分前E18区画を囲む壁に到達した空が、壁のあらゆる所に視線を巡らせある目の前の1点を見つめると壁から距離を置く。

「フラガラック起動、頭部ユニット狙撃モードに移行開始」

言った瞬間、頭部ユニットが上下に半分に分割され上半分が右側に90度傾き右にスライドする。その動きとほぼ同時に、背部に装備された折り畳まれた狙撃砲の機関部と砲身部が接続され上方向に持ち上げられると、頭部下半分の部分に巨大狙撃砲が接続される。最後の動きとして倒れた頭部上半分が狙撃砲にスライドしボルトの接続音を鳴らし接続、狙撃体勢に移行する。

「第1弾頭、フラガラック対応型榴弾装填。第2弾頭を通常型徹甲弾で準装填状態に・・・・目標確認、発射」

金属を砕くかの様な甲高い音とマズルフラッシュを発し、砲身から放たれた弾頭が城壁の1角に着弾。瞬間、眼前の城壁が閃光に包まれ轟音を撒き散らす。その光を無表情で眺めていると鼓膜にドクターの声が響く。

「おいおいおいおい!お前その弾頭造るのにいくらすると思ってるんだ!!フラガラック対応型の弾2発で依頼3件分が飛ぶんだぞお!!!」

ドクターの声のあまりの大きさに顔をしかめる。視界の端で城壁にMD1機分の大穴が空いているのを確認すると、フラガラックを畳み頭部ユニットを元の状態に戻す。次にSBDと脚部に内蔵されたスラスターを起動し、偵察用自律ユニットを先行させ機体を上昇させた。

「別にこの2件の依頼で1発分の製造費払ってもお釣りが来るだろ、もう使う気は無いっての」

言いつつ機体を大穴へ侵入させE18区画へと移動させる。そう返すとドクターは大きくため息を吐き頬杖をつく。

「君がそう言ってそれで済んだ試しがあるかね!はあ・・・・良いか!もうフラガラック対応弾頭は使うなよ!!1ヶ月合成食料は辛いんだぞ!?」

「あーはいはい、俺だってまともな飯が食いたいからな。分かったよ」

こちらへ指を突きつけながら怒鳴りつけるドクターをあしらいつつ、意識を自律ユニットから送られてくる戦闘映像に目を向ける。しばらくして多くの高層建造物が立ち並ぶ市街地へと出る。

「援護対象は・・・・東のゲートエリアか。となるとーーー」

自律ユニットを動かし東ゲートを真正面に捉えるビルを見つけ、機体を静音走行モードに切り替え建物の屋上を跳び目的のゲートへ向かう。

「見えてきたな。・・・・戦闘は、まだ始まってないが一触即発って感じか」

空は機体をビルの屋上に付ける。東ゲートを直線に捉えるビルではなく、1つ後ろの比較的に小さいビルの屋上へと機体をランディングさせフラガラックを起動する。

「よし、さっさと終わらせる!」

フラガラックの起動が完了し視界が狙撃用の視界に切り替わると、既に各所に散らばった幾つかの自律ユニットが機体に送信した戦場の情報で埋め尽くされる。

『砲身俯角マイナス15度、左に5度』

ドクターがオペレートする声が聞こえる。

「通常型徹甲弾装填確認、第2弾頭は通常型を装填、以降同じく」

一息。

「こちらデッドボーン、道を作ってやる・・・・進め」

言い終わりと共に、トリガーを引く。先ほどの城壁の射撃よりは控えめな轟音を、フラガラックが空気を掻き鳴らしながら弾頭が放たれる。前方のビルに直撃した弾頭は、構造材を食い破り軌道に一寸の狂いもなく橙色の軌跡を纏いサテライトのMDへと直撃した。それからは簡単な仕事だった。混乱して乱れた戦列を護衛対象が抜けていく。それに重火器を浴びせようとした敵機を建物ごと撃ち抜くだけ。ふと自律ユニットが、移動するトレーラーを捉える。そして、映し出されたトレーラー内部のある1人の人物に空は目を奪われた。

「まさか・・・・時雨、なのか?」

それと同時に別の自律ユニットが、サテライト所属のMDがトレーラーに射撃を浴びせようと銃を構えようとしている映像を転送してくる。

「っち!間に合うか!?」

砲身をそのMDに向けようとした瞬間、そのMDを移していた自律ユニットが撃墜され情報が途絶える。

(なに!?くそっ、情報が足りねえ!通常型弾頭でもし仕留め損なったら・・・・!)

