第235話 人形の演技
「じゃあ、メンズボックスの撮影始めまーす! モデルの皆さんお願いします」
「堕天使3も撮影の準備整いました。お願いしまーす」
もやもやとした気持ちのまま、それぞれのスタッフに呼ばれて私たちは別れた。
「誤解だからな。私は志岐に甘えたりなんてしてないぞ。堕ちたショックでしがみついてただけだ。勘違いするなよ!」
和希は三人になると、慌てて言い訳している。
「分かってますわ。和希が男性に甘えるなんてあり得ません。あの時は非常事態で仕方がなかったのですわ。私たちは和希を信じていますわ。ねえ、イザベルお姉さま」
「う、うん……」
佳澄に答えながらも、まだそわそわと志岐くんの方を見ている和希が気になる。
和希はもしかして気付いていないのかもしれない。
自分の気持ちに。
男嫌いを自称してきただけに、認めたくないのかもしれない。
でも、きっとそうだ。
これは恋の始まり。
志岐くんもまだ気付いてないのかもしれない。
私だけが気付いている?
だったら、私はどうすればいいの?
二人の仲をひそかに取り持つべきなの?
でも、心の奥で拒絶する自分がいる。
◆
溶岩洞窟の奥は、観光客のために整備されているわけでもなく、スタッフが照明を落とすと真っ暗闇だった。
堕天使三人は、それぞれ追手から逃げながら一人ずつが
照明を点滅させて暗い洞窟の中を、息を切らして歩き回る。
和希は怒りを抱えながら勇敢に。
佳澄は恐怖に怯えながら弱々しく。
そして私は心のないドールのように無表情に。
「和希ちゃん、もっと怒って。激しい怒りを表現して。うん、そうそう」
「佳澄ちゃん、もっと追われている恐怖を全身に表して。ああ、いいねえ」
「イザベルは人形なんだから、息を切らさないで。うーん、人間っぽいなあ」
息を切らさないでと言われても、起伏のある洞窟の中を動き回るわけだから、体力のある私でもさすがに息が荒くなってしまう。
「あー、イザベルは一度休憩して。息を整えてからもう一度撮り直そう」
「はい。すみません」
また私だけやり直しだ。
みんなの足を引っ張ってばかりで本当に申し訳ない。
洞窟の壁にもたれて膝に手をつき息を整える。
「さりげなくストップモーションを入れた方がいいかも。言われないと気付かないぐらい
「え?」
気付くと隣に御子柴さんが立っていた。
自分の撮影が終わって見学していたらしい。
「目線ははずして、どこを見ているのか分からない感じだけど泳がさないように」
「は、はい!」
すごい。カリスマ御子柴さんのアドバイスがもらえるなんて。
御子柴さんはイザベルを嫌っていたはずなのに。
「それから、ストップモーションはできるだけ不自然な位置で止めた方が人形っぽくなる」
「不自然な位置?」
「特に目線と腕の置き所を不自然にすると人間らしさがなくなるんだ。こんな風に」
御子柴さんは実際にロボットダンスのように動いて見せてくれた。
人間ならば止めないような位置で体の動きを止める。
僅かな動作なのに、人間じゃないものを感じた。
「本当だ。一瞬人形に見えました!」
さすが、御子柴さんだ。
「ここまで大げさにしなくても、ほんの少し意識するだけでも人形っぽくなるよ」
時々幼児になるけど、やっぱり芸に関してはリスペクトすべきことばかりだ。
嫌いな人にも親切に教えてくれる
「あ、ありがとうございます。やってみます!」
「うん、がんばって」
御子柴さんはふっと微笑んだ。
久しぶりにその笑顔を見た気がする。
御子柴さんの笑顔には不思議な力がある。
今までもやもやしていた気持ちが、すっと浄化されてパワーが湧いてくる。
スターと呼ばれる人は、人に与えるエネルギーのようなものがあるのかもしれない。
「次、イザベル戻れる? 息は整えた?」
「はい! 大丈夫です。出来ます!!」
私はリセットした気持ちで撮影に戻った。
暗闇の中で、御子柴さんの隣にもう一人立っていた影には気付いていなかった。
…………………
「俺が一歩リードな、志岐」
御子柴は得意げに隣の志岐に親指を立てた。
「わざわざ宣言しなくても一歩どころか十歩ぐらいリードしてますよ」
志岐は御子柴のアドバイス一つですっかり元気を取り戻して撮影に戻っていく真音の背を見つめていた。
小さくため息をつく志岐に、御子柴はおかしそうに笑う。
「ぷぷっ。それにしても大河原さんもたまにはいい仕事してくれるな。お前が和希ちゃんを抱き締めて鼻の下をのばしてたとか……絶対誤解したぞ、あれは」
気の毒だとは思うが、御子柴にとっては有利な展開になった。
「いや、ほんとに鼻の下をのばしたりなんてしてませんよ。だいたい抱き締めたわけじゃなくて、安心させるために背中をとんとんと叩いただけですから」
「ま、自分で誤解は解くんだな。俺は知らない」
「そういう弁解って苦手なのに……」
志岐は頭を抱えた。
「お前のそういうところ好きだぞ、志岐。おかげで俺が入り込む隙もできる。いいことだ」
「絶対おもしろがってますよね、御子柴さん」
全力で撮影にのぞむドール剣士イザベルは、二人がそんな会話をしていることなどまるで気付いていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます