第一話 やめろっつってんだろ!
レイナがカオステラーの気配がするというので未知の想区へとやってきた。『調律の巫女』と呼ばれる彼女にはそういう力がある。
僕達は陽を浴びる町の中にいた。
オレンジ色の屋根を並べた古風な町並みを見て、レイナが感心するように呟いた。
「趣のある町並みね」
けれどシェインは周りを警戒するように応えた。
「ええ。でも何やら不穏な空気を感じます」
タオも行き交う人々を眺め同調する。
「そういやどいつもこいつもピリピリ殺気立ってんな」
すると通りの向こうから怒声が響き渡った。
「やるのかこの野郎!」
「おっ、始めやがったか?」
タオが半ば嬉しそうに反応した。しかしこれは放っておけない。僕も皆に声をかける。
「大変だ! 行ってみよう!」
傍まで近づくと、何やら数人ずつの男女がもめているみたいだった。
「モンタギューは出ていけー!」
「キャピュレットは降服しろー!」
僕は状況を確認する。
「二手に分かれて争ってるみたいだね」
シェインが何かを思い出すように言った。
「同じ名前の両家が争う物語を知っています。この想区はもしや…」
そこへきれいな女の子が身の丈を超える大剣を
「こらー、お前ら! やめろっつってんっだろ!」
その子の登場に人々は驚き、口ぐちに叫び始めた。
「ジュリエット様!?」「ジュリエットお嬢様!」「キャピュレット令嬢のジュリエットだ! 捕まえろー!」
「キャタピラ家のビスケット?」
タオがとぼけた調子で自問するように尋ねた。レイナが物欲しそうな顔をして続いた。
「え? ビスケット?」
シェインが二人に的確な説明と個人的感想を伝えた。シェインは妹的な先輩だ。背も年も僕より低いけれど、いつも落ち着いていて知識と洞察力があって頼りになる。
「違います。どうやらここはロミオとジュリエットの想区みたいです。あとお嬢、ビスケットに反応しないで下さい」
その間に一方の人々がジュリエットへ襲いかかっていた。ジュリエットは抵抗を始める。
「やめろ、きゃあ!」
すると!
「クルルルゥ」
大変なものが現れた! カオステラーが自らの為に作り出す怪物、ヴィランだ! 大抵の場合カオステラーの目的が歪んでいるために、罪のない想区の人達が襲われ犠牲になってしまう。本体に影響はないけれどこいつらを倒さなければ想区の平和は乱される。そして僕達は想区の平和を守るために活動する『調律の巫女』一行だ。それが僕の選んだ運命だ。僕は声を上げて行動を開始した。
「ブギーヴィランまで!? 助けよう!」
「よっしゃあ!」
タオが威勢よく返答してくれた。ロマンを求める兄貴分。一行を『タオ・ファミリー』と自称する大将肌。
僕はジュリエットに声をかけた。
「君、大丈夫?」
「ありがとう。見慣れないけどうちの人間か?」
「話は後で。こいつら倒さないと」
「そうだな。私も戦うぞ!」
ジュリエットは華奢な外見から想像できないほどの力で大剣を軽々と構えヴィランと向かい合った。フワリとした服を着ているけど動きやすいように丈は短めに仕立てられているみたいだ。
空白の書に導きの栞を挟むと、想区で活躍するヒーローに変身することができる。
僕ら四人が物理的な戦闘をする時はそうやってヒーローの力を借りて戦うんだ。
僕は大剣を操る狂気の怪人ファントム、レイナは回復能力を持つシンデレラ、タオは巨大な槌と盾を振るう代用ウミガメ(イケメン)、シェインは弓使いの妖精姫エルノアに変身し、無差別に人々を襲うヴィランを蹴散らした。ジュリエットはまるで東洋の踊りを踊るかのように大剣を美しく鮮やかかに宙へ舞わせて戦っていた。
戦闘を終えて、僕は通りを見渡しながらジュリエットに話しかけた。
「すっかり静かになったね。少し話しを聞いてもいい? ジュリエット?」
「ああ。でもあまり長いのはやだぞ」
僕達はジュリエットと互いの事情を伝えあった。僕は話を整理する。
「そうか。ジュリエットはロミオと二人で争いを止めようとしているんだね」
「そうだ」
シェインが割って入ってきた。
「その過程で恋に落ちたと?」
ジュリエットは顔を真っ赤にする。
「まっ、まあ、そうだ…。お前達はカオステラーって奴を倒しに来たのか?」
「うん。今の怪物に見覚えはない?」
「最近両家の争う所に出るようになったんだ。おかげで争いはますますひどくなる一方だ。くそつ!」
シェインが考え深そうに話す。
「カオステラーは争いを広げようとしているんですかね?」
そこへキャピュレット家の人間と
「お嬢様! ジュリエットお嬢様! 完全閉鎖されたあのお部屋からどうやって!? ともかくお屋敷にお戻りください! ご主人様に叱られます!」
「邪魔をするな! 私にはやることがあるんだ! お父さん達の争いを止めるんだ!」
勇ましく熱弁するジュリエットにレイナが声をかけた。
「……ねえ、ジュリエット。あなたのお父様と話がしてみたいのだけど」
「お前ら、どっちの味方だよ!?」
「もちろんあなたの味方よ。でもさっきの怪物、ヴィランのこともあるわ」
「お父さんのせいだと?」
「それは分からないけど」
「家に帰ったあと、脱走の手伝いをしてくれるか?」
「え? それは……」
レイナが汗を飛ばし困っていると、タオがいたずらっ子の顔で返事をした。
「面白そうじゃねえか。いいぜ、協力してやらあ」
「よしっ。なら家に案内してやるよ」
様子を見ていたシェインが呆れるように呟いた。
「やれやれ、あっちのお嬢もうちに負けず劣らずの跳ねっ返りみたいですね。ジュリエットさんはもっとおしとやかなお姉さんかと思っていました」
「「何か言った?」」
ジュリエットとレイナの鋭い眼光がシェインへ突きささる。
「いや、何も…」
僕達五人はキャピュレット邸へと歩いて行った。
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