「フラガラック対応型榴弾を装填、炸薬量をタイプBに!」

SBDを緊急噴射し前方のビルの屋上へと躍り出る。

「ちょっ!?おい、人の話を聞いてーーー」

ドクターの文句を最後まで聞く間も無く、照準が完了した瞬間に敵MDが盾にするビルへと引き金を引く。即座に弾頭が放たれ、一瞬で敵MDが背中を預ける辺りに着弾し猛烈な爆発を上げる。残った物は機体の殆どが消滅した敵MDとあっけにとられ動けずにいる敵集団だけだった。その隙にトレーラーが速度を上げゲートへと入り込む。

『脱出に完了した!支援に感謝する!!』

男のしゃがれた声が鼓膜に聞こえ、空はほっとため息を吐く。そしてすぐに気を引き締め機体を反転、追撃されまいと先ほど榴弾を打ち込んだ建物に通常型榴弾を複数発打ち込み倒壊させると、入ってきた穴から外へと飛び出す。

「ドクター、1軒目の依頼を達成。このままB32区画の救援に向かう・・・・ドクター?」

SBDを通常状態に移行させ機体の速度を上げる。オートパイロットに切り替えると、ウインドウに映る不服そうな表情したドクターへと声をかけるとため息を大きく吐かれた。

『はああああ・・・・全く君という人間は、私を餓死させたいのか!?』

「いや、毎日食べ物は食べれてるだろ。合成食料だけどこのご時世だし仕方ないだろ?」

言い返すと更に大きなため息を吐かれた。

『私が言っているのは肉体的餓死ではなく精神的餓死の事だよ!?・・・・ああ、君のそのデッドボーンを私財を投げ打ち調達してきたのは誰だ?フラガラックとそれに対応した特殊弾頭を開発したのは誰だ?』

「ドクター、です・・・・」

『そうだ!それなのに君ときたら命を救いあまつさえ、ここまで育ててきてやった恩人に対して無味無臭であり乾燥の極みを通り越して乾燥という概念とすら呼べそうなあの合成食料を食べさせるのか!?これからずっと!?』

わざとらしく目に涙を浮かべるドクターに少し引きつつも、自分の稼ぎの悪さを負い目に感じる空は申し訳ない気持ちになり、

「い、いやだからそれは・・・・」

何も弁解が浮かばなかった。ドクターが続ける。

『ああ、私は悲しい・・・・悲しいよ。・・・・ん?、誰からか連絡だ。ちぃっと出てくるよ』

「切り替え早ッ!!」

ドクターが電話口に適当な相槌を数度返し通話を切る。次の瞬間、ドクターが天高く拳を掲げた後に、

『っしゃおらあああ!』

という掛け声と共に拳を思い切り下ろした。すぐさまドクターが通信機器へと詰め寄る。

『空、よくぞやってくれたね!部隊が1機の損失も無かったこと、そして何より君が守ったトレーラーが無傷だった事に関して追加で莫大な報酬金が出たぞ!よほどあのトレーラーが大事だったようだね・・・・まあ何はともあれこれで戦闘費を払ってもお釣りが来る!!!』

その事実を聞き空もほっと胸を撫で下ろす。なにせドクターの小言を聞きながら食事をしなくて済むようになったのだ。

「それじゃあ後は、残ってる依頼をさっさと片付けーーー」

『ああ、その依頼はもう大丈夫だそうだ。どうやら情報が錯綜していたようでね。別口で雇ったファルコナーがもう終わらせたそうだよ。だからまあ早く帰ってこい』

言葉を遮ったドクターの言葉に少し驚くが、こんな事は日常茶飯事だと思い出す。なにせ傭兵としてMDを駆る自分達、ファルコナーと呼ばれる者たちは報酬さえ見合えば勢力に関係なくどんな依頼でも引き受ける汚れ人だ。信頼されなくて当たり前、そう思いつつ機体の方向を変え、再度加速する。

