第233話 洞窟の狼
「大河原さん、静かにしてくださいよ。騒ぐなら外に出てください」
騒ぐ大河原さんを制止するように冷徹な狼の声が響いた。
み、御子柴さんだ。
やっぱりそこに居たのね。
「だって、イザベルって……。それって蘭子なんじゃ……」
「誰であっても撮影を邪魔するなんてプロ失格ですよ。廉、外に追い出せ!」
「え? 僕? そういうのは志岐の役目でしょ?」
「お、大河原さん、外に出ましょう」
「いや、待って、分かった。黙る。もう何も言わないから追い出さないで」
メンズボックスの四人が騒いでいる声がまる聞こえだ。
やっぱりみんな居るのね。
ひいいい。
こうなったら心を無にして、とっとと撮影を終わらせないと。
「イザベル、じゃあもう一回最初の目覚めるところからいくよ」
雰囲気をイメージするため、曲の前奏が流れる。
洞窟で目覚めた仮面ドール剣士イザベルは、仮面の奥のつけまフサフサの青い目を開け、無表情に周囲を見回す。
やがて何かに気付いたようにぎこちなく顔を上げる。
差し込む光を見つめ、マントを揺らしゆっくりと立ち上がる。
うう、なにこの緊張感。
こんなに大勢いるのに、私の動く微かな音だけが洞窟に反響している。
見ている目が多い分、さっきまでより空気の張りつめ方が半端ないのだけど。
ダメだ。視線が泳いでしまう。
「うーん、カーット。なんか違うねえ。ちょっと切り替えて次のシーンを先に撮ろうか」
「す、すみません」
情けない。
和希も佳澄もちゃんといい画を撮れたのに、私だけダメだった。
みんなの足を引っ張ってしまっている。
「メンズボックスの皆さん。僕たちは奥の洞窟シーンを先に撮りますので、どうぞ、ここを使ってください」
「いいんですか? すみません、お邪魔しちゃって」
「いえ、すでに何テイクも撮っていますので、最悪、その中から映像をつなぎます」
うう。最悪なんて言わせてしまってる。
志岐くんと御子柴さんの前でかっこ悪い。
私だとバレるにしても、かっこよくバレたかったのに。
やっぱり、言えない。言いたくない。
「じゃあお言葉に甘えて。いやあ、ここは創作欲をかきたてる撮影スポットですね」
「カメラの位置を急いで確認しましょう」
あわただしくメンズボックスのスタッフと入れ替わる。
「堕天使組は洞窟の奥に移動して機材をセッティングしまーす」
堕天使3のスタッフはぞろぞろと洞窟の奥に進んでいった。
そしてスタッフの後について行こうとした私の腕を誰かが掴んだ。
「蘭子!」
大河原さんだ。
今は誰とも話したくないのに。
「放してください。私は蘭子ではありません」
それは本当だ。
映画の撮影が終わった今、私は堕天使イザベルだ。蘭子はもういない。
「いや、イザベルだろ? だったら蘭子じゃんか。そうだろ?」
「……」
「なんだよ、俺を忘れたのか? 翔だよ。あれほど面倒みてやったのに冷たいじゃんか」
「は、放してください。次の撮影がありますから」
頼むから奥の洞窟に行かせて。
志岐くんと御子柴さんが近付いてくる前に行かせてくれ~っ!!
「どうしたんだよ、蘭子。お前、おかしいぞ!」
いえ、おかしかったのは、以前の催眠術にかかっていた蘭子です。
今の私が本当なんです。
「元の蘭子に戻ってくれ! 俺の蘭子に!!」
いつ大河原さんの蘭子になったんですか。
もう頼むから放してくれ~!!
なんとか無視して先に進もうとする私の腕を大河原さんが掴んで放さない。
「おい、てめえ、私たちのイザベルに触るな! 放せよ!!」
和希が見かねて助けにきてくれた。
佳澄は和希の後ろで、汚いものを見るように大河原さんを睨みつけている。
「いや、誤解だよ。俺達は知り合いなんだ。妹のような恋人のような間柄なんだ」
だからそれは映画の中の話だってば。
私はブルブルと首を振った。
「イザベルは違うって言ってるじゃんか。放せってば、この痴漢男!!」
「蘭子。あんまりじゃないか。思い出してくれ。俺達のあの蜜月の日々は何だったんだ」
どこが蜜月だああ。やめてくれ~!!
その時、大河原さんの腕を誰かががしっと掴んだ。
「いいかげんにしてください、大河原さん。女の子になにしてるんですか!」
御子柴さんだ。
ひいいい。ついに狼が登場してしまった。
私は慌てて仮面のついた顔をそらした。
いや、待て。そらしたらダメだ。
仮面の隙間からかえって素顔が見えてしまう。
真正面から見据えた。
うぎゃああ。後ろに志岐くんもいる~。
絶体絶命だああ~!!
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