第231話 ボーイ・ミーツ・ガール

「いやあ、それにしても怪我がなくて良かった」

「本当にありがとう。君は確か志岐くんだったよね」

「和希ちゃん、よくお礼を言ってね。命の恩人だよ」


 堕天使3のスタッフは、大急ぎで崖下に駆けつけて志岐くんにお礼を言った。


「いえ、偶然堕ちてくるのが見えたから、慌てて受け止めただけです」


「いやいや、なかなか出来ることじゃないよ」

「へたすれば受け止める側だって骨折しかねないからね」

「素晴らしい筋肉だよ。君じゃないと無理だっただろうね」


 私と佳澄も、和希のところに駆けつけた。


「もう~! 和希のバカ! だから危ないって注意したのに!!」


 佳澄は泣きべそをかきながら和希に抱きついたが、私は田崎マネの後ろに隠れて遠巻きに見ていた。フードを深くかぶり仮面をつけてマスクまでつけている。


「メンズボックスの皆さんには、こちらの不注意でご迷惑をおかけしました」

「いやいや、こちらこそ撮影許可に便乗させてもらって助かりました」


 スタッフ同士はお互いに好意的な挨拶を交わしている。


「あれ? 蘭子は? 蘭子がいなかった?」


 大河原さんがうろうろと探し回っている。

 私はまずいとフードをさらに深くかぶって田崎マネの後ろに隠れた。


「蘭子? そんな子はいないよ。誰のことを言ってるんだい?」


「いや、でもさっき確かに崖の上にいたような……やっぱ気のせいだったのかな?」


 こちらのスタッフに否定されて、大河原さんは首を傾げながらも諦めたようだ。


「それにしても堕天使3? そんなアイドルいたっけ? 二人ともすっげえ可愛いよね」


 現金なナンパ師大河原さんは、蘭子をさっさと忘れて和希と佳澄に話しかけにいっている。


「俺は大河原っていうんだ。え? 知らない? これでも結構映画やドラマに出てるんだけどな。今度主演映画も公開されるんだよ」


 大河原さんは完全にナンパモードに入っているが、佳澄は怯えたように体を引いて、和希は迷惑そうに睨みつけている。そして佳澄を連れて、志岐くんの後ろにすっと隠れた。


「志岐、誰、この人? 馴れ馴れしくて佳澄が怖がってるんだけど」


「この人は夢見学園をこの春卒業した先輩だよ。悪い人じゃないよ」


 志岐くんが、背中にしがみつく和希に苦笑しながら説明している。


 その二人を見て、私はなぜかドキリとした。


「おい、志岐! ちょっと助けたからって独り占めはなしだぞ。可愛い子はみんなで仲良くするもんだ。そうだろ? なあ、廉」


「僕に聞かないでよ。僕はりこぴょん一筋なんだから」


 大河原さんに肩を組まれた廉くんは迷惑そうに振り払っている。


「こっちは廉っていって同じメンズボックスのモデルなんだ」


 志岐くんは後ろの和希と佳澄に廉くんを紹介している。


 なんか楽し気なボーイ・ミーツ・ガールが始まっていた。


 私は正体を明かす勇気もなく、一人田崎マネの後ろに隠れたままだ。


「話しに行かなくていいの?」


 田崎マネが尋ねたが、私はブルブルと首を振った。


 なんだろう。

 仲睦まじく話している志岐くんと和希を見た途端、話しかける勇気がなくなってしまった。


 そんな私に一人だけ鋭い視線を向ける人がいた。


(御子柴さん……)


 御子柴さんは和希たちのそばには行かず、離れたところでじっとこちらを見ている。


(なに? 私に気付いているの?)


 それは真音に? それともイザベルに?

 和希を以前に紹介しているから、一緒にいるのが私だって分かってる?

 もしかして、もう全部知ってるの?


 だが御子柴さんは、近付くわけでもなく狼の目でこちらを黙って見ているだけだ。


 ひいいいい。

 めっちゃ怒ってない?

 私がイザベルだって内緒にしてたことを怒ってるの?


 やっぱり今更、なんと言って説明していいか分からない。


 できればこのまま立ち去って、日本に帰って落ち着いてからいい言い訳を考えよう。


 そう思っていたのに……。


「いやあ、本当に午後からの溶岩洞窟にご一緒してもいいんですか? 撮影映えしそうなスポットですね。そういう場所を探してたんですよ」


「もちろんです。それより明日のホテルのプライベートビーチでの撮影許可を譲ってもらっても本当にいいんですか?」


「ええ。ビーチの撮影はもう充分に撮れ高を確保できたので。念のため予備の許可を取ってたんです。良かったら使ってください」


 スタッフ同士はすっかり意気投合して、お互いの撮影場所に便乗し合うことを決めたらしい。


 スタッフの決定を聞いて、田崎マネは肩をすくめた。


「こうならないように遠ざけようと思ってたんだけど、決まってしまったなら仕方ないわね。スタッフの決めたことにマネージャーの私が口出しできないし、こちらは和希を助けてもらった恩があるからあちらの頼みを断れないわ」


 少しでも良いものを作ろうとするスタッフに私情を持ち込むわけにはいかない。


「帰ったら社長に大目玉だわ。あなたも腹をくくりなさい」


 田崎マネは覚悟を決めて私の背をポンとたたいた。



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