第236話 ペリーの言霊

「お疲れ様でーすねー。皆さん、夕食の準備が出来てまーす!」


 慌ただしい撮影を終えて家に戻ると、ペリーが熱烈なハグで出迎えてくれた。熱気たっぷりのペリーがいるだけで、周辺の温度が高くなる気がする。


 私たちはさっそく席について、ごちそうを頂くことにした。


 今日は魚介とフルーツたっぷりの南国の料理だ。


 ロブスターや貝が豪快にテーブルを飾っている。


「溶岩洞窟はどうでーしたか? 良かったでしょう?」

 あの秘境のような洞窟はペリーのお勧めだったらしい。


「本当に、素晴らしかったです。おかげでいい映像が撮れました」


 田崎さんが昨日と同じくジンを受け取りながら答えた。


「あの洞窟は地元の人しか知りませーんね。パワースポットでーす」


「パワースポット?」


「島の精霊、マナが住んでいまーす。マナは人の魂に直接話しかけまーす。自分のオーラが見えるとも言われていまーすよ。洞窟に入るとすべての自分がさらけ出され、心の奥に秘めていた真実が表出ひょうしゅつするのでーす」


「心の奥に秘めていた真実?」


 私はどきりとした。


 隣でロブスターにかじりついていた和希も、手を止めた。


「都会の人はみんな複雑になってまーすねー。本当にやりたいことをやりたいと言えず、好きなものを好きと言えず、本来の自分ではないものになろうとしてまーす」


 ペリーは深そうな言霊ことだまを吐いて、ジンを一気に飲み干した。


「なぜそんな面倒くさいことをするんですか? やりたいことをやればいいし、好きなら好きと言えばいいじゃないですか」


 佳澄が小リスのようにライチをかじりながら尋ねた。天然で気弱に見えて、佳澄は自分の好きをいつも貫いている人だ。その屈託のなさが佳澄のピュアさの軸のような気がする。


「人が何かのコミュニティの一員になる時、共通点が多い方が楽なのでーすね。人と違うことは摩擦をうみまーす。摩擦が少ないほど大抵の人は安心して暮らせまーす。小さな違いなら目を瞑れたとしても、コミュニティの根幹を揺るがすような違いは、争いをうみまーす。コミュニティが大きくなるほど、人は違う自分を隠そうとする生き物なのでーす」


「じゃあ、変化は?」


 無心でロブスターにかぶりついていたはずの和希が突然口をはさむ。


「変化?」


「ほら、最初は同じだと思っていたのに、変わってしまうことだってあるだろ?」


 もしかして自分のことを言っている?

 

 たとえば……。


 男嫌いとして結成された堕天使3だけど、嫌いでない男の人が現れた……とか?


「オー、その通りでーす。変化は誰の身にも起きまーすね。多くの人は変化を恐れるでしょう。違う者になってしまった自分を認めず、変化のチャンスを捨て去る人もいるでしょう。あるいは変化を隠す仮面をつける者もいるでしょう」


「仮面……」


 それは仮面で自分を隠す私のこと?


「でも変化は否応なく自分を変えていくのです。うわべの誤魔化しはいずれ取り払われ、すべてが白日はくじつもとにさらされることでしょう」


 どきりとした。


「そうしたら……どうなるのですか?」


 私は思わず尋ねていた。


「コミュニティを去ることになるでしょう」


「!!」


「あるいは……」


「あるいは?」


 私と和希は身を乗り出して聞き返した。


「摩擦を覚悟で話し合うことです。大事な相手なら、いつか分かり合えるかもしれません」


「話し合えば……理解し合えるのか? コミュニティに残れるのか?」


 和希は切羽詰まったように尋ねる。


「それは分かりませーん。可能性はどちらにもありまーす。手放したくないなら、お互いの変化を受け入れ、共に変わっていくしかないでしょーう。とても難しいですが……」


 ペリーは思い当たることがあるのか、ジンをもう一杯あおるように飲み干した。


「共に変わる……」


「大切な相手であるのなら……苦しさも切なさもすべて受け入れて、自分が変わるしかないのでーす。時間がかかりまーす。とても長い、長い時間が……」


 和希も志岐くんも失いたくないのなら、私が変わるしかない。


 暗に、そう言われているような気がした。




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