「了解、それじゃあ帰還する。あ、ドクター。1つだけ寄りたい所がある、付き合ってもらっていいか?」

『ん、良いよ。それじゃあ私は今晩の夕食を決めるので』

そう言い残し通信を切ったドクターに笑いながら空は機体の速度を上げすでに日が沈みつつある荒野を進んでいった。


傭兵都市ケイブ。ファルコナーに対し住居の提供や依頼の斡旋などを行っている大都市、そこの隅にある区画29空とドクターは歩っていた。

「行きたい所とはどんな所かとは思っていたがまさかこことはねえ」

奴隷市場、そう記された看板を見上げドクターは眉ひとつ動かさず煙草を吹かす。周囲を見れば明らかに労働力として不向きな女子供がケージに入れられ、首には値札が下げられていた。ある酔狂な金持ちが奴隷をまとめて買い取り、熱心に愛情を注ぎ一人前の人間として社会に出すという美談のような実話があるにはあるが、そんな者は希少の極みでほとんどの金持ちは性処理用に奴隷を購入していく。

「いやはや、君にも性欲があったとはねえ、ずっと不全か同性愛者かと思っていたんだが読みが外れたらしい」

と、冗談めかして言った博士の言葉に耳を貸さずに空はケージを1つ1つ見ていく。そしてある1つのケージを見つけその中身をしゃがみ込み見つめる。

「どうした、お目当の子でも見つかったか?」

ケージの中に居た奴隷は無造作に伸びた白髪が特徴の齢16程の少女だった。ドクターも上半身を前に折り曲げると同じように、ケージの中の少女を見つめると何かを思い出したようにPDAに1枚の少女が写る画像を表示させ少女と見比べる。

「おや、君の妹さんにそっくりだな」 

尋ねると空が頷く。

「だがしかし、君の妹さんは赤目に金髪だろう?その少女は青目に白髪だ。他人の空似、という奴だろう」

「ああ・・・・」

空がそう答えしかしケージから離れずにいると、市場のスタッフが空の元へと歩み寄る。

「不知火空様ですね。そちらの奴隷を購入なさいますか?その奴隷はあまり反応がよろしくありませんが」

空に近づくスタッフをドクターが制し尋ねる。

「それにしても一気に奴隷が増えたようだが・・・・大口取引でもあったのかね?」

周りに積まれた大量のケージを一瞥しながら尋ねるドクターにスタッフが答える。

「いやあ、数時間前程にファイアフライが大量の奴隷を格安で輸送してきましてね。その時は戸惑ったものですがこれを逃す機は無いと思いましてね」

「へえ・・・・全く、サテライトの管理体制に反発して自由を求めた人間たちが今は人身売買で資金繰りとは世も末だな」

ドクターとスタッフの雑談を意に介さず奴隷を見ていた空が立ち上がると、

「買うよ、いくらだ?」

その答えにスタッフが少し驚いた様子を見せるもすぐに表情を作り直す。

「本来の奴隷の相場は100クレジット程ですがそうですね・・・・サービスで75クレジットと致しましょう」

「ああ、ほらよ」

空がPDAを出す。すると係員が何かの機会をPDAに接続し即座に精算が行われ、白髪の奴隷のケージの電子ロックが解除される。少女がおぼつかない足取りでケージから出たのを確認すると、

「それじゃあ帰るぞ、ドクター」

踵を返し奴隷市場の出口へと向かい歩き出す。

「おいおい待ちたまえ。全く、それじゃあ付いてきたまえ」

後ろの少女に手招きを入れ歩き出すと少女も釣られ歩き始める。

「・・・・・」

少女は前方を歩く空を見つめ、そして妙な頭痛を覚え不審に思いながらも少し速度を速め歩き出した。


ケイブ外縁区画の1画にある人気がまばらな区画に建てられた、MD専用のガレージと輸送ヘリが目立つ建物の1室に3人はいた。3人はテーブルに置かれたサンドイッチを口に運びつつ、空とドクターは依頼の収支報告書を眺め、白髪の少女は言葉を発さずに食事をしていた。

「機体の整備費と弾薬代を払っても結構残るもんだな。一体どれだけ追加で巻き上げたんだよお前は・・・・というか今日はご馳走だとか言ってなかったか?」

サンドイッチを頬張るドクターを半目で見ながら言うと、口の中の物を飲み込んだ彼女が

答える。

「こんな真夜中にそんな大層なものを食べれるわけがないだろう・・・・私も予想外の報酬額に驚いてね。あの数の奴隷にそれほどの大金を払うとも思えないが、まあ貰えるものは貰っておけ」

