第241話 片思いのバーベキュー③
「蘭子はもう終わったんです。今の私は男嫌いの仮面ドール剣士です。話しかけないでください」
私は仕方なく大河原さんに答えた。
「まだ終わってない。年末には映画の宣伝で全国を回るんだ。蘭子はまだ生きている」
「そ、その時は蘭子になるかもしれませんが、今は男嫌いの剣士なんです」
「もう撮影は終わったんだろ? 打ち上げの時ぐらい素のままでいいじゃんか」
そう言うと、大河原さんはいきなり私の仮面に手をかけて取り払った。
「あっ!!」
慌てて取り返そうとする私の手をひょいとよけて高く持ち上げる。
「か、返して!!」
伸ばした腕を掴み、腰を引き寄せられた。
「ほら、やっぱり蘭子だ。仮面をはずしたら蘭子に戻っただろ?」
「な!」
「おい! イザベルを放せ!! なにしやがるっ!!」
慌てて大河原さんに掴みかかろうとする和希より早く、その腕が背後から掴まれた。
和希がはっと手を引っ込めた。
その様子で誰が来たのか分かった。
「志岐くん……」
「大河原さん、イザベルの腕を放してください。じゃないとねじり上げますよ」
私の腕を掴む大河原さんの後ろに、その腕をさらに掴み上げる志岐くんが立っていた。
言葉遣いは丁寧だが、完全に怒っている。
「なんだよ。またヒーロー登場か? 和希ちゃんの前だからってかっこつけるなよな、志岐」
「……」
ちらりと志岐くんが和希を見た。
目が合って和希は、かあっと顔が赤くなっている。
志岐くんは反論するでもなく、大河原さんを掴む手に力を込めた。
「いててて。わ、分かった。分かったよ。本気で怒るなって、志岐。お前、普段は温厚なのに怒ると怖いんだって」
大河原さんはようやく私の腕を放してくれた。
そして反対の手に持っていた仮面を志岐くんが取り上げて私に返してくれた。
「はい、これ」
「あ、ありがとう……」
受け取る瞬間、志岐くんと目が合った。
こんなことは今までなかったのだが。
あったとしても今までとは全然違うのだが。
ぼっと火がついたように顔が赤くなった。
なに? 和希のがうつっちゃったの?
心臓が跳ねて、全身の血が暴れている。
鼓動がドンドンと耳の近くまで脈動を伝えてくる。
イザベルの白ぬりメイクの下で、肌が真っ赤に紅潮していた。
慌てて顔を隠すように
気付かれた?
真っ赤になった私に気付かれてしまった?
「イザベルお姉さま、泣いているのですか?」
佳澄が驚いて私を抱きしめるようにして背中を撫ぜた。
泣いていたわけじゃないが、何も答えられなかった。
俯いたまま、自分の今の状態を理解できずにいた。
「ひどいですわ! なんて野蛮な人なの? 男嫌いだって言っているのに腕を掴んで無理やり引き寄せるなんて。私なら気絶していますわ。かわいそう、お姉さま」
「え? いや、ごめん。泣かせるつもりじゃなかったんだけど……」
大河原さんが焦って謝っているが、顔を上げることができない。
「大丈夫? イザベル?」
志岐くんが驚いて私の前にかがんで顔を覗き込んだ。
ぎゃあああ、やめて~!!
真っ赤になってるのがバレちゃう。
きっと私は和希に成り代わりたいんだ。
これから志岐くんとロマンチックな恋を始めようとしている和希に感情移入しすぎて、図々しくも自分が和希になったようにときめきを感じているんだ。
は、恥ずかしい。
志岐くんのファンとしてあるまじき越境行為。
踏み入ってはいけないところまで入り込もうとする勘違いファン。
「み、見ないで……」
「え?」
「わ、私を見ないで、志岐くん……」
「え? それはどういう……」
驚いて問いかける志岐くんを振り払い、気付けば駆け出していた。
「あ! イザベル……」
呼び止める和希たちにも振り向かず、一目散で逃げ出す。
訳も分からず拒絶された志岐くんは呆れていることだろう。
こんなつもりじゃなかったのに。
もう志岐くんの前に戻れない。
どうしていいのか分からなくなっていた。
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