第232話 溶岩洞のイザベル
スタッフ同士が意気投合したものの、幸いなことに撮影はお互いに邪魔にならないように離れた場所で行われた。
和希を崖下に迎えにいった後は、再び崖上に戻って撮影の続きを始める。
志岐くんたちのメンズボックスも、溶岩の崖がそびえるジャングルで撮影を開始した。
そして午後からの溶岩洞窟には、それぞれのロケバスで向かう。
先に到着した私たちからすぐに撮影を始めた。
ここまで会話するほどの接近はなかった。
そしてロケバスの中で、田崎マネがささやかな助け船を出してくれていた。
「みなさんちょっと聞いてください。実は以前より春本プロデューサーから仮面ドール真音は、イザベル名の方がいいのではという意見をいただいておりました。彼女はイザベル名でモデル活動もしておりヒロイン役の映画の公開も控えています。イザベルとして売り出した方が双方にとって良いだろうということで、今、この瞬間からイザベルと呼んでいただけたらと思うのですが、どうでしょうか?」
スタッフは特に異論もないようで、それぞれ肯いている。
「じゃあ普段もイザベルって呼んだ方がいいのか?」
和希が尋ねる。
「そうね。堕天使3でいる時はイザベルで呼んで欲しいわね。イザベルの正体は、ポップギャルでも映画でも明かしてないから。このまま謎にしておきたいというのが事務所の方針よ」
「ふーん」
和希は少し納得いかない顔だが反対するほどではないらしい。
「私はイザベルお姉さまと呼んでもいいですか? その方がしっくりくるんです」
佳澄は両手を組んで目をハートにして尋ねた。
「そ、それは自由にしてちょうだい」
田崎マネは、佳澄の要望は勝手にしてくれという感じだ。
とりあえず、これで真音の名が出ることはなくなった。
でも志岐くんと御子柴さんにいつまでも黙っているのも心苦しい。
というか、なんだかすでにバレているような気がする。
すべてを見通しているような志岐くんはもちろん、さっきの御子柴さんの狼の目はイザベルにというよりは、真音に向けられたもののような気がする。
◆
「うわあ、これが溶岩でできた洞窟ですか?」
「すげえ~! 洞窟なんて入ったの初めてだよ」
「鍾乳洞は入ったことがありますが、似たような雰囲気がありますね」
溶岩洞は道路沿いに見落としそうな看板が立っているだけの小規模なものだった。
観光客も知らないのか、私たちだけの貸し切り状態だ。
はしごと言ってもいいような急な階段を降りると、地下に広がる森の中にぽっかりと大きな口を開けている。洞窟の入り口には地上に生えた木々の根っこがすだれのように垂れ下がっていて、その隙間からスポットライトのような日の光が洞窟の中に差し込んでいる。
まるでファンタジーの世界に迷い込んだかのような不思議な空間だ。
「いいねえ。堕天使3が地上に堕ちて目覚めた場面にうってつけだ。一人ずつ、その光が当たっている溶岩の上で撮影してみよう」
スタッフはすっかりこの溶岩洞が気に入って、一人ずつ何テイクも撮る。
堕天使たちは溶岩の上に寝そべり、目覚め、戸惑いながら光の差す方に向かって歩き出す。
天然のライトが当たって、和希も佳澄も二次元から抜け出たような幻想的な映像だ。
そして仮面ドールの私は、人形なだけに無表情に起き上がるだけでいいはずが、まだ人間っぽさが残っていると何度も撮り直しをさせられた。
私は焦っていた。
早く撮り終えないと、メンズボックスの面々が来てしまう。
全員の目が私に注がれてしまうような事態だけは避けたかった。
その焦りが出てしまうのか「ちがう、ちがうよ、イザベル」とスタッフに注意されてテイクを重ねていく。
そして最悪の事態が来てしまった。
ざわざわと大勢の人が階段を降りてくる足音が聞こえる。
「いやあ、これはすごいねえ」
「こんな穴場があったとはね」
「うっかり看板を見落として通り過ぎそうになったよ」
ひいいいい。
来た。来ちゃったよお。
「あっ! すみません。撮影中でしたか」
「みんな静かにして。堕天使さんが撮影中だから」
いや、堕天使さんって。
確かにその通りなのだけども。
ぞろぞろとメンズボックスの面々が撮影を眺めるようにスタッフの後ろに集まってきている。
ひいいい。
仮面をつけているとはいえ、これどう見えてる?
こんな死体メイクはイザベル以外にいないよね?
いや顔半分隠れてるから誤魔化せる?
これは心を無くしたドールになるしかない。
ドールになるのよ、真音!!
私はマントでなるべく顔を見えないようにして溶岩の上に寝そべる。
「あれ? 堕天使って和希ちゃんと佳澄ちゃん以外にもいたんだ」
「堕天使3って言ってるぐらいだから普通に考えて三人いるでしょ」
大河原さんの呟きに廉くんが答えているのが聞こえてくる。
小声で話しているつもりらしいが、洞窟なだけにあちこちに反響して私の耳にも届く。
「さっきはいなかったよな。ふーん、もう一人は仮面をつけてるのか」
「ちょっと静かに、大河原くん。撮影の邪魔になるでしょ」
田中マネが注意している声が聞こえる。
志岐くんと御子柴さんの声は聞こえない。
そっちに視線をやる勇気もない。
お願い、仮面の変なやつがもう一人いたということで気付かないまま終わってえええ。
「ああ、起き上がるの早いよ。もうちょっとためてから起きて、イザベル」
スタッフの注意の声が飛ぶ。
ぎゃあああ。イザベルって言ってもた~!!
「ん? イザベル?」
大河原さんの声が聞こえた。
「大河原くん、静かにって!」
「いや、でも今、イザベルって!! え? イザベル? 蘭子?」
大河原さんが騒ぎ出した。
終わた。
完全にバレてしまった。
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