ドクターの返事を聞きつつサンドイッチに手を伸ばし、そこで違和感を感じた。視線を収支報告書から皿に目を向けるとそこにはまだサンドイッチが結構な数残っていて、ドクターと自分は収支報告書を見ていたため1切れか2切れ程しか口に入れていない為、一目見て連れてきた少女が一切口を付けていないことがわかった。ドクターに視線を向ければこちらを見つめ口パクで、君が食べさせ給えと言っていた。

「はあ・・・・餓死されても迷惑だ、食え」

皿を少女の方に滑らせると、驚いた表情を浮かべた少女が恐る恐る手を伸ばした後に食事を始めた。

「君にも優しさは残っていたのだな、うんうん」

声のした方を見てみればドクターが満足そうに笑みを浮かべ頷いていた。思わず視線を反らしドクターに話しかける。

「それで、俺が追ってるMDの情報はなにか掴めたのか?」

「いや、どこに所属しているのかも全く不明だ。ケイブに居ないところを見るにサテライトかファイアフライの所属だと思うが・・・・どちらの勢力も簡単には懐を探らせてはくれんよ」

「そうか・・・・MDの調整をしてくる」

告げられたいつもと変わらない内容に焦りを感じつつ、椅子から立ち上がり建物の外へ出るとMDが格納されているガレージに向かう。人間用の扉から入るとそこには待機状態のデッドボーンが鎮座していた。キャットウォークを歩き機体胴部の背後に来ると、ハッチを開けコックピット内へと入り込む。シートに座り込みコンソールを起動するとジェネレーターからの各部への供給優先順位や、各部の損傷状況等を映した映像が表示される。

「ここの追加ブースター・・・・・のエネルギー供給、アーマーに回す分を減らしてそっちに回した方が・・・・良い。後、このOSも機体に合ってない・・・・自作?」

突如背後から聞こえた声に驚き高速で振り向くとそこには、シートに体重を預け目を輝かせながら表示される情報を見つめている少女だった。

「お前、なに付いてきて・・・・というか何が表示されてるか分かるのか?」

問いに少女が頷きと共に答える。

「う、うん・・・・なんでだろう、分かる。それ、私が見ても・・・・良い?」

答えを待たず少女が前に来ると機体の調整とOSの再構成が行われていく。その手際は見事といった物で空がやれば1時間はかかりそうな内容を簡単に済ませていた。

「まあ良くなるならそれで良いけどよ・・・・」

暇を持て余しこちらへと届いている依頼が無いかを確認するがどれも報酬が少なく、MDを出すほどの物でもなかった為にすぐに暇が訪れる。

「マリー・・・・」

少女が作業を止め空の方を見つめ言った。意味が分からず呆然としていると少女が続けた。

「私の、名前」

顔を赤らめコンソールの方へと視線を戻しながら言った。

「ああ・・・・それじゃあよろしく頼むわ、マリー」

傍らで作業を続けるマリーに言いつつ目を瞑る。すると疲れからかすぐに眠気が空を襲い、抗う間もなく空の意識は落ちた。


翌朝ある1つの情報を調べ上げたドクターがあまりにもガレージから戻ってこない空に苛立ち、小言の1つでもいれてやろうと乱雑にドアを開けコックピットハッチを覗き込んだ瞬間ドクターが笑い声をこぼす。

「まったく、伝える気が失せたぞ。鷹じゃなくて猫だなこれは・・・・」

コックピット内部、そこにはどこからか持ってきたのだろう毛布に包まった空の懐で丸まって眠るマリーの姿だった。おもむろにPDAを取り出し2人の写真を撮ると、このまま寝かせ続けるわけにはいかないと思い大きく息を吸い込んだ。

「さっさと起きろ!仕事の時間だ!!」

「「!?!?!?」」

驚き目を見開く2人、空はいつの間にか懐で眠っていたマリーにより驚いているようだった。

「さあ仕事の時間だ。今日は依頼が大量でな、休む時間は無いぞ?稼ぎ時だ!」

拳を握りしめ言うドクターの下げられた左手に持つPDAにはマリーの顔写真となにか文章の様な物が書かれていたが体で隠され読み取ることはできなかった。

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Sleeping Dolls 珊瑚丸 @tomukytto0805

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