シャンプー、散歩する

 猫が多いから猫町というのか、猫町というから猫が集まって来たのか定かではないが、ここ、猫町商店街には仲間が多い。


「今日も毛並が綺麗」

「相変わらず良い匂いを振りまいて、酔っちまいそうだ」

 だから千鶴の客が店から出る時に一緒に店を出て歩こうものなら、こうやって声を掛けられるのが常だ。猫というのは意外と話好きなのが多いから。

「そうでしょうとも」

 私の白い毛はいつだって輝いていて、どこの誰にだって負けるつもりは無い。

これを守るためなら何だって出来るくらい、私は自分の毛並に誇りを持っている。


「あ、シャンプーだ」

 普段、私は外を出歩かない。この毛が外の汚い空気を吸って、自慢の白さがくすんでしまいそうな気になるから。

「メークイン。今日も眠そうね」

 それでもこうして散歩しているのは今日が特別な日だから。

「そりゃあね。こんなお昼寝日和なんだから眠くならない方がおかしい」

 純粋に眠たいのか、身体が重たくて眠る以外にする事がないのか分からないけれど、八百屋に住んでいるメークインはいつものように籠の上で無駄のある身体をだらけさせている。

「食べ過ぎて動きたくないんじゃなくて?」

 そう言っている間にもメークインは夢の世界に行ってしまったようで、返事は返ってこなかった。

 寝返りを打った拍子に露わになる寝癖の付いた毛並が見えると、私はどこか勝ったような気になる。


 メークインのおかげで良い気分のまま八百屋を後にしてゆったりと歩いていると黴臭い臭いが漂ってきた。くしゃみが出る。思わず毛が逆立った。

 臭いの源は考えるまでもないのに、顰めた顔で原因を探してしまうのは本能だから仕方ないとして、客なんか滅多に出入りしていないくせに店を閉める気配を見せない古本屋の戸が開けっ放しになっているのは何とか出来るはず。

「ニーチェ! 臭い!」

 気まぐれで外に出ては本棚の上でぼんやりとしているニーチェは返事の代わりに大きな欠伸をした。開けっ放しになった戸をどうにかするつもりはないらしい。

「シャンプー。お前も匂いも酷い。理性が飛びそうなくらいかぐわしい」

「良い匂いなら問題ないでしょ」

 風向きを考えて臭いがしない方に移動して文句をくれてやる。

「大問題だ。本能のままに行動してはまるで獣じゃないか」

 どうもニーチェは自分の事を猫を超えた何かだと思っている節があるから、獣でしょというツッコミは入れない。人間にでもなりたいのかしら。

「とにかく。その戸を閉めて。臭いが移りそう」

「外をぶらついているという事はあの日なのだろう? なら構わないではないか」

「構うの!」

 ニーチェの顔を見るのが嫌になり、古本屋を後にする。

 臭いはともかく、毛並が私から見ても綺麗に整えられていて、その毛並を維持するのにケアらしいケアをしていないという事こそが私にとって一番我慢ならないという事に気付けないのがニーチェの悪いところだ。

 

 折角良い気分になれたのにと思ったのも束の間、目的の場所に辿り着くと先程までの嫌な気分など吹き飛んでしまうあたり、私の性格も現金なものだと思うけれどしょうがない。だって猫だから。

「なんだシャンプーか」

 商店街を出てすぐにある河川敷、そこに寅次郎がいた。オスの癖に三色の毛色を持つ寅次郎の毛並はその話をする以前の問題であるにも関わらず嫌な感じがしない。片方が歪に削れた耳をピンと立て、いつだって何かを狙っているような鋭い眼光がワイルドとも言える毛並をより引き立たせているからに違いない。

 要するに似合っているから許せるのだ。

「今日も土遊びか?」

「悪い?」

「悪くないが、そんなに白い毛が汚れるのはもったいないな」

「いいのいいの」

 言うや否や砂地に身体を擦りつける。そこら辺に生えている雑草に飛び掛かり、草叢の中を駆け回る。

 しばらくそんな事をする内に次第に満足してくる自分に気付くと急に我に返る。

「ふう」

「気は済んだか」

「まあね。それじゃ」


 寅次郎に別れを告げると、私は駆け足で帰るべき場所まで帰る。道中、見知った顔が面食らったような顔をした後、何かに納得したような顔になるが、そんな事に構っている暇は無い。

「おかえり。今日も盛大に汚して来たね。ほら、入る前に足を拭こうかね」

 店先で一つ鳴くと、すぐに千鶴が出迎えてくれる。足を拭いてもらい、すぐに今は使っていないシャンプー台に入れられる。

「それじゃシャンプーしようか」

 そう。今日は千鶴が私にシャンプーをしてくれる日なのだ。

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ある商店街の日常 久遠マキコ @MAK1KO

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