最終話 忘れないよ
当面のヴィランは消えたものの恐慌状態が続く騒がしい町の中で、僕達を前にシェインが静かに独白を始めた。
「失礼ながらシェインはずっとロミオさんかジュリエットさんを疑っていました。しかしお二人を白と考えた時、別の姿が浮かびました。お二人は行動こそイレギュラーですが愛し合う心は想区の運命に反しないはずです。ですが、思い返すとこの想区では本来あり得ない行動をとっていた人物が一人いました。断っておきますがこれはあくまで消去法によるものです」
レイナが尋ねる。
「誰?」
「争うべき争いを止めようとし、引き裂くべき恋仲を心配しておられた方です」
僕ら四人は口を揃える。
「まさか…」
ジュリエットが息を呑むように答えた。
「お父さん!?」
シェインがうなずき、みんなを促した。
「キャピュレット邸へ急ぎましょう!」
豪華で気品に溢れたキャピュレット邸の中は静まり返っていて、不気味なほどだった。
廊下を進むうち、レイナが何度も謝罪を口にした。
「ごめんなさいごめんなさい…」
シェインが辛そうになだめる。
「お嬢、もう止めてください」
「でも、どうしよう。カオステラーの気配がどんどん強くなっていくわ。きっとこの先に」
僕達六人は大広間の扉を開けた。
その先で待つのはキャピュレット卿ただ一人。既に半身は黒い悪魔のように変貌していた。
キャピュレット卿がこちらを見て口を開く。右目は人間、左目は悪魔の瞳。
「ジュリエット…。愛しい私の娘…」
「お父さん」
タオがひるまずに先陣を切った。
「こいつは一体、どういうことだ?」
「私は何度も運命の書を読み返した。しかし、娘の恋仲を引き裂き死に追いやる、そんな結末を望む父親がどこにいる!? 私はそんな運命は断じて認めぬ!」
レイナが聞いた。
「それで運命を書き換えたのね? カオステラーの力を借りて」
「そうだ」
タオが話す。
「ごく普通の父親として娘を思う気持ちをカオステラーにつけ込まれたのか?」
ジュリエットが静寂を引き裂くように思いをぶつけた。
「だって、お父さんは私とロミオの結婚を反対してただろ!?」
「危険だったからだ! 争いを静めお前とロミオ君との仲を祝福するつもりでいたのだ!」
「そんな…。ずるいよ今更! 私バカみたいじゃないか!?」
――――(修正前)――――
「お前は運命を怖れていただろう?」
「そう、私は運命が怖い! なんとしても待ち受ける運命を変えてしまいたかった!」
「それを父がやろうと言うのだよ」
――――(修正後)――――
「お前は運命を怖れてはいまい?」
「そうだ! 運命なんて自分の力で切り開いてみせる!」
「それは本来の姿ではない。本当のお前は、非力で何もできず、運命に怯え運命に流され儚く散るだけの存在だ。今お前が強くあるのは、幸せを掴みとれる強い娘を私が願ったからだ」
「わ、私は私だ! 誰かに指図されたわけじゃない!」
「そういうお前を私が望んだのだよ」
「ぐっ…………」
――――(以降、修正前と最後まで同じ)――――
シェインが真相を求める。
「あのヴィランは争いを止めようとしていたのですね?」
「そうだ。私は、争いを無くしジュリエットとロミオ君を守るためにヴィランを使ってきた。しかしあのモンタギューが…! 簡単な話だ! モンタギューさえ
キャピュレット卿は悪魔の半身に全身を飲み込まれ、異形の姿へと変わっていく。
「お父さんっ?」
キャピュレット卿の方へ歩き出そうとするジュリエットをレイナが
「暴走だわ! 業と負の感情が強すぎる! もう倒すしかない。ジュリエットは離れていて」
「私も戦う! 私の為にあんなになったんだから。私が止めてあげなきゃ!」
メガドラゴンまで従えたキャピュレット卿を僕達は何度も吹き飛ばされながらついに倒した。
戦闘が終わるとキャピュレット卿は元の姿に戻っていた。
倒れるキャピュレット卿の頭をジュリエットが座り込んで膝枕する。
キャピュレット卿はジュリエットを見上げ、ジュリエットはキャピュレット卿を覗きこんだ。
「ジュリエット」
「うん」
「私はお前の成長する姿が見たかった。私は孫の顔が見たかった。運命にさえ従わなければ…」
「うん。想区が元通りになっても、お父さんの気持ちは忘れないよ。おてんばな娘でごめんね」
ジュリエットは涙をこぼして笑顔を作る。
「ずっと守ってくれていてありがとう」
ジュリエットは僕たち四人の方へ向けて静かに合図をした。
レイナが術式の文言を唱ると、光がレイナを包み、やがて想区全体を包み込んで、カオステラーはいなくなり、想区は元通りの姿を取り戻した。
キャピュレット卿により混沌を生んだロミオとジュリエットの想区が調律されたんだ。
僕、レイナ、タオ、シェインの四人は、月明かりに照らされた夜の町にいた。
暗い屋根を並べた古風な町並みの中を一人の少女がこちらへ向かって歩いてきた。
僕は見覚えのある顔に思わず声をかける。
「ジュリエット?」
「どちら様? どうかお見逃しを」
(調律が成功してジュリエットは僕達のことを忘れたんだ)
怯えた様子で力ない声を返すジュリエットにシェインが頼もしく話しかけた。
「シェイン達は味方です。ロミオさんはご一緒ではないのですか?」
「…ロミオ様とは到底お会いできません。ですから修道士様の所へ助けを請いに行くところです」
僕は返答する。
「何か大変そうだね、こんな夜更けに」
「はい。まるで町中がロミオ様と私の敵のよう。でも何故かしら? こんな絶望的な状況なのに不思議と誰かにずっと見守られている気がするのです。だからどんな運命へも怖れずに進んでいけます」
「そうか。応援…するね」
「ありがとう。もしも次にお会いできたらロミオ様を紹介します。とても真面目でシャイな方。それではさようなら」
「さようなら」
ジュリエットが去ってからシェインが話し出した。
「ジュリエットさん、やっぱり元はおしとやかなお姉さんだったんですね」
タオが苦々しい顔をする。
「これで悲運を繰り返す想区に無事戻ったってわけだ」
僕は本音をぶちまける。
「分かってはいたけど、やりきれないね」
レイナは冷静に話した。
「でも、少なくともカオステラーによる脅威は退けたわ。後は想区の運命に任せましょう」
希望を込めて。
「そうだね。せめて、ジュリエットの心の中にみんなの温かい気持ちが残りますように」
僕達はロミオとジュリエットの想区を後にした。
ロミオとジュリエットの想区ージュリエットの反乱ー 水辺無音 @muon09
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